心と体

2017年4月17日 (月)

2017年4月16日(日)復活祭・大阪教会宣教百年記念礼拝説教「すべての始まり」

2017416日(日) 復活祭・大阪教会宣教百年記念礼拝説教「すべての始まり」 大柴譲治

使徒言行録10:39〜43 / ヨハネによる福音書20:1〜18

イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 (ヨハネ20:16

 

復活=すべての始まり

 イースターおめでとうございます! この喜びの日を今日ご一緒に迎えることができたことを感謝します。

 イースターの出来事は、私たち信仰者にとっては、すべてはそこから始まっている「すべての始まり・原点」とも呼ぶべき出来事でした。キリストの復活は、それ以前とそれ以降の人間の生き方を完全に分つ出来事です。旧約聖書は「光あれ!」という神の言葉(神の声)によって始まっていますが、キリストの復活はそれ同様に、死と闇と絶望のただ中で神が「光あれ!」と呼ばわって「光があった」という出来事であり、すべての始まりなのです。この「光あれ!」と闇の中に響く神の声こそ、私たちの主イエス・キリストの存在です。

 その始まりの出来事を、ヨハネ福音書は次のようにダイナミックに描写しています。初めに言があった言は神と共にあった言は神であったこの言は初めに神と共にあった万物は言によって成った成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった言のに命があった命は人間を照らす光であった光は暗闇の中で輝いている暗闇は光を理解しなかった」(1:1-5)。声は言葉を乗せて運ぶ車(ヴィークル/器)です。バッハのカンタータではないですがそこには「目覚めよと呼ばわる者の声がする」のです。十字架で「すべては終わった」「the end」と思われていた中で、復活によってすべては再起し、新しい光の中に置かれることになりました。十字架において敗残されたキリストが、復活によって「勝利者キリスト」になられたのです。イザヤ書53章の「苦難の僕」の預言が「主の復活」において成就したのです。見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない彼は蔑され人々に見捨てられ、多くの痛みを負い病を知っている彼はわたしたちにし、わたしたちは彼を蔑し無視していた彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり打たれたから、彼は苦しんでいるのだ彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ちかれたのは、わたしたちの咎のためであった彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ53:2-5)。

 先週私たちは子ロバに乗ったイエスが私たちの王として神の都エルサレムに入城される場面を読みました(マタイ37-40節)。本当の意味で復活のキリストを通して、「ホサナ(主よ、お救いください。)」という叫び声は実現し、「天には平和、いと高きところには栄光」が成し遂げられたのです。それはネガフィルムとポジフィルムが反転するような、天地がひっくり返り逆転するような、大いなるどんでん返しでありました。私たちの思いをはるかに越えた「始まりの出来事」だったのです。すべてはこの主の復活の光のもとに置かれています。すべてはその光によって照らされているのです。

 

大阪教会宣教百年の歴史を振り返って〜『大阪教会七十周年記念誌』

 この世のすべては、このキリストの復活の光の中で輝いています。だから私たちは、どのような困難な状況の中におかれても絶望しません。パウロが2コリント4章で言う通りです(4:6-12)。「『闇から光が輝き出よと命じられた神はわたしたちの心のに輝いてイエスキリストの御に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいましたところでわたしたちはこのよな宝を土の器に納めていますこの並外れて偉大な力が神のものであってわたしたちから出たものでないことが明らかになるためにわたしたちは四方から苦しめられても行き詰まらず途方に暮れても失望せず虐げられても見捨てられず打ち倒されても滅ぼされないわたしたちはいつもイエスの死を体にまとっていますイエスの命がこの体に現れるためにわたしたちは生きている間えずイエスのために死にさらされています死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるためにしてわたしたちのには死が働きあなたがたのには命が働いていることになります。」そしてパウロは続けます。「だからわたしたちは落胆しませんたとえわたしたちの外なる人は衰えていくとしてもわたしたちのなる人は日々新たにされていきます」(2コリント4:16ルターは「キリストが『悔い改めよ』と命じるように、キリスト者の全生涯は日毎の悔い改めである」と言いましたが、私たちは日々新たにキリストと共に死んで、キリストと共に復活することを体験しているのです。私たちはこのような復活のキリストを信じる信仰によって生かされています。

 今日は大阪教会の宣教百年の誕生日です。私たちの大阪教会は、今から百年前、今年が「宗教改革500年」ですが、「宗教改革400年」運動のうねりの中で生み出されてゆきました。そのことは今からちょうど30年前の1987419日に発行されたこの『大阪教会七十周年記念誌』に明らかです。米国から派遣されたCWヘプナー宣教師によって大阪伝道は始められてゆきました(1917- 193518年間)。天王寺村脇ケ岡の地で持たれた最初の礼拝は191748日、復活祭の日のことでした。そのあたりの歴史を林鉄三郎兄はこの70周年記念誌の中に克明に記しています。「礼拝の席上、内海伝道師の転入式を執行、山内牧師は『基督の復活』と題して説教され、ヘプナー宣教師のもとに聖餐を守られた。陪餐者は10名であった」とあります(p15)。そして時代状況は急変し、不穏な社会情勢の中で戦争の時代へと突入してゆきます。

