心と体

2017年6月18日 (日)

2017年6月18日(日)聖霊降臨後第2主日礼拝説教「断腸の思い」

2017618日(日)聖霊降臨後第2主日礼拝 説教「断腸の思い」     大柴 譲治

マタイによる福音書 9:3510:8

35 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。 36 また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた37 そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。 38 だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

 

「イエス断腸」

 本日から教会暦では「聖霊降臨後の主日」が始まりました。典礼色は神の栄光を表す「白」(昇天主日)→聖霊の炎の色である「赤」(聖霊降臨日)→「白」(三位一体主日)とこの三週間で毎週目まぐるしく変わりましたが、本日からは信仰の成長を表す「緑」。主イエスの教えに焦点を当ててみ言葉に聴いてゆく教会歴の後半が始まりました。今年はマタイ福音書を中心にみ言葉に聴いてゆく一年です。本日の福音の日課としては9章の終わりと10章の最初の部分が与えられています。そこには、イエスが町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いを癒したとあります。それは、「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている群衆」に対しての「深い憐れみの御業」であったと記されている。主は常にそのように私たちに関わって下さるのです。

 佐藤研訳の聖書(『新約聖書翻訳委員会訳』、岩波書店、1995)によると、マタイ9:35-38には「イエス断腸」という小見出しが付いていて、36節はこうなっています。「さて、彼は群衆を見て、彼らに対して腸(はらわた)がちぎれる想いに駆られた。なぜならば、彼らは牧人のない羊のように疲れ果て、打ち捨てられていたからである。」これはなかなか味わい深い訳だと思います。実は「深い憐れみ」と訳されている言葉は「スプランクニゾマイ」というギリシャ語ですが、それは「内蔵、はらわた」を意味するのです。ですから「憐れみ」よりも「はらわたがちぎれる想い」「断腸の思い」という訳の方がふさわしいと思います。岩波訳では脚注でこう説明されています。「内蔵は人間の感情の座であると見なされていたため、同語は『憐れみ、愛』などの意に転化、それが動詞化した」

 カトリックの神父で聖書学者の雨宮慧先生はこの言葉を次のように説明しています。「聖書でのはらわたは愛情やあわれみの情がうごめく臓器です。はらわたが活気づけば喜びが心に生じますが、逆に狭くなったり閉じたりすれば同情を欠き、他人に無関心になります。わたしたちのはらわたは、狭くなったり閉じたりしますが、決してそうならないはらわたがあります。それは神やイエスのはらわたです。この動詞は新約聖書ではイエスに使われる場合がほとんどです。イエス以外に『あわれに思う』人物と言えば、たとえ話に登場する三人の人物、つまり一万タラントンの借金を帳消しにした『主人』と、『善いサマリア人』と、放蕩息子の『父親』です。これらの人物はいずれも神を表しているとも言えます。この動詞の用例が神やイエスに限定されるのは、理由のないことではありません。人間は同情しても事態を変えることはできませんが、神やイエスにはそれができます。ですから『あわれに思った』イエスは病を患っている人を清め、目の見えない人をいやし、やもめの一人息子をよみがえらせ、食べ物のない群衆のためにパンと魚を振る舞います。放蕩息子を『あわれに思う』父親は、息子として彼を受け入れ、新たな命を与えます。わたしたちが神のもとに戻るとき、神のはらわたは喜びにふるえ、わたしたちを子どもとして受け入れます。」(『小石のひびき』、女子パウロ会、1999

 

「我がはらわた痛む」(エレミヤ31:20

 『神の痛みの神学』で有名な熊本のルーテル教会出身の北森嘉蔵先生は、「我がはらわた痛む」(エレミヤ31:20というところからこの「神のはらわた痛む愛」「神の痛み」と表現しました。「愛(アガペー)」という語よりこの「はらわた痛むほどの深い憐れみ」という語の方が私たちにより直接的にインパクトをもって迫ってくるように感じます。私たちは心配事があるとよく胃が痛んだりお腹の調子が悪くなったりしますが、主の深い憐れみとは「はらわたが痛むほどの深い思い」であり「断腸の思い」なのです。イエスは「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている群衆」一人ひとりのことを、その「羊飼い」のように深く心に留め、その「はらわた」をもって受け止め顧みられたということを示しています。旧約聖書では神の憐れみ深いことを「ラハミーム」という語を用いていますが、それは「ラハム」(「子宮」)というヘブライ語の複数形です。「内蔵(はらわた)」「子宮」も私たちの身体の中心に、最も奥深いところにある臓器です。人々の苦しみや悲しみをイエスはご自身の存在の中心で受け止められ、慟哭されたのです。ゲッセマネの園でのイエスの苦しみもだえるように祈る姿はその最たるものでした。その深い憐れみのゆえにイエスは群衆に近づき、そのただ中で神の国の福音を宣べ伝え、人々の病いや煩いを癒されました。神はイエスを通して、マタイ福音書が強調する言葉を使うならば「インマヌエル」、「いつどこででも、世の終わりまで、神は私たちと共におられる」という神の恵みの事実を宣言したのでした。

 イエスはそこで弟子たちに言われます。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(37b-38節)。天の父なる神がその豊かな収穫のために働き人を起こし、派遣して下さるというのです。収穫の主である天の神に祈り求めることが私たちに求められています。

 マタイ10章ではイエスが十二人の弟子を呼び寄せ、「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすため」「汚れた霊に対する権能」をお授けになったことが、12弟子の名前と共に記されています。イエスも12弟子たちも、ユダヤ教のシナゴーグと呼ばれる「会堂で神の国の福音を宣教し」、②人々がそれによって苦しめられ、非人間化されている「ありとあらゆる病気や患いをいやす」という二つの主なる働きに携わっています。弟子たちもそのイエスの働きを継承するために立てられて派遣されてゆくのです。そして私たち自身もまた主の憐れみの働き人として立てられています。それは私たちが先ほど「特別の祈り」で祈った通りです。「全能の神、あなたは権威をもってみ国の到来を告げ、教えるために、み子を遣わされました。悩む人によい知らせを、悲しむ人に慰めを、囚われている人に自由を伝えるために、み霊の力を注いで下さい」。このような祈りを通して、神の聖霊が私たちを捉えて力を注ぎ、私たちをこの世界に派遣してゆかれるのです。「イエス断腸」の働きは今もこの地上に継続されています。

 

聖路加国際病院での臨床牧会訓練(CPE)での体験

 私がまだ神学生であった頃、1985年の秋のことでした。ルーテルの神学生たちは当時、聖公会神学院や日基教団の農村伝道神学校の神学生たちと共に、東京の築地にある聖公会の聖路加国際病院で三週間の「臨床牧会訓練(Clinical Pastoral Education/CPE)」と呼ばれる集中病院実習を受けることが定められていました。この「スプランクニゾマイ」という事に関して私には忘れられない一つのエピソードがあります。当時のチャプレンであった聖公会の井原泰男司祭がある時にこう言いました。「ボクは患者さんたちの話を聞いていて、患者さんが一番言いたいところになると胃がビクビクと動くんだよね」。私はその言葉に、えっ!? はらわたで相手の気持ちを受け取る? そんなことができるの?!」と驚きました。これこそ「スプランクニゾマイ」ではないですか。私にとってこれは一つの啓示とも言うべき出来事でした。それ以降、私は深いところでそこにこだわり続けてきました。私は牧師として様々な方の苦しみや悲しみの現実に立ち会うことが少なくありませんが、主イエスがはらわたがちぎれるほどに深い痛みをもって「牧人のない羊のように疲れ果て、打ち捨てられていた群衆を深く憐れんでくださったか」ということの意味をしばしば考えさせられます。その時に私は井原先生の「胃がビクビク動く」という言葉を必ず思い起こすのです。キリストが私たちの悲しみ、痛みをご自身の存在の中心(はらわた)でもって受け止め、共に背負ってくださる! だから私たちはそのお方にすべてを委ねてゆけばよいし、それだけでよいのです。人生の苦しみや悲しみの前で私たち人間は確かに無力です。ただ弱り果て、打ちひしがれて沈黙する以外にはない。そのような厳しい現実の中に私たちは置かれている。しかしそのような私たちの現実のただ中に主は近づいてこられ、真の羊飼い(飼い主)として立ち、ご自身の深い愛と憐れみとを豊かに注いで下さいます。インマヌエルの神が私たちと共にいてくださる。この溢れるほど強い主の憐れみの力が私たちを造り変えるのです。その憐れみと愛に触れた時、私たちは心の目が開かれ、新たに変えられてゆきます。そのようなお方の深い憐れみに思いを馳せながら、ご一緒に新しい一週間を踏み出してゆきたいと思います。お一人おひとりの上に祝福が豊かにありますように。アーメン。

2017年6月17日 (土)

2017年6月11日(日)三位一体主日礼拝説教「父、子、聖霊の神」

2017611日(日)三位一体主日礼拝 説教「父、子、聖霊の神」  大柴 譲治

創世記 1:3

神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

 

マタイによる福音書 28:10〜20

18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

 