 私の手もとに、1999年頃までの大阪教会の年表があります。三浦知夫先生(1996-1999)の作によるでしょうか。それによると、小泉昂牧師(小泉潤牧師の御尊父、小泉基・嗣両牧師の御祖父様)が1931年から1945年まで大阪教会の牧師であったという記録があります。昨日私は193993日付けで木箱に入った聖書と讃美歌、礼拝式文を見つけました。そこには大阪教会の名前に加えて小泉昂牧師のお名前とその当時の七人の役員名が記されています。19391217日に真法院町に大阪教会の礼拝堂が献堂されますが、その際に礎石の中か棟上げの時に建物の中に収められたものでありましょう。今から78年と8ヶ月程前の記録です。このあと小泉昂牧師はしばらくして、「19429月に病状の悪化により休職して静養。代務者として神学校を卒業した吉崎三郎牧師着任。赴任後まもなく出征、フィリピンにて戦死」と記されています。そして「194553日に小泉牧師、41歳で召天」とあります。小泉昂牧師は足かけ14年間この大阪教会のために働かれましたが、志半ばで天へと駆け抜けてゆかれたのでした。その後、小泉牧師夫人とその5人のお子さん(小泉潤牧師がその長男)がどれほどご苦労されたかは想像に難くありません。10歳で父親を亡くされた潤先生は、葬儀途中に空襲警報が鳴って葬儀が中断されたことや、お母さまと一緒に父親を火葬するために棺桶に入れて自分たちでリヤカーに乗せて斎場まで運んだことなどをこの70年誌に記しています(p43)。代務者の吉崎三郎牧師もフィリピンで戦死。ヘプナー宣教師も1935年に東京・鷺ノ宮の神学校に移った後に戦争のため1942年帰国を余儀なくされています。戦後しばらくして稲富肇牧師が着任します(1947-1955)。この稲富牧師の1954125日に今の谷町三丁目の場所に鉄筋新会堂が完成。ここにはそれまでメソジスト教会と幼稚園がありました。稲富牧師の慧眼とその預言者的な決断力には優れたものがあったと思います。そして内海季秋牧師が1960年に着任し16年間牧会の任に当たります(-1976)。その後に石橋幸男牧師が着任(1976-1991)。1991年に松原清牧師が着任し9年間この教会の牧会(-2000)。大阪教会は3年任期でこれまで何人もの副牧師を取ってきましたが、松原先生は1970-1973とこの教会の副牧師でもありました。三浦知夫牧師も1996-1999と三年間副牧師でした。そして松原先生と三浦牧師の後には一年間石居正己牧師がピンチヒッターとしてこの教会をカバーし、20014月に滝田浩之牧師が着任(-2016)。内海季秋先生が総会議長であった1969年にはアスマラでJELCが自給をすることを宣言し、19751115日にホテル・ザ・ルーテルがオープンされました。当時は9階建ての建物の最上階に教会が位置していました。それから26年を経て200112月に現在の建物が完成。歴代の牧師とその家族、信徒の方々の厚い信仰がこの大阪教会の内外を貫いて継承されてきたのでした。

 百年の歴史を貫いて、私たちのただ中に生きて働いてこられたお方がいます。それは私たちのために十字架にかかり、甦ってくださった復活の主キリストです。44日に1955年に稲富先生からこの場所で受洗された藤田京子姉がるうてるホームで88歳のご生涯を終え帰天されました。本日は100人ほどの召天者のお写真がここに並べられています。私たちの生きているこの地上の歴史には確かに神の救いのドラマがあります。そのことを覚えながら、私たちもまた復活のキリストの証人として主に従ってまいりたいと思います。お一人おひとりに豊かな主の力と祝福がありますように。大阪教会の今後にも主の導きをお祈りいたします。アーメン。

2017年4月10日 (月)

2017年4月9日(日)枝の主日礼拝説教「主の弁明」

201749日(日)枝の主日礼拝説教「主の弁明」 大柴 譲治

ゼカリヤ書 9:9-10 / フィリピの信徒への手紙 2:6-11 / マタイによる福音書 21:1-11

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ書 2:6-8

 

「枝の主日」(英語ではPalm SundayPalmとは棕櫚のこと)におけるエルサレム入城

 今日は「枝の主日」。主イエスがロバの子に乗って神の都エルサレムに入城してゆくのを、人々が棕櫚の枝や葉を振って歓呼の声をあげて迎える場面が与えられています。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ』」(マタイ21:8-9)。これは本日の第一日課であるゼカリヤの預言が成就したとされている場面でもあります。ユダヤ人にとっては何百年も待ちに待った救い主である真の王が、ゼカリヤ9:9-10の預言通り、ロバの子に乗って即位のために神の都エルサレムに入ってゆかれるということで熱狂的に叫ぶ姿がとても印象に残ります。「軍馬」のような力の象徴である馬ではなく、柔和さと謙遜の象徴である「子ロバ」に乗って、「メシア(救世主)」が登場するのです。人々はこのメシアに、あのダビデのように力をもった王、イスラエルをローマ帝国の支配から解放してくれるはずのメシアとして、人々は圧倒的な統治力と権威とを期待していたのです。

 人々の歓声の中にイエスはエルサレムに入城してゆきます。ロバの子に乗って。イエスは笑顔で手を振りながら入城されたのでしょうか。いや、そうではないでしょう。私にはそのようには思えないのです。なぜならばイエスは知っていたからです。今は「ホサナ!」と大歓声を上げて熱狂的にイエスを迎えている群衆が、一週間も経たないうちに今度は「イエスを十字架に架けよ」と叫ぶようになるということを。イエスは既に三度、ご自分の受難を予告しておられました。

 マタイ福音書は既に16章の終わりで、17章の山上の変貌の出来事に先立ってこう記しています。「このときから、イエスは、ご自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。するとペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。『主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。』イエスは振り向いてペトロに言われた。『サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神の事を思わず、人間のことを思っている』」(16:21-23)。ペトロはその直前に「あなたこそ、生ける神の子です」という正しいキリスト告白をしたにもかかわらず、「サタンよ、退け!」と厳しくイエスにいさめられているのです。ペトロたち使徒たちもまた自分の求めるキリスト像を投影していただけだったということが分かります。イエスはこう続けて言われます。「それから弟子たちに言われた。『わたしについてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る』」(16:24-25)。

 イエスに対する人々の無理解は致し方ないものであったかも知れません。無力なメシア像など誰も想像だにできなかったのですから。見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない彼は蔑され人々に見捨てられ、多くの痛みを負い病を知っている彼はわたしたちにし、わたしたちは彼を蔑し無視していた彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり打たれたから、彼は苦しんでいるのだ彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ちかれたのは、わたしたちの咎のためであった彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ53:2b-5)。

 人々のイエスに対するメシアの期待が大きければ大きいほど、エルサレムで何もしようとしないイエスに対する失望は大きく、失望が怒りに変わるのに時間はそうかかりませんでした。イエスを恐れていたファリサイ派や律法学者、祭司長などのユダヤ教の指導者階級も、何とかしてイエスを失脚させて無き者にしようと考えていましたから、好機到来とばかりに、うまくその時を利用したのでありましょう。

 ルカ福音書の並行箇所では(19章)、イエスが神の都エルサレムのために涙されたと記されています。「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである』」(41-44節)。ロバの子に乗って神の都に入ってゆかれる時にも悲しい目をしておられたに違いないと私は思うのです。もしかしたらイエスは泣きながらエルサレムに入城されたのかも知れません。

 

イエスの弁明〜「聖なる神」の御名の署名

 イエスはこれからエルサレムで起こることをすべて予めご存知でした。自分が頭にかぶるのは黄金の冠ではなく茨の冠であり、自分がまとう衣は王の高価な紫布のマントではなくてローマ兵たちによって衣類をはぎ取られバカにされながら着せられた「赤い外套」であること。着座された王の即位の場所は、王のために用意された黄金の玉座ではなくて憐れな罪人のために用意されたゴルゴダの十字架という悲しみの玉座であったことを。十字架の苦しみと恥とを最後まで耐え忍び、およそ王らしいものはすべて、それどころか人間らしいものはすべて奪われるようなかたちでイエスは黙って十字架へと架けられ、殺されてゆくのです。イザヤ書53章が預言していたように、黙って屠り場に引かれてゆく小羊のように、です。

 イエスは沈黙を守ります。逮捕された時にもまったく弁明を行いませんでした。逃げることなく、ただ黙って、沈黙の中に十字架へと架かってゆかれたのです。ただ天の父の御心に従順に従っただけなのです。ゲッセマネの園での祈りのように、自分の人間的な思いではなく、父なる神の御心が成りますようにと祈り続けたのでした。沈黙の中で主は父の御心にひたすら従っていった。それはフィリピ書2:6-8に記されている通りの姿です。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」

 私はしばしばトマス・マートン(1915-1968)の言葉を想起します。彼はトラピスト会の修道士かつ作家で、日本の禅仏教学者の鈴木大拙などとも親交があったことで知られています。「私たちが自分がなんとダメな存在なのだろうかと思うその一点こそ、神がご自身の聖なる御名を署名してくださった点である。そこには私たちのために無となってくださったイエス・キリストという聖名が記されているのだから」。私たちの破れたところ、誰にも誇ることのできないところ、むしろ隠しておきたいような弱さと恥ずかしさのどまん中に神は御自身の聖なるお名前をサインしておられるのです。私は40歳の頃、米国フィラデルフィアで「恥Shameと罪Guilt」の研究をしていたのですが、この言葉に出会った時に、私は本当に救われた思いになり、涙を禁じ得ませんでした。

 イエスは弱さや肉体の棘に苦しむ私たちの祈りに応えてこう告げてくださいます。「わが恵み、汝に足れり。わが力、汝の弱きところに現わるればなり」と。だからこそ私たちはパウロと共に、また先週るうてるホームにおいて88年間のご生涯(信仰生活62年)を終えられた藤田京子姉と共に、こう告白することができるのです。「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(2コリント12:9-10)。

 ロバの子に乗ってエルサレムに入ってゆかれる私たちの救い主、王なるキリスト。神の救いの成就のために十字架へとまっすぐに歩んでゆかれます。声なき者、無力な者、悲しみ嘆く者、世から見捨てられている者、友なき者の友として、黙って十字架へと歩まれるのです。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ!」 主イエスの沈黙と群衆の讃美の歌声がクロスして響き渡ります。力と栄光を求める私たち人間に示された神の愛は、私たちの思いとは全く異なっており、その独り子を十字架の上に賜るほどの深い愛でした。そのことを覚えながら受難週を過ごしてまいりましょう。

2017年4月 9日 (日)

2017年4月2日(日)四旬節第五主日礼拝説教「わたしは復活であり、命である」

201742日(日)四旬節第五主日礼拝説教「わたしは復活であり、命である」 大柴譲治

ヨハネによる福音書11:1−45

 25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。 26 生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」 27 マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」(ヨハネ11:25-27

 

「わたしは復活であり、命である。」

 今はレント(四旬節)。次週49日(日)よりいよいよ受難週に入ります。主の十字架への歩みに思いを向けつつ、私たちは一日一日を大切に過ごしてゆきたいと思います。

 本日の福音書の日課にはイエスがマルタとマリアの兄弟ラザロを甦らせる場面が与えられています。「イエスは彼らを愛しておられた」と記されていますが、マルタとマリアが人を遣わしてイエスのところにラザロが病気であることを伝えても、不思議なことにイエスは全く動こうとされませんでした。その結果手遅れになってしまって結局ラザロは死んでしまいます。マルタもマリアもそれぞれイエスに「なぜすぐに来てくださらなかったのか」という恨み節を語っています。主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」(21節と32節)。

 イエスはラザロを甦らせるに先立って、愛する者を亡くして嘆き悲しむマルタにこう言うのです。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、けっして死ぬことはない。このことを信じるか」と。私はこのイエスの言葉を聞くたびにいつも思うのですが、これは私たち死すべき定めにある人間には決して語ることのできない言葉であり、やがて死者の中からよみがえられるイエスにしか語り得ない神の権威を持った言葉であると思います。「わたしは復活であり、命である。このことをあなたは信じるか」。そうイエスは私たち一人ひとりの目をまっすぐに見ながら語りかけておられるのです。

 昨夜もテレビでミュージカル映画『ウェストサイド物語』を放映していました。作曲家で指揮者であったレナード・バーンスタインが1957年にミュージカルとして作曲した現代版「ロミオとジュリエット」とも言うべき名作です(映画化は1961年)。人生においては愛する者との別離ほど悲しく苦しい体験はありません。生木を引き裂かれるような痛みを伴うものです。ウラジミール・ジャンケレビッチというフランス人の哲学者は、「死」というものには「三人称の死」「二人称の死」「一人称の死」の三つがあって、次第に私たちに近づいてくると語ります。「三人称の死」とは、単数形であるか複数形であるかは問わずに、「彼とか彼女の死」であり私たちからは遠いところにある「第三者の死」のことを意味します。それに対して「二人称の死」とは「私たちにとってごく身近な者の死」であり、「私の愛するあなた(たち)の死」なのです。そして最後の課題として「一人称の死」、すなわち「私(たち)自身の死」が迫ってきます。