三位一体主日にあたって

 本日は教会暦では「三位一体主日」。私たちは先週「聖霊降臨日(ペンテコステ)」を守りましたが、ペンテコステの次の日曜日は毎年「三位一体主日」として守られます。その名称が示しているとおり、本日は「三位一体」というキリスト教の教理について覚える主日であり、一年に52週ある日曜日の中で唯一、キリスト教の教理について覚える日なのです。典礼色は神の栄光を顕す「白」。先週は聖霊の命を表す「赤」が用いられました。来週からの約半年間は「聖霊降臨後の主日」として、典礼色は信仰の成長を意味する「緑」が用いられてゆきます。クリスマスの四週間前のアドベント(待降節)から始まった教会暦は、その前半は「アドベント」→「クリスマス」→「顕現日」→「四旬節(レント)」→「受難週・受苦日」→「復活日(イースター)」→「主の昇天日」→「聖霊降臨日(ペンテコステ)」「キリストの生涯」について学びを深めてきましたが、本日の三位一体主日を境として今度は「キリストの教え」についてみ言葉に聴いてゆく日曜日が始まってゆくのです。キリストの教えに耳を傾けるためにも、父と子と聖霊なる三位一体の神について私たちが心に刻む主日が本日与えられています。父なる神、御子なる神、聖霊なる神がおられるけれども、神が三人おられるわけではない。神はただお一人で、その一人の神が三つのペルソナ(それは「仮面」という意味のラテン語ですが、位格・役割・姿をも意味します)を持って私たちにご自身を啓示されているのです。三つで一つ、一つで三つというのは私たち人間の理性的な理解を越えていますが、教会は私たちはこのように信じますと告白してきたのです。そして三位一体の神の聖名によって礼拝を招集し、三位一体の神の聖名において洗礼を施し、神の聖名によって主を信じる者たちを全世界に向かって派遣してきたのです。主日礼拝も「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉に始まり、「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉によって終わります。

 

復活の主の大宣教命令

 本日、三位一体主日に与えられている福音書の日課はマタイ28章の最後の部分で、復活のキリストによる「大宣教命令」と呼ばれる部分です。イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」(マタイ28:18-20

ここで復活の主は、「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」と告げておられます。マタイ福音書は、「インマヌエル(神われらと共にいます)」ということを福音書全体を通して繰り返し強調してきました。1章の終わりに天使がヨセフに夢の中で表れて次のように告げます。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」。そしてマタイはイザヤ書の預言(イザヤ7:14)を引用するのです。「このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(同22-23節)。その名はインマヌエル! 復活のキリストが弟子たちに「全世界に出て行って、父と子と聖霊のみ名によって洗礼を授けなさい」と命じた時にも、「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」と告げておられます。このインマヌエルという事実、「父と子と聖霊」という三位一体の神が世の終りまで私たちと常に共にいてくださるという神の恵みの事実は、私たちを支える根源的な事実(「原事実」)として、いついかなる時においても、またいついかなる場所においても、決して揺るぐことはないとマタイは宣言しています。私たちは「洗礼と聖餐」という「サクラメント」を通してその恵みを味わい続けることができるのです。神の恵みが私たちを捉えて離さないのだということを主は私たちが受け止め続けることができるように「サクラメント」(「聖礼典」とも「秘跡」とも呼ばれますが)を与えて下さいました。

 

「『光あれ。』こうして、光があった。」

 本日の第一日課は創世記の冒頭部分です。そこでは神が「光あれ」という第一声をもって天地創造を開始されたということが記されています。ここを読むたびに私はハッとさせられます。闇と混沌の中で神の声が最初に響き渡る。「光あれ!」「すると、光があった」「光あれ」という声、言葉によって私たちはそのイメージを心の中に点されます。何と言葉とは不思議なものでありましょう。「光」と告げられると私たちは「光」を意識し始める。バッハが作曲したカンタータの中に「目覚めよと呼ばわる者の声が聞こえ」というものがありますが、私たちがいつも目覚めるときには自らの意識がボンヤリと戻ります。それはちょうど向こう側から「目覚めよ」と呼びかけられるのと同じ状況です。意識しておりませんが、私たちは言葉を声として受け止めています。「声」は「言葉」を乗せる「器」であり「車」です。黙って一人で本を読んでいる時にも、沈思黙考している時にも、私たちの頭の中には声が響いています。「目が覚める」ということは、向こう側からの「起きよ」という声によって起こされるのと同じことなのです。バッハはそのことを正しく表現しました。「光あれ」という天からの声は私たちの眠っていた意識を呼び覚まし、光に向けて私たちを覚醒させてくれるのです。神の言、神の声にはそのような覚醒力、創造力が宿っています。その力にハッとするのです。宗教改革500年を記念するルターのバナーには「初めに言があった」というヨハネ福音書の言葉がありますが、聖書は私たちに呼びかけてくる太初の声の存在を告げています。この「声」の中に私たちを生かす希望の光がある。この光の中に私たちは創造され生かされている。神との人格的な呼応関係に生きるよう私たちが最初から造られていること、それを聖書は人間が「神のかたち」に造られていると告げているのです。

 

鈴木大拙のエピソード〜「無」の向こう側から屆けられるもの

 「向こう側から呼びかけてくる声」ということで私にはいつも思い起こすエピソードがあります。それは禅仏教の大家として世界的にも知られている鈴木大拙(だいせつ)のエピソードです。私は学生時代北陸の古都・金沢で過ごしました。金沢は「旧制四校」があったところで、『善の研究』でよく知られた哲学者の西田幾多郎と禅仏教学者の鈴木大拙が同じ年(1870年)に生まれ育った土地でもあります。後に神学生の時、三鷹のルーテル神学校で仏教とキリスト教についての講演会があり、鈴木大拙先生の高弟であった加藤智見というお坊さまから伺った話です。

 鈴木大拙は毎晩寝る時には枕元に電気スタンドと神と鉛筆を用意して寝たそうです。そして寝ていても何かがパッと閃くと、ガバッと起きてスタンドを点け、紙と鉛筆を取ってそこにサラサラと書き付けたのだそうです。書き終わるとまた電気を消して床につきました。そんなことが夜の間に何度かあって、朝になると枕元には文字が書かれた紙がたまっていて、それがそのまま印刷に回されて本として出版されていったのだそうです。そのことについて大拙はこう語られたと伺いました。「私は何もしていない。ただ向こう側から届くものを自分は書き留めているにすぎない」と。一度聞いたら忘れられないような羨ましくも印象的なエピソードです。しかし考えてみれば私たちも毎朝、目醒めよと呼ばわる者の声によって起きているという意味では、同じなのかもしれません。

 「光あれ」という声を闇の中に響かせることを通して三位一体の神はその創造のみ業を始められました。私たちもまた向こう側から響いてくるお方の声に耳を澄ませてゆきたいと思います。インマヌエル、神われらと共にいます!このお方に信頼して新しい一週間をも踏み出してゆきたいと思います。お一人おひとりの上に祝福をお祈りします。

2017年6月 8日 (木)

2017年6月4日(日)聖霊降臨日礼拝説教「聖霊の息吹き」

201764日(日)聖霊降臨日礼拝 説教 「聖霊の息吹き」      大柴 譲治

使徒言行録 2: 1〜21

1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4 すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(1-4節)

 

聖霊降臨日に起きた出来事

 本日は教会暦では「聖霊降臨日(ペンテコステ)」。教会暦では「復活日(イースター)」、「降誕日(クリスマス)」に次ぐ三大祝祭日の一つです。先週私たちは「主の昇天主日」を守りました。復活後40日に渡って復活した姿を弟子たちに示されたイエスが、弟子たちの見ている前で天に上げられた昇天の出来事を覚えたのです。それ以降、直接的にはイエスの姿は弟子たちの肉眼には見えなくなりました。そしてちょうど昇天から10日経った日、復活日から数えるとちょうど50日目の日曜日のことでした。弟子たちが一つのところに集まっていると聖霊降臨の出来事が起こります。「ペンテコステ」とはギリシア語で50を意味します。復活が日曜日に起こり、聖霊降臨日も日曜日に起こったので、それまではユダヤ教の「安息日(第七の日)」である「土曜日」に集っていたキリスト者たちは、週の終わりの日ではなくて週の初めの日である「日曜日」「主日」として礼拝を守るようになって行きます。

 そこで起こったことについてルカは次のように簡潔に告げています。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:1-4)。何度聞いてもとても不思議な光景です。神の聖霊そのものは、風が私たちの眼には見えないのと同様に、眼には見えないはずであるのに、ここでは「突風のような大音響」「炎のような舌」として描かれています。耳に聞こえ、肌に感じ、目に見えるかたちで記録されている。人間が五感を通して聖霊の存在を感じ取ることが出来るように描かれているのです。そしてそこで起こったことは、「一同が聖霊に満たされて、その神からのが語らせるままに、ほかの様々な国々の言葉で話し出した」ということでした。この出来事に大きな物音に集まってきたエルサレムにいた人々は驚きに満たされ、あっけにとられます。信じられないことにガリラヤ人(その多くは漁師でした)たちが「自分たちの生まれ故郷の言語」で話していたからです。それがどのような言語であったかもリアルに記されています。「人々は驚き怪しんで言った。『話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは』。人々は皆驚き、とまどい、『いったい、これはどういうことなのか』と互いに言った」。福音書記者ルカの文筆家としての無駄のない的確な筆致はさすがです。

 彼らは何を語り出したのか。それは一つの出来事でした。14節から以降に記録されているペトロの説教に明らかです。それは、旧約聖書ヨエル書(本日の第一日課)の預言の成就であり、神がイエス・キリストの救いの出来事であり、一言で言えば「イエス・キリストの福音」です。彼らは聖霊に満たされてキリストの福音を、それを聴く人々の魂に響く言葉、こころに届く言葉で語り始めたのです。「魂に響く」「こころに届く」という点が大切です。

 

「聖霊言行録(行伝)」としての「使徒言行録(行伝)」

 私が三鷹のルーテル神学校で学んでいた時、新約学教授の間垣洋助先生が『使徒言行録』(当時は口語訳聖書でしたので『使徒行伝』と呼んでいました)について授業で語られた言葉が今でも私の心に強く刻まれています。間垣先生はこう言われました。「ルカが記した『使徒行伝』には前半はペテロ、後半はパウロの働きが書かれています。しかしその真の主人公はペテロでもパウロでもありません。神の聖霊です。聖霊が彼らを捉えて使徒とし、福音宣教者として派遣していった。だから『使徒行伝』は『聖霊行伝』と呼ぶべき書物です。そして、『使徒行伝』は28章で終わっていますが、聖書は閉じられたかたちで完結しているわけではありません。その29章以降は、皆さん一人ひとりの人生を通して神の聖霊がそこに書き加えてゆくのです」と。確かにその通りです。神の聖霊は、聖霊降臨日以降、二千年に渡って人々の中にキリストの福音を信じる心を呼び覚ましてきました。そのことはキリスト教の歴史が証ししています。二千年続いた「カトリック教会」の歴史を見ても、500年続いた「宗教改革の教会/プロテスタント教会」の歴史を見ても、また百年続いたこの「ルーテル大阪教会」の歴史を見ても、さらには私たち自身の人生の歩みを見ても、そこには確かに聖霊が生きて働いてきたと申し上げることが出来ましょう。使徒言行録の29章以降が二千年に渡って書き続けられてきたし、今も書き続けられているし、今後も「終りの日」まで書き続けられてゆくのです。

 私は以前にどこかで「会社など人間が始めることは三世代、だいたい70年ぐらいの長さで終わってゆく」と聞いたことがあります。時代が変わってゆくということもあるのでしょうが、親が始めたことが子に受け継がれ、そして孫の時代まで続いて終了してゆくというのです。なるほどと思いました。しかしそのスパンから考えるとキリスト教会がしてきたことはすごいと思います。人知や人の力を越えている。そこには愛の聖霊が働いているとしか言うことができません。宗教に限らず、芸術や思想、文化なども、それが真実なものであれば残り続けてゆくのだと思います。

 

聖霊の息吹きに満たされて

 私たちが神の聖霊に満たされる時に何が起こるか。そこには、「特別の祈り」で祈ったように、言語や文化・習慣の違いや、歴史や思想的立場の違いを超えて、キリストの福音が全世界共通語として私たちの心を愛の中に一つに結び合わせてゆくということが起こります。ペンテコステに起こったことは、創世記12章にある「バベルの塔」と真逆の、正反対の出来亊でした。バベルの塔の出来事では、それまで人間が一つの言葉で話していた時代に、天にまで届くような塔を作ろうとした人間、神のようになろうとした人間が神の怒りに触れて言葉が通じなくなり、全地に散らされていったことが記録されています。言葉が乱されたというのは、互いに心が通じ合わなくなったということでしょう。それに対してペンテコステの出来事では、多くの言葉で語られたイエス・キリストの福音が、様々な違いを超えて、人々の心を結び合わせ、通わせて、一つの群れにしていったということです。

 昨夕この教会で「第11回のペンテコステ・ヴィジル」が行われました。「ヴィジル」というのは「前夕の祈り」と訳されますが、本来は「世を徹して行う徹夜祈祷」のことを意味します。カトリック教会、聖公会、ルーテル、日本基督教団や他の教派から90名ほどの参加がありました。11年前からこの大阪で始められたエキュメニカル(超教派的)な働きです。それは、目に見えるかたちで連帯と一致を目指す共同の働きであり、聖霊の働きでもありましょう。亡くなられた小泉潤牧師がよく語っておられたように、「弟子たちが一つに集まっていたところに聖霊が降る」のです。私たちが一つところに集まること、集められることこそ大切なのです。イエスが「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20と言われたように、私たちが毎週主日礼拝に集うのも、聖研や集会に集うのも、そこに神のいのちの息吹きが注がれ、主イエスが臨在しておられることを共に知ることができるからです。

 風そのものが眼には見えないように、聖霊そのものも私たちの眼には見えません。しかし、風が吹くと何かが動かされるのと同様に、神の聖霊(==息吹き)が吹くときにはそこで何かが動かされるのです。私たちの中の何かが、社会の中の何かが、世界の中の何かが愛なる神の聖霊の息吹きによって変えられてゆく。私たちのこころとこころ、魂と魂とが結び合わされ、互いに通い合うものとされて行く。ご一緒にその風にすべてを委ね、身を任せてゆきたいと思います。お一人おひとりの上に神の聖霊による豊かな祝福をお祈りいたします。アーメン。

2017年6月 2日 (金)

2017年5月28日(日)主の昇天主日礼拝説教「天からの祝福」

2017528日(日) 主の昇天主日礼拝 説教 「天からの祝福」   大柴 譲治

エフェソの信徒への手紙1:15〜23

 「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。」(23節)

ルカによる福音書 24:44〜53

 「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。」(50-53節)

 

昇天の主は天国で何をしておられるか

 本日は教会暦では「主の昇天主日」。復活後40日に渡ってご自身の姿を弟子たちに示された復活の主イエスが、弟子たちの見ている前で天に上げられた出来事を覚える主日です。そこからイエスの姿は弟子たちの眼には見えなくなりました。そして10日が経って、弟子たちが一つのところに集まっていると聖霊降臨の出来事が起こります。復活日から数えるとちょうど50日のことでした。来週が聖霊降臨日となります。その前日の土曜日の夕には、この大阪教会でカトリックと聖公会、日本基督教団、日本福音ルーテル教会が集まり、「ペンテコステ・ヴィジル(聖霊降臨日の前夕の祈り)」が行われることになっています(後援:大阪キリスト教連合)。本日は、主の昇天の出来事が私たちにとってどのような意味を持っているか思い巡らしながら、聖書に耳を傾けてまいりたいと思います。

 最初に一つ質問です。イエスはある時に「誰でも幼子のようにならなければ神の国に入ることはできない」(マタイ18:3)と言われましたが、幼子に戻ったつもりでお答えいただきたいと思います。イエスは天国で何をしておられるのでしょうか。ヒントは本日の福音書の日課です。ルカ24:50-51には次のようにありました。

 

イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた

 

 そうです。「イエスは天国で何をしておられるのか」という問いに対する答えは、「いつも両手を上げて私たちを祝福しておられる」になります。私たちは礼拝の最後に司式者によって「アロンの祝福」(民数記6:24-26)をいただきます。「主があなたを祝福し、あなたを守られます。主がみ顔をもってあなたを照らし、あなたを恵まれます。主がみ顔を貴方に向け、あなたに平安を賜ります」。これをいただいて礼拝を終え、それぞれの生活の場に私たちは散らされ派遣されてゆくのです。このことは実は、復活されたキリストが天においても私たちを祝福して下さっている神の恵みの事実に与ること、私たちがその主の天からの祝福に与るということを意味しています。牧師の声を通して天のキリストが神の祝福を宣言しているのです。

 

「祝福の源(基)」としてのアブラハム

 そのことは私たちにアブラハムに対する神の召命を想起させます。主はアブラムに言われた。『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。』アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。」(創世記12:1-4

 神は「祝福の源」であるアブラハムを通して、その「祝福」を人々に分かち合おうとされたのです。神は霊的には「アブラハムの子孫」である私たち「教会」を通して、その「祝福」を多くの人々に分かち合おうとされています。ここには「アブラハムを祝福する者を祝福し、呪う者を呪う」とあり、厳密に言えば「祝福」だけでなく「呪い」も出てきますが、基本的には神は恵み深いお方ですから私たちに「祝福」を与えようとしていると理解できましょう。ルターが小教理問答の十戒にも引用していますが、出エジプト20章にこう通りです。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える」(5b-6節)。ここで新共同訳で「熱情の神」と訳されている語は、長く口語訳聖書では「ねたむ神」(英語では「ジェラシーの神」)と訳されていました。そこでは慈しみが罪とは比較にならないほど「幾千代にも及ぶ」まで豊かに与えられると言うのですから。本日の第二日課、エフェソ書1:23にあった通りです。パウロはこう言います。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です」。これは神の平安と祝福とが豊かに満ち満ちている状態を表していましょう。