 また、アール・グロルマンというユダヤ教のラビはこう言っています。「親を亡くすということは自分の過去を失うということであり、配偶者を亡くすということは自分の現在を失うということ、そして子供を亡くすということは自分の未来を失うということである」と。兄弟や友人を亡くすこともおそらく配偶者同様「現在」を亡くすということなのでしょう。私たちのアイデンティティーは他者との関わりの中で深く形成されてゆきます。その関わりが失われるということは、その人との関わりの中で与えられてきた私自身のアイデンティティーが失われるということで、そのことを通して私たちは自分の心の中にポッカリと穴が空いてしまったように感じられるのです。生きるということは何と辛く悲しいことでしょうか。どれほど大切に愛し必要とし合っていても、私たちは死ぬ時は一人、徹頭徹尾孤独な存在です。歌人は歌います、「咳をしても一人」(尾崎放哉)と。グリーフケアに関わらせていただいて次第に分かってきたことは、私たちは悲しい時や苦しい時には我慢せずに自然に悲しみや憤りの涙を流した方がよいということです。悲嘆を安全に表現することができるような空間と時間、そして友(関係)が必要となる。その時嘆きを黙って受け止めてくれる存在を持つ者は幸いです。

 イエスはラザロの死を知って繰り返し激しく憤りを覚え、涙を流されます(憤り:3338節、涙:35節)。イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。『どこに葬ったのか。』彼らは、『主よ、来て、御覧ください』と言った。イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは、『御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか』と言った。しかし、中には、『盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか』と言う者もいた。イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた」(33-38節)。イエスは何に対して強く憤られたのでしょうか。悲しみの中で人間を支配し、非人間化しようとする「死と墓の力」に対して憤られたのでしょうか。ここで「石でふさがれていた洞窟の墓」とは人の力ではどうすることもできないような「死すべき定め」であるとも言えましょう。しかし、ラザロやマルタやマリアを愛するが故にイエスは死の力にたいして闘いを布告しているのです。

 中世ヨーロッパにおいては「メメントモリ」(死を覚えよ)という言葉が合言葉のように語られていたようです。人間が持つ「死すべき定め」の中、互いに「メメントモリ」と告げ合うことを通して「カルペディエム」(今この瞬間を掴んで生きよ)ということの重要性を確認していたのです。

 

「復活」=「再起」

 「復活」(ギリシャ語で「アナスタシス」)とは「再び立つこと」、すなわち「再起」のことです。これは聖書をケセン語に訳したカトリック信徒の山浦玄嗣(はるつぐ)医師が強調していることでもあります。「七転び八起き」という言い方がありますが、「復活(再起)」とは転んでも転んでも起き上がり続けることです。キリストを信じる者は「たとえ死んでも生きる」のであり、生きていてキリストを信じ続ける者は「いつまでも死なない」とはそのような意味なのです。イエスを信じるということは苦しまなくなることでも悲しまなくなることでもありません。主が十字架を担われたように私たちは自分の十字架を担わなければならないのです。突然病いを患い、苦難を得て「神さま、なぜなのですか?」と問い続けている人もおられましょう。しかしそれでもなお、信仰を通して生死を超えたところから与えられる「七転び八起き」(アナスタシア)の生の次元が開かれてゆきます。

 主イエスは言われました。「わたしは復活(再起)であり、命である」と。そして続けられます。「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、けっして死ぬことはない。このことを信じるか」。病いによっても死によっても奪われることのない真の命がある。ラザロをよみがえらせたキリストもまたそのように生き、そのように死んでゆかれたのです。そして三日目に死人のうちから復活(再起)されました。私たちもまたキリストの死と復活のLifeにあやかって生きる者でありたいと思います。

 本日もまた私たちは聖餐式に与ります。この食卓は終わりの日の祝宴の先取りであり、前祝いでもあります。「これはあなたのために与えるわたしのからだ」「これは罪の赦しのためあなたと多くの人のために流すわたしの血における新しい契約」と言ってパンとブドウ酒を分かち合ってくださったイエス・キリスト。生者と死者の双方の救い主であるイエス・キリストの食卓にはすべての人が招かれています。

2017年3月31日 (金)

2017年3月26日(日)四旬節第四主日礼拝説教「因果応報の呪縛からの解放

2017326日(日)四旬節第四主日礼拝 説教「因果応報の呪縛からの解放」大柴 譲治

ヨハネによる福音書 9:1-12

「弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』」(2-3節)

 

原因結果の法則:「因果応報」

 私たちは普段は意識していませんが、無意識のうちに「因果応報」という考え方を自明の前提としています。「因果応報」という語は本来は仏教用語でしたが、仏教に限らず、また洋の東西を問わずにどの場所、どの時代、どの宗教においてもあまねく通用するような普遍的な考え方です。英語ではそれを「causality」と言いますが、causeとは「原因、要因」という意味で、通常「cause(要因) and effect(影響)」と表現します。「因果応報」とは「すべての出来事には原因があって、その結果こうなった」という「原因→結果」という考え方です。そしてこれは科学的で論理的、かつ実証主義的(evident-based)な方法論として私たちが学校や書物や体験を通して学習してきたことでもあります。例えば、病気になれば対処のためにその原因を探り出さなければなりません。多くの場合、原因が分かればその対処の方法が明確になるからです。事故や災害でも事柄は同じです。なぜ被害が出たのか、被害は最小限に食い止めることができたのか等々、私たちは常に原因を探ります。何か予期せぬ出来事が起こったときにはその原因を調べて、それが反復されることを回避しようとする。それは人間の叡知でもありましょう。