 

私たちの過酷な現実の上に注がれる天からの祝福

 しかし私たちの現実はどのような現実であるか。それは「祝福された喜びの現実」であるというよりも、むしろ「呪われたような、辛く悲しい現実」であることが多いように思います。私たちの現実を見ると「どこに天からの祝福があるのだろうか」と思わされることの方が多いのです。

 たとえば、この3月末には、大阪教会のすぐ裏に「大阪国際がんセンター」がオープンしました。森ノ宮から移転してきたのです。それによって地下鉄谷町四丁目駅の人の流れが確かに変わりました。この大阪国際がんセンターは高度な治療設備を整え、最先端のがん治療が受けられる病院です。病床は500床。ホームページを見ると、その理念としては「患者の視点に立脚した高度ながん医療の提供と開発」とありました。そして運営の基本方針として次の5つが挙げられていました。①先進医療の開発と実践、患者満足度の徹底追求、教育と情報発信の充実、④医療資源の最大利活用、⑤経営改革へのたゆまぬ努力。

 ですからある意味でこの地域は病気との闘いの場であり、「戦場」とも呼びうる場所であると言ってもよいと思います。しかし同時にここは、どのような困難な現実の中にあっても、決して諦めずにがんとの闘いに挑む「希望の場所」でもあります。このような場所に「私たちの教会」が位置しているということには、大切な意味があると思います。教会を通して、昇天の主は、その祝福の御業を宣言し続けて来ました。人間の現実の困難のただ中にあって「神の祝福の器」「祝福の源」として、私たちはこの地において百年間、福音を宣言し続けて来たのです。その祝福とは、どのような時、どのような状況の中にも「インマヌエル、神われらと共にいます」という神の恵みの現実があるということです。キリストの救いの光が届かない闇の底はどこにもないのです。

 パウロも2コリントの4章でこう言っています。「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために」(7-11節)。「為()ん方(かた)尽(つ)くれども希望(のぞみ)を失(うしな)わず」です。それはイエスご自身が、あの十字架に架かることを通して、私たちの呪われたような救いのない現実を、神の豊かな祝福の現実へと変えて下さったからです。イエスは人間の罪に対する罰と呪いとをその身に引き受け、代わりにご自身が持っていた神の赦しの祝福を私たちに与えて下さった。それはキリストによる「祝福」「呪い」との「喜ばしき交換」でした。

 今朝も私たちはキリストの食卓に集います。「これはあなたのために与えるわたしのからだ。」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」と言って、パンとブドウ酒をご自身のからだと血として私たちに差し出して下さったキリスト。このキリストの祝福に与ることが私たちのいのちの希望なのです。神われらと共にいます。そのことを覚えて、この新しい一週間をもご一緒に踏み出してまいりましょう。

 お一人おひとりの上に昇天の主の豊かな祝福と恵みとがありますようにお祈りいたします。 アーメン。

2017年5月14日 (日)

2017年5月14日(日)復活節第5主日礼拝 説教「いのちの道」

2017514日(日)復活節第5主日礼拝 説教「いのちの道」大柴譲治 joshiba@mac.com

ヨハネによる福音書 14:1〜14

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(6節)

 

「わたしは道であり、真理であり、命である」

 ヨハネ福音書はある意味、非常に分かり易い書物です。イエスがご自分のことを「わたしは〇〇である」と宣言している言葉が多く、私たちの記憶に留まり易いためであると思われます。例えば先週私たちはヨハネ10:11から「わたしはよい羊飼い。よい羊飼いは、羊のために命を捨てる」という言葉を聞きました。また、「わたしはブドウの木、あなたがたはその枝である」(15:5)、「わたしは復活であり、命である」(11:25)、「わたしは世の光である」(8:12)、「わたしは命のパンである」(6:35などなど、印象に残る主イエスの言葉は枚挙にいとまがありません。

 本日の箇所も同様です。主イエスはそこで「わたしは道であり、真理であり、命である。」と宣言しておられる。そして「わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」と言われているのです。その意味するところは明白です。キリストは父なる神に至る道であり、真理に通じる道、命の道である、というのです。私たちに神に至る一つの道が示されているのです。本日は「道」ということについてみ言葉に聴いてまいりましょう。

 

「キリスト道」を歩む

 ローマ帝国は交通のために「道路網」を整備しました。「すべての道はローマに通じる」という言い方があるくらいです。ヨーロッパとアジアを結ぶ「シルクロード(絹の道)」という道もありました。「道」というものを通して、商業や貿易、文化や人的な交流が促進されてきたのです。私たちは「道」というものの大切さを知っています。「道」を通って私たちは目的地に向かってゆくのです。日本語には「道を究める」という言い方があります。書道や茶道、華道や武道(剣道や柔道、弓道など)、道教の影響もあってのことでしょう、何事も「真理に通じる道」として受け止められてきました。そしてどのような「道」であっても生涯を賭けて「芸を磨いてゆくこと」「道を究めてゆくこと」が大切というように考えられてきたのです。

 私たちにとってキリストを信じる「信仰」も一つの「道」であると位置付けることができましょう。私はそれを「キリスト道」と呼びたいと思っています。しかしこの道は私たちが神へと近づいてゆくような「上り道」ではない。私たちは自らの「罪」のゆえに神に近づいてゆくことができなかったからです。この「道」は、神が、天におられた神の方からこの地上に生きる私たちに近づいて来てくださったそのような「下り道」なのです。自分の能力や業績や努力や地位を誇るような「昇り道」ではない。かえって自分の弱さや破れ、無力さや惨めさを誇る「降りてゆく道」です。パウロも言っています。「私は喜んで自分の弱さを誇ろう。なぜならば、私は弱い時にこそ、キリストにあって強いからだ」2コリント12:9-10「キリストに従う道」とは、自分の強さを誇るのではなく、自分の弱さを誇る、そこに働くキリストの強さを誇る、そのような道なのです。

 

浦河べてるの家

 今、日本のみならず世界中から注目を集めているのが北海道(北海道も「北の海の道」と書きますね)の浦河というところにある「浦河べてるの家」という精神障がい者の施設とその活動です。その活動が始まってもう30年以上になります。べてるの家とは、1984に設立された浦河町にある精神障がい等をかかえた当事者の地域活動拠点で、社会福祉法人浦河べてるの家(2002年法人化-2つの小規模授産施設12の共同住居、3つのグループホーム)、有限会社福祉ショップべてるなどの活動の総体です。そこで暮らす当事者たちにとってそれは、①生活共同体、②働く場としての共同体、③ケアの共同体という3つの性格を有しています。最初はクリスチャンソーシャルワーカーの向谷地生良という方が日基教団浦河教会で始めた小さな活動から始まりました。今は日本中から病気を抱えた人が集まってきて、何と年商1億円もの利益を出すまでになっています。もちろん「べてるの家」は聖書から命名されています。「ベテル」とは「ベート・エル(神の家)」という意味です。

 皆さんの中にも「当事者研究」という言葉をお聞きになった方もおられることでしょう。浦河べてるの家では、皆が自分の病気を自分で研究材料にしているのです。それは「当事者研究」と呼ばれています。たとえば、幻聴を持っている人はそれを「幻聴さん」と呼んで研究対象にしてしまっているのです。病気が治るわけではありません。むしろ病気さえも自分に与えられた「個性」として笑いながら味わい楽しむというような姿勢でしょうか。病気はよくならないのに、皆がそれを抱えたままでどんどん元気になってゆく。不思議な実践です。私は20079月に浦河べてるの家を訪問させていただいたことがあります。その半年ほど前に教会のニュースレターに書いた文章がありますのでご紹介させてください(むさしのだより20073月号巻頭言)。

 