 しかし時にこの「因果応報の考え方」が私たちを不自由にすることがあります。私たちの現実には「必ず原因がある」という考え方が徹底していますから、そこから抜け出すことができず苦しみ続けるということが起こるのです。それは「因果応報の呪縛」とも言うべき状況です。特に自分に何か悪いことが起こった時に私たちは思わず「バチが当たった」と考えがちです。「何か自分が悪いことをしたので、その結果このようなことになってしまった」と自然に考えてしまう。阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、突然の不幸に襲われて愛する者を奪われてしまった人たちは、喪失という深い「悲しみ(グリーフ)」と共に、「Survivor’s Guilt」と言われる悲嘆を体験します。「生き残り罪悪感」とでも訳せるでしょうか。「あの時ああしておけばよかった。ああしなければよかった。そうすればあの人は助かったかもしれない」と深く苦しみ嘆くだけでない。心の深いところで、どうして自分だけが助かってしまったのか、言葉に出すことができない次元で慚愧の思いに深く苦しみ嘆く。これもまた原因があって結果があるという因果応報の呪縛とも申し上げることができましょう。もしかしたら私たち自身も、口には出さなくても心の深い次元で、そのような悔いや無念さを抱えているのかも知れません。「結果」から遡って「原因」を探ろうとするとどうしても私たちは後ろ向きになってしまうのです。そして出口のない暗闇の中に落ち込んで悶々としてしまいます。本日の福音書の日課であるヨハネ9章にはそのような因果応報の呪縛に苦しむ者への主の解放の福音が高らかに告げられています。

 

「ただ神の御業が彼の上に現れるために」(口語訳聖書)

 本日のヨハネ福音書9章には生まれた時から目の見えない一人の盲人を主イエスが癒すエピソードが記されています。この主の奇跡が安息日に行われたということで、この後は安息日論争になってゆくのですが、本日はそこには踏み込みません。その盲人について弟子たちはイエスに重要な問いかけをします。それは因果応報についての問いでした。「弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない神の業がこの人に現れるためである』」(9:2-3)。 

 当時のユダヤ教では不幸は罪の結果(=罰)であると考えられていました。目が見えずに生まれてきた彼は誰の罪を背負ったのかと弟子たちはイエスに問うたのです。これは深く神学的な問題を内包しています。聖書の中、特に旧約聖書の中には因果応報思想があちこちにちりばめられています。たとえば、『小教理問答』では十戒についての記述に次のようにあります。「神はこれらのすべてのいましめに対して、なんと言われますか。答 — 神は次のように言われます。『あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神(新共同訳では「熱情の神」であるから、わたしを憎むものに対しては、父の罪を子に報いて、三四代に及ぼし、わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう』」(出エジプト記20:5-6)。

 しかし同時に、旧約聖書には次のような言葉もあります。「それなのにお前たちは、『なぜ、子は父の罪を負わないのか』と言う。しかし、その子は正義と恵みの業を行い、わたしの掟をことごとく守り、行ったのだから、必ず生きる。罪を犯した本人が死ぬのであって、子は父の罪を負わず、父もまた子の罪を負うことはない。正しい人の正しさはその人だけのものであり、悪人の悪もその人だけのものである。」(エゼキエル18:19-20

 「先祖が酢いブドウを食べれば、子孫の歯が浮く」という因果応報の考え方は、実は旧約聖書でもはっきりと否定されていたのです。申命記24:16にも「父は子のゆえに死に定められず、子は父のゆえに死に定められない。人は、それぞれ自分の罪のゆえに死に定められる。」とありますし、エレミヤ31:29-30等でも明確に否定されています。しかしそれにもかかわらず、弟子たち(当時の人々)は因果応報の考え方に縛られていました。何かが起こると私たちは「何か悪いことをしたからだ」とか「バチが当たった」とか思わず思いがちなのです。

 しかし、弟子たちの問いに対する主イエスの答えは、そのような因果応報思想を明確に、そして完全に否定するものでした。「イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである』」。ある意味これは革命的な言葉です。口語訳聖書では「ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」となっていました。そうです、苦難を通して、ただ神のみわざが現れるためなのです。イエスは彼に「シロアムの池に行って目を洗いなさい」と命じました。彼がその言葉に従ってシロアムの池に行って目を洗ったところ、目は見えるようになりました。

 いずれにせよこの出来事は、苦しみの原因探しという「過去」に向いていた私たちの眼を、その苦難を通して神が何をなそうとされているかという神の御業、言うなれば「未来」へと180度向け直してくれるような画期的な出来事であり、主イエスの言葉であると思います。それは私たちを因果応報の呪縛から解放してくれるコペルニクス的な転換であり、パラダイムシフトであるのです。苦難を通して神は今ここでも働いておられる。私たちはその中に働く神の意図(意味)を意識するように促されています。

 

 「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」の再解釈

 そのことは私にもう一つの深い気づきを想起させてくれます。ウァルデマール・キッペス神父がある場所でこう発言されました。自分は「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」というイエスの十字架上の言葉を、「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか」というようにではなく、「わが神、わが神、なんのためにわたしをお見捨てになったのですか」と理解するべきではないかということを最近気づいたと言われたのです。これは私にとってはハッとさせられた天啓のような言葉でした。そこでは本日のヨハネ9章の「ただ神のみわざが彼の上に現れるために」との主イエスの言葉とつながったのです。過去の原因探しではなく、苦難を通してそこに働く神を認め、神が何をされようとしているのか未来に目を向けるよう私たちは促されているのです。私たちが信じる神は「インマヌエルの神」として、苦難の中にあっても常に苦しむ者と共にいてくださる神なのです。そのことを覚えながら、新しい四旬節の一週間を共に踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に主の守りと導きとがありますようお祈りいたします。 アーメン。

2017年3月17日 (金)

2017年3月12日(日)四旬節第二主日聖餐礼拝説教「風のそよぎを感じたか?」

2017312日 四旬節第二主日聖餐礼拝 説教「風のそよぎを感じたか?」 大柴 譲治

創世記 12:1-4a / ヨハネによる福音書 3:1-17

「『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」(3:7-8

 

「四旬節(レント)」

 本日は「四旬節(レント)第二主日」。「レント」とは「(日曜日を除く)40日間」の「紫」の期節で、主の十字架への歩みに焦点を当てながら、自らを吟味し祈るときでもあります。「紫」は王の色であると共に悲しみの色、罪の苦しみの色でもある。主イエス・キリストが私たちを救うために私たちの憂い哀しみをすべてその身に背負って十字架へと歩んでくださったことを覚えつつ、本日もみ言葉に耳を澄ませてまいりましょう。

 

アブラハムへの神の祝福の言葉

 本日は創世記12章からアブラハムに対する神の祝福の言葉が与えられています。ここで「アブラハム(諸国民の父)」は「アブラム(群衆の父)」という古い名前で呼ばれていますが、彼は神からの召し出しの声を聴くのです。気がつくといつも私たちの人生のドラマは神の声によって始まります。

 「主はアブラムに言われた。『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源(口語訳では「祝福の基」)となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。』アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った」(12:1-4a)。アブラハムは神の言葉を聴くとためらわずにすぐに従ってゆきます。「あなたの息子イサクを献げよ」という神の命にも彼がすぐさま沈黙の中で服従していったことを私たちは知っています(創世記22章)。

 実は本日の旧約の日課は4節の前半までなのですが、後半にはこのような言葉があります。「アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった」(12:4b)。75歳の旅立ち」です。これは私たちにいくつになっても人生での新しい旅を始めることができると教えている福音なのかもしれません。「生まれ故郷を離れる」ということは、家族と旅に携えてゆくことができる程度の身の回りのもの以外は、それまで自分たちが築き上げてきた大事なものを含めてほとんどすべてを後に残してゆくということです。言い換えればそれは「すべてを捨て、すべてを犠牲にしてゆく」ということでもあります。今はやりの言葉で言えば「断捨離」です。大きな犠牲を払ってアブラハムは神の命に従ってゆくのです。この「祝福の源・基」であるアブラハムの決断と犠牲と神を神とする信仰を通して、多くの人が神の祝福に与ることができるようになるのです。「信仰の父」と呼ばれるアブラハムの面目躍如の出来事であり、それは服従の第一歩でした。

 旅に出るとは先に何が起こるか分からない危険をも覚悟するということでありましょう。神の守りと導きに信頼して第一歩を踏み出してゆくのです。確かにアブラハムは「行き先を知らないで旅立った」のです。目的地もその旅程も何も知りませんでした。「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです」(ヘブライ11:8)。「信仰」とは「神が望んでいる事柄を確信し、神の見えない恵みの事実を確認すること」(同11:1だからです。私たちはアブラハムの信仰を知るときに大きな勇気を与えられます。彼は神の言葉に信頼してそこにすべてを賭けたのです。本日の第二日課でパウロが「アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた」と告げている通りです(ローマ4:3)。「信仰」というと「信じて(神を)仰ぐ」と書きますので何か人間の行為のように感じるかも知れませんが、そうではありません。「信仰」(ピスティス)とは私たちの中に働く神の「まこと(信実)」なのです。そしてそのことは、突然そのような生き方がアブラハムに可能となったということではなくて、それまでも同様に、彼が神を第一として生きてきたということなのでしょう。何歳になっても私たちの人生というドラマは、神のイニシアティブの中で始まり、神のイニシアティブによって導かれ、神のイニシアティブの中で終わります。ちょうど四旬節の歩みが、先週の日課(マタイ4:1-11)では神の「霊」によってイエスが荒野に導かれたところから始まったように、神の霊が私たちの信仰の人生を守り導いているのです。

 

「お前は風のそよぎを感じたか?」

 人生は山あり谷ありです。実際にアブラハムとその親族たちの人生は波瀾万丈に富むもの、試練の連続でした。飢饉のためエジプトに寄留したこともありましたし、ソドムに住んだ甥のロトはソドムの滅びまで体験しました(創世記19章)。その際にロトの妻は後ろを振り返ったために塩の柱になってしまったのです。聖書はどのような時にも私たちが神との生きた関係の中で生きてゆくように、「神からの聖霊の風」を感じながら、その導きに身を委ねて歩んでゆくように招いているのです。

 聖書で「霊」と「息」とも「風」とも訳されます。ヨハネ3章にも「風は思いのままに吹く」とありました。「風」と聞くと私は「剣聖」と呼ばれた剣豪・宮本武蔵を思い起こします。ムサシは若い頃には手が付けられないほどの暴れん坊で、武者修行のためと称して道場破りを繰り返したようです。ある時ムサシは柳生石舟斎という剣の達人に出会います。そこで彼はコテンパンに負けてしまうのです。破れて呆然とするムサシに石舟斎は問いかけます。「お前は風のそよぎを感じたか。鳥の声を聴いたか。小川のせせらぎが聞こえたか」。ムサシはこの言葉にハッとするのです。相手を負かしてやろうという思いだけで精一杯だったからです。石舟斎に言われて初めてムサシが周囲の世界を意識すると、そこには確かに風のそよぎや鳥の音、小川のせせらぎがありました。「自分が、自分が」という自分だけの世界に閉じこもっていた時には感じられなかった次元が突然見えてきたのです。ムサシの頑なな心が打ち砕かれて世界に向かって開かれた瞬間でした。人は自分の中の世界に生きるのではない。事実は逆なのです。世界の中に人は置かれているのであって、人はそこから様々な働きかけを受けており、豊かな繫がりの中に生かされているのです。主体のコペルニクス的転換であり、モノローグからダイアローグへの劇的な転換です。「風は思いのままに吹く」という主イエスの言葉は、そのような「風の中に風じて生きること」を意味します。自分が開かれるとき、柔らかい陽光の中で、私たちに向かって風がそよぎ、雲がたゆたい、小鳥がさえずり、野の花が咲き、木の香りがし、小川のせせらぎや雨の音が聞こえてきます。聖書で「罪」とは「神との関係の破れ」を意味しますが、キリストがもたらしてくださった神との和解は自己との和解と共に神が創造された被造世界との和解でもあるのです。もはや自己の固い殼の中に閉じこもって生きる必要はない。苦しみや悲しみはなくならないかもしれませんが、神が創造された世界とつながって明るい恵みの光の中で生かされていることに目が開かれてゆきます。これは揺るぐことのない神の恵みの事実です。あの3.11東日本大震災から昨日で6年が経ちました。生きることは何と悲しみや苦しみが多いことでしょう。しかし信仰の父アブラハムは私たちに、いつどこでも「神からの聖霊の風」が吹いていて、その「いのちの息吹」を感じて生きることを教えています。だからこそ彼は私たちにとっても「祝福の源」であり「祝福の基」なのです。その神からの風、「神のまこと/信実/ピスティス」はいついかなる時にも、どこにおいても共にあり、私たちを守り導いてゆきます。その風のそよぎを感じつつ新しい一週間を踏み出してまいりましょう。