浦河べてるの家の「当事者研究」  大柴讓治

「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」2コリント12:10/ クリスチャンのソーシャルワーカー向谷地生良(むかいやち いくよし)氏の書いた『安心して絶望できる人生』(NHK生活人新書、2006)という書物を知った。そのたすきには印象的な言葉がある。「病気なのに心が健康になってきた。精神病を抱えた人たちが、自分で自分の助け方を見つける浦河べてるの家。今日も順調に問題だらけだ!」北海道の襟裳岬の近くに浦河という人口15千人の過疎の町があり、そこに「浦河べてるの家」という共同体がある。「べてる」とは「神の家」(創世記28章)という意味のヘブル語。その「問題だらけの共同体」についてのレポートが実に面白く、読む者の心にまっすぐに響いてくる。/ そこには、これまで幻聴など精神的な病いに長く苦しめられてきた人々が自分自身を研究対象にすることで気づきを深め、それを分ち合うことを通して共同体を形成してゆく姿が描かれている。題して「当事者研究」。なるほど!それは私にとって「目からウロコ」体験であった。私たちの問題は「自分の中に弱さを抱える」ことにあるのではなく「その弱さを分かち合う共同体を形成できないでいる」ことにあるのだ。困った時に、それを乗り越えること以上に大切なことは、「今、私は困っています」というSOSを外に向かって発することなのである。これが簡単に見えて難しい。自分の無力さをさらけ出すことになるからだ。しかし不思議なことに、それができた時に共同体が形成されてゆく。安心して弱さを分ち合い、絶望を担い合うことのできる共同体がそこに出現する。「しかし、『絶望感』という鉱脈を掘り当てたときに、ふつふつとわき上がってきたのは、不思議にも『充実感』だった」(『べてるから吹く風』)。ティリッヒに触発されながら向谷地氏は、イエスが人々の弱さの中に降り立ったことに思いを馳せつつ、ソーシャルワーカーとして自らの無力さを原点に「安心して絶望できる援助」を展開してゆく。/それは決してきれい事ではない。そこには生身のぶつかり合いがあり、徒労と失望の涙があり、どん底を共に生きようとする覚悟があり、気が遠くなるような忍耐がある。同時に、底抜けの明るさがあり、ユーモアがあり、しぶとい生命力があり、かけがえのない人間のドラマがある。登場人物一人ひとりが何と生き生きと輝いていることか。べてるの家の混とんとした現実を見守る精神科医や看護師、ソーシャルワーカー、牧師や浦河の人たちの姿も実に温かい。/ この世の上昇志向的な価値観に真っ向から対立するその「降りてゆく生き方」に「我弱き時にこそ強し」というパウロの言葉を思い起こす。そこにキリストのリアリティーを強く感じるのは私だけではあるまい。この本を多くの方に手にしていただきたい。そして私たちの気づきを分ち合うことができれば、私たちもそのような共同体に参与できるようになるのではないかと思う。

 

 「わたしは道であり、真理であり、命である」と宣言して下さった主イエス・キリスト。「わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」と言いながら、向こう側から私たちの所にその命の道を開いて下さったお方がいます。そう言って私たちと共に歩んでくださるお方がいる。そのお方につながっている幸いを深く味わいながら、この新しい一週間をもご一緒に踏み出してまいりましょう。

 お一人おひとりの上に復活の主の豊かな力と祝福とがありますように。アーメン。

2017年5月 8日 (月)

2017年5月7日(日)復活節第4主日礼拝説教「わたしはよい羊飼い(詩編23編)」

201757日(日) 復活節第4主日礼拝 説教「わたしはよい羊飼い(詩編23編)」  大柴 譲治 josihba@mac.com

詩編23/ ヨハネによる福音書 10:1-10

10 わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。11 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。(ヨハネ10:10b-11

 

主はわたしの羊飼い

1 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。2 主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、3 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。4 死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。」

 これは詩編23編からの言葉です(1-4節)。詩編23編は、全部で150編ある詩編の中でも最も有名で、最も愛されてきたものの一つです。皆さまの中でも愛唱聖句とされておられる方も少なくないと思います。この詩編23編が本日の礼拝の主題詩編となっています(各主日の主題詩編は教会手帳に掲載されています)。この詩編を私たちは、私たちの羊飼いである主イエス・キリストに対する徹底した信頼の詩編として受け止めることができます。この羊飼いと羊の信頼関係はどのような中にあっても決して揺らぐことはなく、損なわれることはないのです。主はどのような時にあっても、どのような場所にあっても、私の羊飼いであって、私には何一つ欠けたこと、乏しいことがない。主は私を緑の牧場に伏させ、憩いのみぎわに伴いたもう。主の御名のゆえにわたしの魂を生きかえらせ、常に私を正しい道へと導き給う、のです。人生においてこのような羊飼いを持つことができる者は幸いであると言わなければなりません。人生は山あり谷ありです。順風の時もあれば逆風の時もある。しかしどのような時にも、たとえ苦難の中にあっても、この詩編23編は実に多くの人々を支えてきました。「たとえ死の陰の谷をゆく時も、あなたが共にいますがゆえに、災いを恐れません」と告白することが私たちには許されていることは幸いです。羊飼いが持っている鞭と杖とが、私たちを悪しき敵から守り、どのような時にも私たちを力づけてくれるのです。この羊飼いとの関係は決して揺らぐことがありません。

 この詩編はイスラエルの歴史の中で読まれてきたものでした。神とその神の民との間の強い信頼関係を歌ったものです。作者は浮き沈みの激しいこの人生において神の愛と保護とを確信し、平静そのものであります。

 そして5-6節は次のように歌っています。5 わたしを苦しめる者を前にしても、あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ、わたしの杯を溢れさせてくださる。6 命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう」。ここでは、私たちを待っているであろう「終りの日の祝宴」(終末論的な希望)が指し示されています。このような希望があればこそ、私たちは「艱難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出す」とパウロがローマ書5章で告げているように、現実の困難を耐えてゆくことができるのです。

 この詩編は、歴史的に見るならば、旧約聖書につぶさに記されているように、神の民イスラエルの歴史を導いた牧者としてのヤーウェを歌ったものでありましょう。ヤーウェは「その牧の(羊の)群れ」であるイスラエルを、モーセを立てて、「死の影の谷」であるエジプトから導き出し、途中の荒れ野では水のあるところ(岩清水)に導き、緑の牧草が豊かな約束の地に連れて入ってゆきました。5節のわたしを苦しめる者を前にしても、あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ、わたしの杯を溢れさせてくださる。という言葉は、敵のただ中からの救出のしるしとして祝った最初の過ぎ越しの食事を意味しているとも理解できます。「御名にふさわしく」とは「ヤーウェ」という聖なる神の名前が本来、ヘブル語の動詞形の「ヤー」という語に由来し、それが「ある、存在する」「ありてある者」という意味であったように、神が常にその民と共にあったこと(インマヌエル!)を意味しています。「ヤーウェ」という御名にふさわしく、その民を守り、導き、世話をしながら、「正しい道へと導かれた」ということが告白されています。「死の陰の谷」とは「敵に殺される危険」を意味し、これを「暗い闇」と読む人もいるようですが、歴史的には「エジプトでの10の災害」のうちの「暗闇」と「初子の死」を指したものであるとも考えられます。ヤーウェなる神は、小羊の血によってイスラエルの民からこれらの災いを過ぎ越された(英語では「Pass-over」)のでした。「鞭と杖」とは、オオカミを追い払うための「鞭(棒)」と羊を導くための「杖」を意味します。「わたしの頭に香油を注ぎ」とは「主人のもてなしの意を表すために客人に注がれる香油」のことを意味しています。同時にこの「油注ぎ」は、将来のイスラエルに対するヤーウェの祝福を意味しているとも考えられます。主イエスは神によって「油を注がれた者(キリスト/メシア)」となられたのでした。

 本日の福音書の日課にも、「門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く」(10:3-4とありました。実際に羊たち一頭一頭には名前が付いていたようです。羊という動物は、大変に視力が弱いようですが、逆に聴覚は並外れて優れていたようです。その羊が迷子にならないように、羊飼い主イエス・キリストは、羊たちが迷子にならないようにその名前を呼びながら、ある時には先頭に立って、ある時には一番後ろから、またある時には羊の横に並んで、歩いてくださるのです。歩けなくなった羊をその胸に抱いて歩いて下さることもあったことでしょう。そして群れの先頭に立って私たちを導き守って下さるのです。羊は羊飼いの声を知っていて聞き分けるので、羊飼いに安心してついて行くことができます。主はわたしの羊飼い、わたしには乏しいことがないからです。

 

私たち一人ひとりもまた、主によって「小さな羊飼い」としてこの世に派遣されてゆく

 そして主が私たちのために命を捨てるよい羊飼いであるという事実は私たちを根底から造り変えてゆきます。私たち自身もまたキリストによってこの世の苦しみや悲しみの中に置かれている「飼う者のない羊」のような存在に向かって派遣されてゆくのです。羊飼いであるキリストはその手足として私たちを用いてゆかれるのです。宗教改革者のルターはそれを「全信徒祭司(万人祭司)」という言葉で言い表しました。「すべてのキリスト者は『祭司』としての務めと責任を持つ」とルターは言ったのです。それは何か。神と人々の間に立つ「祭司」には二つの役割があります。一つは「人々に神の言葉を伝える」という役割です。方向としては、神から隣人に向かう方向(ベクトル)であると言ってよいでしょう。聖書のみ言葉を通して、神のI Love Youという確かな声を隣人に届ける役割です。そしてもう一つは、隣人のために神に対して「とりなしの祈りを捧げること」です。隣人のために祈る役割です。こちらは、先とは逆で、隣人から神へとベクトルは向いています。私たち一人ひとりが「小さなキリスト」となり(ルター『キリスト者の自由』)、「小さな羊飼い」となるのです(それを「真の羊飼いであるイエス・キリストを助ける牧羊犬」と言った私の恩師もいました)。ここに深く大きな、揺るがぬ喜びがあります。まことの慰めがあり、希望があります。この人生という旅路を、真の羊飼いである主イエスの御声に従ってゆく幸いを味わいながら、私たちはご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりたいのです。

 お一人おひとりの上に主の豊かな力と守り、導きと祝福とがありますようにお祈りいたします。アーメン。

 

2017年4月30日 (日)