2017年3月 7日 (火)

2017年3月5日(日)四旬節第一主日聖餐礼拝説教「悪魔の誘惑、神の試練」

2017年3月5日(日) 四旬節第一主日聖餐礼拝説教「悪魔の誘惑、神の試練」 大柴譲治

創世記2:15-17, 3:1-7/ローマの信徒への手紙5:12-19/マタイによる福音書4:1-11

イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」(マタイ4:4

 

「レント(四旬節)」

 教会で用いている「教会暦」によると本日から(より精確には先週の「灰の水曜日」から)「レント(四旬節。かつては「受難前節」とも呼ばれていたこともあります)」と呼ばれる「(日曜日を除く)40日間」の、「紫」の期節(主の十字架への受難の歩みに焦点を当てながら、自らの罪を吟味しつつ祈る期節)が始まります。典礼色は「紫」。それは王の色であり、悲しみの色であり、罪を担う苦しみの色でもあります。

 

コップ半分の水のたとえ〜”half empty””half full”

 コップに水が半分入っているのを「もう半分しかない」と見るか、「まだ半分も入っている」と見るか、二つの見方があります。その二つの立場は、「コップ半分の水」という一つの現実のどこを見ているかによって分けられるのです。「もう半分しかない」という見方は、実は100を基準にして50%しかないではないかと、上の「空っぽの部分」に注目しているのです。それに対して「まだ半分もある」という見方はゼロを基準にしていて、50%も入っているではないかと下の入っている部分を見ているのです。英語で言うとさらに明確になります。「half empty(半分空っぽ)」と「half full(半分満杯)」となる。どこを基準にして、どちらの部分を見て生きるかに私たち一人ひとりの生き方が表れています。ゼロを基準に取ることができれば、私たちはずいぶんと楽になれるのです。

 何か苦しい出来事が起こった時、苦しみの中で私たちは「なぜこのような苦難がわたしに起こるのか」とか「神さま、あなたはどうして沈黙しておられるのか」、「自分が生きることの意味はどこにあるのか」と問うて苦しみます。「全く意味はない」という絶望的な思いと、「いや、きっとそこには意味があるに違いない」という思いの間で、私たち人間は行きつ戻りつ揺れ動きながらも、最終的には二つの極に辿り着いてゆくのです。「苦しみの中で絶望する」か、「苦しみの中でも絶望せずに希望を見出し続ける」のか、その二極です。苦しみの中に意味を見出すとは、苦しみを通して新しいものがそこから生じてゆくはずだと考えることであり、苦しみを「産みの苦しみ」と受け止めてゆくということでもありましょう。苦難の意味を見出せない時に、私たちはさらに苦しみます。一体何が二つを分けるのでしょうか。

 本日与えられた聖書では、創世記からはアダムとイヴが神の命を忘れてヘビの誘惑に負ける場面と、マタイ福音書からは主イエスがサタンの誘惑を神のみ言葉(それもすべて申命記からのみ言葉です)をもって撃退する場面が日課として与えられています。アダムとキリストは悪の誘惑に対してのリアクションにおいて、全く異なる二つの極に別れているのです。ローマ書5章でパウロは、アダムによってもたらされた罪の現実がイエス・キリストの義によって既に打破されていることを高らかに宣言しています。

 

「誘惑」と「試練」からの逃れの道

 苦難を「滅びへのサタンの誘惑」と見るのか「霊的な成長への神の試練」と見るのか。この二つの見方は私たちの中に両方ともあって同居しているのです。コインに裏表があるように物事にも両面ある。私たちはある時には「水はもう半分しかない」と絶望的にしか考えられないことがあるし、ある時には逆に「まだ半分もある(残っている)」と楽天的に見てゆくこともある。

 確かに人生には私たちの楽観を許さないような厳しい出来事が時として起こります。この苦しみはサタンの誘惑にしか見えないという出来事が起こるのです。突然の事故や災害、病気や犯罪などによって私たちの幸せは打ち砕かれてゆくことが起こります。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか!)」と叫ぶ以外にないような現実が起こります。しかし神はこの苦しみの中で私の叫びに答えずに沈黙している。ヨブ記などはまさにそのような人間の現実を表しています。苦難は私たちに自分の無力さを教えてくれる。つまり自分は「ゼロ」であり、「無」でしかないことを教えてくれるのです。

 イエスは洗礼の後すぐに、「霊に導かれて」荒野に赴きます。それは「悪魔から誘惑を受けるため」であったと記されています。「誘惑者(=悪魔=サタン=ヘビ)」の誘惑を受けました。主はこれに対して3回とも申命記の言葉を持って退けています。断食後の空腹を狙った「石をパンに変えてみよ」という誘惑に対しては、「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある」(マタイ4:4、申命記8:3)。「高い所から飛び降りてみよ。神が天使たちを送って助けると聖書に書いてあるではないか」という神の言葉を持ち出しての巧妙な誘惑に対しては、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」(マタイ4:7、申命記6:16)。高い山の上での「わたしを拝めばすべてを与えよう」という誘惑に対しては、「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある」(マタイ4:10、申命記6:13)。