2017年4月30日(日)復活節第三主日礼拝説教「人生の途上で」

2017430日(日) 復活節第三主日礼拝 説教「人生の途上で」   大柴 譲治 joshiba@mac.com

ルカによる福音書 24:13-35

30 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 31 すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。 32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。(30-32節)

 

復活=すべての始まり

 教会暦では本日は復活節第三主日。私たちはイースターの出来事が「すべての始まり・信仰の原点」であったことを知っています。キリストの復活がなければ復活の主と出会った人々が死をも恐れずに全世界に出て行って福音宣教するということは決して起こりませんでした。イエスの弟子たちは十字架のもとから一人残らず逃げ去りました。遠藤周作の言葉を借りれば、彼らは皆「主を捨てた弱虫」だったのです。しかしそんな彼らが復活の主と出会うことによって、それまでとは全く異なり、死をも恐れず復活の主の福音を宣教する「新しい人間」に造り変えられていった。歴史学が証明できるのは「主イエスの空の墓」まででしょう。しかし弟子たちの心の中には確かに主がよみがえってご自身を啓示されたのです。遠藤周作はその意味でこう言っています。「復活は、歴史的な事実であるとは証明できないかもしれないが、それは弟子たちにとってはまぎれもない真実の出来事であった」。信仰者にとってこの世に起こるすべての出来事復活の光に照らされています。

 使徒パウロも1コリント15章で言っています(3-22節)。「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。とにかく、わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした。キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。」

 

人生の途上で〜エマオ途上で復活の主と出会う

 本日の福音書にはエマオ途上での出来事が記されています。「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン(約11キロ)離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が(向こう側から)近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、『歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか』と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。『エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。』イエスが、『どんなことですか』と言われると、二人は言った。『ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、「イエスは生きておられる」と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした』」(13-24節)。弟子たちは二人とも目の前にいる人がイエスだということに気づきません。それはそうでしょう。彼らが主と慕っていたイエスは十字架の上で殺されてしまったのですから。空っぽの墓しか見当たらなかったのに、何人かの女性たちが天使たちから「イエスが復活(再起)して生きておられる」と告げられたと言い始めたというのです。復活という出来事は理性や経験や常識の次元ではどうしても私たちには理解することのできない事柄です。16節の「二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」とはそのことが表現されているのでしょう。頑なに思い込んでいた二人の弟子たちにイエスは言われます(25-32節)。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」。そして主は、「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」のです。目指す村に近づきましたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子でした。それを二人は無理に引き留めます。「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」。そう促されてイエスは共に泊まるため家に入られました。「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った」(30-32節)。

 この場面はとても大切なことを示しています。20節の「イエスがパンを取り、讃美の祈りを唱え、パンを裂いて(二人に)お渡しになった」というのは、礼拝と聖餐式を意味します。聖餐式を通して彼らの「遮られていた目が開け」、それがイエスだと初めて分かるのです。しかしイエスの姿が次の瞬間には見えなくなっていました。聖餐礼拝を通して二人は復活の主が今も生きて彼らと共にいてくださるというキリストのリアリティ、復活の主のリアルプレゼンス(現臨)を生き生きと感じ取ることができたということでしょう。そしてそこから振り返った後から、主が聖書について語ってくださった「あの時、(自分たちの)心は燃えていたではないか」ということに気づかされるのです。これはとてもおもしろい表現です。ボーッと劇的に燃えたのではない。後から気づくほど心は静かに温かく燃えていたということでしょう。私たちは気をつけたいのです。何かに一生懸命になる時に私たちの視野は狭まり、自分のことしか見えなくなってしまいやすいからです。そして周囲の人を傷つけたり、自分をも追い詰めたりしてしまう。しかし「信仰」はそういうものではない。復活の主は共にいてくださることを後から気づくことができるような仕方で、み言葉の穏やかな味わいの中に示してくださるのです。

 

人生の途上で〜一人の青年の洗礼式にあたって

 本日はこれから一人の青年女性の洗礼式に与ります。主イエス・キリストが一人の姉妹を深く愛してくださり、その愛への応答としてこの姉妹は主イエスを信じ、自分の救い主として告白し、洗礼を受けられます。エマオ途上で復活の主が二人の弟子たちに近づき、彼らと共に旅をし、聖書のみ言葉を通して彼らの心を静かに燃え立たせ、礼拝と聖餐を通して彼らの目を開いてくださったように、この姉妹がキリストの恵みの御業の中に新しく生まれ変わり、人生を主と共に歩むことをご一緒に喜びたいと思います。神さまの豊かな祝福をお祈りいたします。そしてまた、この洗礼式を通して私たち自身も自らの洗礼式に思いを致し、人生の途上で復活のキリストと出会って私たち一人ひとりが主を信じる者とされていることを覚えつつ、共に主キリストに従ってまいりたいと思います。お一人おひとりの上に復活の主の豊かな力と祝福とがありますように。アーメン。

2017年4月17日 (月)

2017年4月16日(日)復活祭・大阪教会宣教百年記念礼拝説教「すべての始まり」

2017416日(日) 復活祭・大阪教会宣教百年記念礼拝説教「すべての始まり」 大柴譲治

使徒言行録10:39〜43 / ヨハネによる福音書20:1〜18

イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 (ヨハネ20:16

 

復活=すべての始まり

 イースターおめでとうございます! この喜びの日を今日ご一緒に迎えることができたことを感謝します。

 イースターの出来事は、私たち信仰者にとっては、すべてはそこから始まっている「すべての始まり・原点」とも呼ぶべき出来事でした。キリストの復活は、それ以前とそれ以降の人間の生き方を完全に分つ出来事です。旧約聖書は「光あれ!」という神の言葉(神の声)によって始まっていますが、キリストの復活はそれ同様に、死と闇と絶望のただ中で神が「光あれ!」と呼ばわって「光があった」という出来事であり、すべての始まりなのです。この「光あれ!」と闇の中に響く神の声こそ、私たちの主イエス・キリストの存在です。

 その始まりの出来事を、ヨハネ福音書は次のようにダイナミックに描写しています。初めに言があった言は神と共にあった言は神であったこの言は初めに神と共にあった万物は言によって成った成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった言のに命があった命は人間を照らす光であった光は暗闇の中で輝いている暗闇は光を理解しなかった」(1:1-5)。声は言葉を乗せて運ぶ車(ヴィークル/器)です。バッハのカンタータではないですがそこには「目覚めよと呼ばわる者の声がする」のです。十字架で「すべては終わった」「the end」と思われていた中で、復活によってすべては再起し、新しい光の中に置かれることになりました。十字架において敗残されたキリストが、復活によって「勝利者キリスト」になられたのです。イザヤ書53章の「苦難の僕」の預言が「主の復活」において成就したのです。見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない彼は蔑され人々に見捨てられ、多くの痛みを負い病を知っている彼はわたしたちにし、わたしたちは彼を蔑し無視していた彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり打たれたから、彼は苦しんでいるのだ彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ちかれたのは、わたしたちの咎のためであった彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ53:2-5)。

 先週私たちは子ロバに乗ったイエスが私たちの王として神の都エルサレムに入城される場面を読みました(マタイ37-40節)。本当の意味で復活のキリストを通して、「ホサナ(主よ、お救いください。)」という叫び声は実現し、「天には平和、いと高きところには栄光」が成し遂げられたのです。それはネガフィルムとポジフィルムが反転するような、天地がひっくり返り逆転するような、大いなるどんでん返しでありました。私たちの思いをはるかに越えた「始まりの出来事」だったのです。すべてはこの主の復活の光のもとに置かれています。すべてはその光によって照らされているのです。

 

大阪教会宣教百年の歴史を振り返って〜『大阪教会七十周年記念誌』

 この世のすべては、このキリストの復活の光の中で輝いています。だから私たちは、どのような困難な状況の中におかれても絶望しません。パウロが2コリント4章で言う通りです(4:6-12)。「『闇から光が輝き出よと命じられた神はわたしたちの心のに輝いてイエスキリストの御に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいましたところでわたしたちはこのよな宝を土の器に納めていますこの並外れて偉大な力が神のものであってわたしたちから出たものでないことが明らかになるためにわたしたちは四方から苦しめられても行き詰まらず途方に暮れても失望せず虐げられても見捨てられず打ち倒されても滅ぼされないわたしたちはいつもイエスの死を体にまとっていますイエスの命がこの体に現れるためにわたしたちは生きている間えずイエスのために死にさらされています死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるためにしてわたしたちのには死が働きあなたがたのには命が働いていることになります。」そしてパウロは続けます。「だからわたしたちは落胆しませんたとえわたしたちの外なる人は衰えていくとしてもわたしたちのなる人は日々新たにされていきます」(2コリント4:16ルターは「キリストが『悔い改めよ』と命じるように、キリスト者の全生涯は日毎の悔い改めである」と言いましたが、私たちは日々新たにキリストと共に死んで、キリストと共に復活することを体験しているのです。私たちはこのような復活のキリストを信じる信仰によって生かされています。

 今日は大阪教会の宣教百年の誕生日です。私たちの大阪教会は、今から百年前、今年が「宗教改革500年」ですが、「宗教改革400年」運動のうねりの中で生み出されてゆきました。そのことは今からちょうど30年前の1987419日に発行されたこの『大阪教会七十周年記念誌』に明らかです。米国から派遣されたCWヘプナー宣教師によって大阪伝道は始められてゆきました(1917- 193518年間)。天王寺村脇ケ岡の地で持たれた最初の礼拝は191748日、復活祭の日のことでした。そのあたりの歴史を林鉄三郎兄はこの70周年記念誌の中に克明に記しています。「礼拝の席上、内海伝道師の転入式を執行、山内牧師は『基督の復活』と題して説教され、ヘプナー宣教師のもとに聖餐を守られた。陪餐者は10名であった」とあります(p15)。そして時代状況は急変し、不穏な社会情勢の中で戦争の時代へと突入してゆきます。

 私の手もとに、1999年頃までの大阪教会の年表があります。三浦知夫先生(1996-1999)の作によるでしょうか。それによると、小泉昂牧師(小泉潤牧師の御尊父、小泉基・嗣両牧師の御祖父様)が1931年から1945年まで大阪教会の牧師であったという記録があります。昨日私は193993日付けで木箱に入った聖書と讃美歌、礼拝式文を見つけました。そこには大阪教会の名前に加えて小泉昂牧師のお名前とその当時の七人の役員名が記されています。19391217日に真法院町に大阪教会の礼拝堂が献堂されますが、その際に礎石の中か棟上げの時に建物の中に収められたものでありましょう。今から78年と8ヶ月程前の記録です。このあと小泉昂牧師はしばらくして、「19429月に病状の悪化により休職して静養。代務者として神学校を卒業した吉崎三郎牧師着任。赴任後まもなく出征、フィリピンにて戦死」と記されています。そして「194553日に小泉牧師、41歳で召天」とあります。小泉昂牧師は足かけ14年間この大阪教会のために働かれましたが、志半ばで天へと駆け抜けてゆかれたのでした。その後、小泉牧師夫人とその5人のお子さん(小泉潤牧師がその長男)がどれほどご苦労されたかは想像に難くありません。10歳で父親を亡くされた潤先生は、葬儀途中に空襲警報が鳴って葬儀が中断されたことや、お母さまと一緒に父親を火葬するために棺桶に入れて自分たちでリヤカーに乗せて斎場まで運んだことなどをこの70年誌に記しています(p43)。代務者の吉崎三郎牧師もフィリピンで戦死。ヘプナー宣教師も1935年に東京・鷺ノ宮の神学校に移った後に戦争のため1942年帰国を余儀なくされています。戦後しばらくして稲富肇牧師が着任します(1947-1955)。この稲富牧師の1954125日に今の谷町三丁目の場所に鉄筋新会堂が完成。ここにはそれまでメソジスト教会と幼稚園がありました。稲富牧師の慧眼とその預言者的な決断力には優れたものがあったと思います。そして内海季秋牧師が1960年に着任し16年間牧会の任に当たります(-1976)。その後に石橋幸男牧師が着任(1976-1991)。1991年に松原清牧師が着任し9年間この教会の牧会(-2000)。大阪教会は3年任期でこれまで何人もの副牧師を取ってきましたが、松原先生は1970-1973とこの教会の副牧師でもありました。三浦知夫牧師も1996-1999と三年間副牧師でした。そして松原先生と三浦牧師の後には一年間石居正己牧師がピンチヒッターとしてこの教会をカバーし、20014月に滝田浩之牧師が着任(-2016)。内海季秋先生が総会議長であった1969年にはアスマラでJELCが自給をすることを宣言し、19751115日にホテル・ザ・ルーテルがオープンされました。当時は9階建ての建物の最上階に教会が位置していました。それから26年を経て200112月に現在の建物が完成。歴代の牧師とその家族、信徒の方々の厚い信仰がこの大阪教会の内外を貫いて継承されてきたのでした。

 百年の歴史を貫いて、私たちのただ中に生きて働いてこられたお方がいます。それは私たちのために十字架にかかり、甦ってくださった復活の主キリストです。44日に1955年に稲富先生からこの場所で受洗された藤田京子姉がるうてるホームで88歳のご生涯を終え帰天されました。本日は100人ほどの召天者のお写真がここに並べられています。私たちの生きているこの地上の歴史には確かに神の救いのドラマがあります。そのことを覚えながら、私たちもまた復活のキリストの証人として主に従ってまいりたいと思います。お一人おひとりに豊かな主の力と祝福がありますように。大阪教会の今後にも主の導きをお祈りいたします。アーメン。

2017年4月10日 (月)

2017年4月9日(日)枝の主日礼拝説教「主の弁明」

201749日(日)枝の主日礼拝説教「主の弁明」 大柴 譲治

ゼカリヤ書 9:9-10 / フィリピの信徒への手紙 2:6-11 / マタイによる福音書 21:1-11

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ書 2:6-8

 

「枝の主日」(英語ではPalm SundayPalmとは棕櫚のこと)におけるエルサレム入城

 今日は「枝の主日」。主イエスがロバの子に乗って神の都エルサレムに入城してゆくのを、人々が棕櫚の枝や葉を振って歓呼の声をあげて迎える場面が与えられています。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ』」(マタイ21:8-9)。これは本日の第一日課であるゼカリヤの預言が成就したとされている場面でもあります。ユダヤ人にとっては何百年も待ちに待った救い主である真の王が、ゼカリヤ9:9-10の預言通り、ロバの子に乗って即位のために神の都エルサレムに入ってゆかれるということで熱狂的に叫ぶ姿がとても印象に残ります。「軍馬」のような力の象徴である馬ではなく、柔和さと謙遜の象徴である「子ロバ」に乗って、「メシア(救世主)」が登場するのです。人々はこのメシアに、あのダビデのように力をもった王、イスラエルをローマ帝国の支配から解放してくれるはずのメシアとして、人々は圧倒的な統治力と権威とを期待していたのです。

 人々の歓声の中にイエスはエルサレムに入城してゆきます。ロバの子に乗って。イエスは笑顔で手を振りながら入城されたのでしょうか。いや、そうではないでしょう。私にはそのようには思えないのです。なぜならばイエスは知っていたからです。今は「ホサナ!」と大歓声を上げて熱狂的にイエスを迎えている群衆が、一週間も経たないうちに今度は「イエスを十字架に架けよ」と叫ぶようになるということを。イエスは既に三度、ご自分の受難を予告しておられました。

 マタイ福音書は既に16章の終わりで、17章の山上の変貌の出来事に先立ってこう記しています。「このときから、イエスは、ご自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。するとペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。『主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。』イエスは振り向いてペトロに言われた。『サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神の事を思わず、人間のことを思っている』」(16:21-23)。ペトロはその直前に「あなたこそ、生ける神の子です」という正しいキリスト告白をしたにもかかわらず、「サタンよ、退け!」と厳しくイエスにいさめられているのです。ペトロたち使徒たちもまた自分の求めるキリスト像を投影していただけだったということが分かります。イエスはこう続けて言われます。「それから弟子たちに言われた。『わたしについてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る』」(16:24-25)。

 イエスに対する人々の無理解は致し方ないものであったかも知れません。無力なメシア像など誰も想像だにできなかったのですから。見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない彼は蔑され人々に見捨てられ、多くの痛みを負い病を知っている彼はわたしたちにし、わたしたちは彼を蔑し無視していた彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり打たれたから、彼は苦しんでいるのだ彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ちかれたのは、わたしたちの咎のためであった彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ53:2b-5)。

 人々のイエスに対するメシアの期待が大きければ大きいほど、エルサレムで何もしようとしないイエスに対する失望は大きく、失望が怒りに変わるのに時間はそうかかりませんでした。イエスを恐れていたファリサイ派や律法学者、祭司長などのユダヤ教の指導者階級も、何とかしてイエスを失脚させて無き者にしようと考えていましたから、好機到来とばかりに、うまくその時を利用したのでありましょう。

 ルカ福音書の並行箇所では(19章)、イエスが神の都エルサレムのために涙されたと記されています。「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである』」(41-44節)。ロバの子に乗って神の都に入ってゆかれる時にも悲しい目をしておられたに違いないと私は思うのです。もしかしたらイエスは泣きながらエルサレムに入城されたのかも知れません。

 

イエスの弁明〜「聖なる神」の御名の署名

 イエスはこれからエルサレムで起こることをすべて予めご存知でした。自分が頭にかぶるのは黄金の冠ではなく茨の冠であり、自分がまとう衣は王の高価な紫布のマントではなくてローマ兵たちによって衣類をはぎ取られバカにされながら着せられた「赤い外套」であること。着座された王の即位の場所は、王のために用意された黄金の玉座ではなくて憐れな罪人のために用意されたゴルゴダの十字架という悲しみの玉座であったことを。十字架の苦しみと恥とを最後まで耐え忍び、およそ王らしいものはすべて、それどころか人間らしいものはすべて奪われるようなかたちでイエスは黙って十字架へと架けられ、殺されてゆくのです。イザヤ書53章が預言していたように、黙って屠り場に引かれてゆく小羊のように、です。

 イエスは沈黙を守ります。逮捕された時にもまったく弁明を行いませんでした。逃げることなく、ただ黙って、沈黙の中に十字架へと架かってゆかれたのです。ただ天の父の御心に従順に従っただけなのです。ゲッセマネの園での祈りのように、自分の人間的な思いではなく、父なる神の御心が成りますようにと祈り続けたのでした。沈黙の中で主は父の御心にひたすら従っていった。それはフィリピ書2:6-8に記されている通りの姿です。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」

 私はしばしばトマス・マートン(1915-1968)の言葉を想起します。彼はトラピスト会の修道士かつ作家で、日本の禅仏教学者の鈴木大拙などとも親交があったことで知られています。「私たちが自分がなんとダメな存在なのだろうかと思うその一点こそ、神がご自身の聖なる御名を署名してくださった点である。そこには私たちのために無となってくださったイエス・キリストという聖名が記されているのだから」。私たちの破れたところ、誰にも誇ることのできないところ、むしろ隠しておきたいような弱さと恥ずかしさのどまん中に神は御自身の聖なるお名前をサインしておられるのです。私は40歳の頃、米国フィラデルフィアで「恥Shameと罪Guilt」の研究をしていたのですが、この言葉に出会った時に、私は本当に救われた思いになり、涙を禁じ得ませんでした。

 イエスは弱さや肉体の棘に苦しむ私たちの祈りに応えてこう告げてくださいます。「わが恵み、汝に足れり。わが力、汝の弱きところに現わるればなり」と。だからこそ私たちはパウロと共に、また先週るうてるホームにおいて88年間のご生涯(信仰生活62年)を終えられた藤田京子姉と共に、こう告白することができるのです。「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(2コリント12:9-10)。

 ロバの子に乗ってエルサレムに入ってゆかれる私たちの救い主、王なるキリスト。神の救いの成就のために十字架へとまっすぐに歩んでゆかれます。声なき者、無力な者、悲しみ嘆く者、世から見捨てられている者、友なき者の友として、黙って十字架へと歩まれるのです。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ!」 主イエスの沈黙と群衆の讃美の歌声がクロスして響き渡ります。力と栄光を求める私たち人間に示された神の愛は、私たちの思いとは全く異なっており、その独り子を十字架の上に賜るほどの深い愛でした。そのことを覚えながら受難週を過ごしてまいりましょう。

2017年4月 9日 (日)

2017年4月2日(日)四旬節第五主日礼拝説教「わたしは復活であり、命である」

201742日(日)四旬節第五主日礼拝説教「わたしは復活であり、命である」 大柴譲治

ヨハネによる福音書11:1−45

 25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。 26 生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」 27 マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」(ヨハネ11:25-27

 

「わたしは復活であり、命である。」

 今はレント(四旬節)。次週49日(日)よりいよいよ受難週に入ります。主の十字架への歩みに思いを向けつつ、私たちは一日一日を大切に過ごしてゆきたいと思います。

 本日の福音書の日課にはイエスがマルタとマリアの兄弟ラザロを甦らせる場面が与えられています。「イエスは彼らを愛しておられた」と記されていますが、マルタとマリアが人を遣わしてイエスのところにラザロが病気であることを伝えても、不思議なことにイエスは全く動こうとされませんでした。その結果手遅れになってしまって結局ラザロは死んでしまいます。マルタもマリアもそれぞれイエスに「なぜすぐに来てくださらなかったのか」という恨み節を語っています。主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」(21節と32節)。

 イエスはラザロを甦らせるに先立って、愛する者を亡くして嘆き悲しむマルタにこう言うのです。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、けっして死ぬことはない。このことを信じるか」と。私はこのイエスの言葉を聞くたびにいつも思うのですが、これは私たち死すべき定めにある人間には決して語ることのできない言葉であり、やがて死者の中からよみがえられるイエスにしか語り得ない神の権威を持った言葉であると思います。「わたしは復活であり、命である。このことをあなたは信じるか」。そうイエスは私たち一人ひとりの目をまっすぐに見ながら語りかけておられるのです。

 昨夜もテレビでミュージカル映画『ウェストサイド物語』を放映していました。作曲家で指揮者であったレナード・バーンスタインが1957年にミュージカルとして作曲した現代版「ロミオとジュリエット」とも言うべき名作です(映画化は1961年)。人生においては愛する者との別離ほど悲しく苦しい体験はありません。生木を引き裂かれるような痛みを伴うものです。ウラジミール・ジャンケレビッチというフランス人の哲学者は、「死」というものには「三人称の死」「二人称の死」「一人称の死」の三つがあって、次第に私たちに近づいてくると語ります。「三人称の死」とは、単数形であるか複数形であるかは問わずに、「彼とか彼女の死」であり私たちからは遠いところにある「第三者の死」のことを意味します。それに対して「二人称の死」とは「私たちにとってごく身近な者の死」であり、「私の愛するあなた(たち)の死」なのです。そして最後の課題として「一人称の死」、すなわち「私(たち)自身の死」が迫ってきます。

 また、アール・グロルマンというユダヤ教のラビはこう言っています。「親を亡くすということは自分の過去を失うということであり、配偶者を亡くすということは自分の現在を失うということ、そして子供を亡くすということは自分の未来を失うということである」と。兄弟や友人を亡くすこともおそらく配偶者同様「現在」を亡くすということなのでしょう。私たちのアイデンティティーは他者との関わりの中で深く形成されてゆきます。その関わりが失われるということは、その人との関わりの中で与えられてきた私自身のアイデンティティーが失われるということで、そのことを通して私たちは自分の心の中にポッカリと穴が空いてしまったように感じられるのです。生きるということは何と辛く悲しいことでしょうか。どれほど大切に愛し必要とし合っていても、私たちは死ぬ時は一人、徹頭徹尾孤独な存在です。歌人は歌います、「咳をしても一人」(尾崎放哉)と。グリーフケアに関わらせていただいて次第に分かってきたことは、私たちは悲しい時や苦しい時には我慢せずに自然に悲しみや憤りの涙を流した方がよいということです。悲嘆を安全に表現することができるような空間と時間、そして友(関係)が必要となる。その時嘆きを黙って受け止めてくれる存在を持つ者は幸いです。

 イエスはラザロの死を知って繰り返し激しく憤りを覚え、涙を流されます(憤り:3338節、涙:35節)。イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。『どこに葬ったのか。』彼らは、『主よ、来て、御覧ください』と言った。イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは、『御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか』と言った。しかし、中には、『盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか』と言う者もいた。イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた」(33-38節)。イエスは何に対して強く憤られたのでしょうか。悲しみの中で人間を支配し、非人間化しようとする「死と墓の力」に対して憤られたのでしょうか。ここで「石でふさがれていた洞窟の墓」とは人の力ではどうすることもできないような「死すべき定め」であるとも言えましょう。しかし、ラザロやマルタやマリアを愛するが故にイエスは死の力にたいして闘いを布告しているのです。

 中世ヨーロッパにおいては「メメントモリ」(死を覚えよ)という言葉が合言葉のように語られていたようです。人間が持つ「死すべき定め」の中、互いに「メメントモリ」と告げ合うことを通して「カルペディエム」(今この瞬間を掴んで生きよ)ということの重要性を確認していたのです。

 

「復活」=「再起」

 「復活」(ギリシャ語で「アナスタシス」)とは「再び立つこと」、すなわち「再起」のことです。これは聖書をケセン語に訳したカトリック信徒の山浦玄嗣(はるつぐ)医師が強調していることでもあります。「七転び八起き」という言い方がありますが、「復活(再起)」とは転んでも転んでも起き上がり続けることです。キリストを信じる者は「たとえ死んでも生きる」のであり、生きていてキリストを信じ続ける者は「いつまでも死なない」とはそのような意味なのです。イエスを信じるということは苦しまなくなることでも悲しまなくなることでもありません。主が十字架を担われたように私たちは自分の十字架を担わなければならないのです。突然病いを患い、苦難を得て「神さま、なぜなのですか?」と問い続けている人もおられましょう。しかしそれでもなお、信仰を通して生死を超えたところから与えられる「七転び八起き」(アナスタシア)の生の次元が開かれてゆきます。

 主イエスは言われました。「わたしは復活(再起)であり、命である」と。そして続けられます。「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、けっして死ぬことはない。このことを信じるか」。病いによっても死によっても奪われることのない真の命がある。ラザロをよみがえらせたキリストもまたそのように生き、そのように死んでゆかれたのです。そして三日目に死人のうちから復活(再起)されました。私たちもまたキリストの死と復活のLifeにあやかって生きる者でありたいと思います。

 本日もまた私たちは聖餐式に与ります。この食卓は終わりの日の祝宴の先取りであり、前祝いでもあります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これは罪の赦しのためあなたと多くの人のために流すわたしの血における新しい契約」と言ってパンとブドウ酒を分かち合ってくださったイエス・キリスト。生者と死者の双方の救い主であるイエス・キリストの食卓にはすべての人が招かれています。

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