 悪の誘惑に勝利するには神のみ言葉に拠り頼む以外にはない。私たちはこのことを心に刻みつけねばなりません。み言葉を離れては死と滅びしかない。もしかしたら、神のみ言葉を離れる時、キリストのことを忘れるとき、既に私たちはもうサタンの術中にあるのかもしれません。神は試練に耐える力を神のみ言葉を通して、キリストを見上げることを通して与えてくださるのです。主は苦難の生涯を貫いて天の父なる神をまことの神とし続けたお方でした。この「生ける神のみ言葉」に聴き従う時、「サタンの滅びへの誘惑」がそのままで「永遠のいのちを得るための神の試練」である事に私たちは気づかされてゆきます。本日の福音書は、主ご自身が私たちのために、私たちに代わって悪魔の誘惑を受けてくださったと本日の福音書は告げています。ご自身を「無」とされ「ゼロ」とされて、すべてを天の父の御心に委ね切られた主イエス・キリスト。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ!」と十字架の上で叫ばれた時にも、天の父との関係はビクともしない揺るがぬものでした。人生の試練の中にあってもこのお方が私たちと共にいてくださいます。

 パウロの言葉を思い起こします。「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(1コリント10:13)。この「試練からの逃れの道」こそ、私たちに与えられた主イエス・キリストの道です。そのことを覚えながら、この新しい一週間をもご一緒に歩んでまいりたいと思います。主がお一人おひとりと共に歩んでくださいますように。アーメン。

2017年3月 1日 (水)

2017年2月26日(日) 主の変容主日聖餐礼拝説教「光輝く主の姿」

2017226日(日) 主の変容主日聖餐礼拝 説教「光輝く主の姿」      大柴 譲治

出エジプト24:12−18 / 2ペトロ1:16−21 / マタイ福音書17:1−9

「ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け』という声が雲の中から聞こえた。」(マタイ17:5

 

「節目」の出来事〜主の山上の変容(変貌=Transfiguration

 人生には「節目」というものがあります。「節目」とは、「それ以前」と「それ以降」とを明確に区切る「分水嶺」のような「時」のことです。本日私たちに与えられているのは「教会暦」において一つの大切な「節目」の出来事です。これまでのおよそ二ヶ月は、16日(金)の「顕現日」(東方からの学者たちが幼子イエスのもとを訪れた日)から始まった「顕現節」(神の栄光が異邦人にも顕現したことを覚える「白」の期節)でしたが、本日の「山上の変貌」の出来事で一つの区切りを迎え、次週からはいよいよ「レント(四旬節、かつては「受難前節」とも呼ばれました)」と呼ばれる「(日曜日を除く)40日間」の、「紫」の期節(主の十字架への歩みに焦点を当てて自らを吟味しつつ祈る期節)が始まります。本日がそれを分ける「節目」の主日となります。

 本日の「山上の変貌」の出来事では、十字架へと踏み出して行くイエスが、旧約聖書の「律法」を代表するモーセと「預言者」を代表するエリヤと「高い山」の上で親しく語り合ったことが記されています。「イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた」2-3節)。この出来事はイエスの生前において唯一回、神の独り子としての栄光の姿、それは復活の勝利の姿ですが、その白く輝く栄光の姿が三人の弟子たちの前に、彼らに見えるかたちで顕されたという大切な出来事でもあります。「光輝く雲が彼らを覆った」とありますが、聖書で「山」は神顕現の場であり「雲」とは神の臨在を意味しますから、神がそこで彼らと共におられたことを意味しています。そして天からの声が雲の中から力強く響き渡るのです。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」(5節)。これは決定的な出来事でした。これからまさに十字架への具体的な歩みを始めようとするイエスに対して、神が「よし、行け!」と後ろから背中を押したようなものです。ヨルダン川でイエスがヨハネから洗礼を受けた時にも天からの声が響きました(マタイ3:17)。マタイ福音書によればそれは「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声であり、本日の声とほとんど同じです。ただ違うのは本日は最後に「これに聞け」という一語が追加されているということです。この言葉に明らかなように、私たちはどのような中にあっても「ただイエスに聴く」ことが天から求められているのです。私たちの人生にもそれぞれ「節目」と呼ぶべき出来事がありますが、その節目節目で、要所要所で私たちは、ただイエスに思いを向け、耳を澄ませて、イエスの言葉に耳を傾けてゆくのです。私たちが毎週日曜日、週の初めの日にこのように主日礼拝に集ってイエスの言葉に耳を傾けてゆくのも、また、本日も礼拝後に婚約式が行われますが、人生の冠婚葬祭という節目節目、要所要所で主のみ言葉に耳を傾けてゆくのも「これ(イエス)に聴け」と神が呼びかけてくださっているからです。私たちは今年、大阪教会の宣教百年と宗教改革500年の節目の年を迎えていますが、宗教改革500年のバナーに「初めに言葉があった」と記されているのも、ルターが「聖書のみ」と言ってただ神のみ言に聴くことを強調したように、イエス・キリストという「神の生けるみ言」に耳を傾けてゆきたいと思います。

「新しいエクソドス(出エジプト)」

 本日の旧約聖書の日課(出エジプト24章)には、モーセがシナイ山に登ってゆく場面が記されています。シナイ山においてモーセは神から神とイスラエルの民の間の「契約」として「十戒」を与えられてゆくのです。「モーセが山に登って行くと、雲は山を覆った。主の栄光がシナイ山の上にとどまり、雲は六日の間、山を覆っていた。七日目に、主は雲の中からモーセに呼びかけられた。主の栄光はイスラエルの人々の目には、山の頂で燃える火のように見えた。モーセは雲の中に入って行き、山に登った。モーセは四十日四十夜山にいた」24:15-18)。

 福音書の日課の「山上の変貌の出来事」では、「新しいモーセ」としてのキリスト・イエスの姿が示されています。「イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」2節)。ここではイエスが神の栄光を宿すような、まばゆく白く輝く姿で示されています。しかし私たちは知っています。主イエスの栄光の姿が地上において示されたのは十字架に至るまででは後にも先にもこの場面唯一度きりであったということを。ベツレヘムのまぶねの中に始まってゴルゴダの十字架の上に至るまでイエスはその光り輝く栄光の姿を隠した姿でこの地上の最も低いところを歩まれたのです。フィリピ書2章のキリスト讃歌が告げる通りです。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順」(フィリピ2:6-8)でありました。それは何のためか。それは私たちを罪と恥と死の暗い深淵から救い出すためだったと聖書は語ります。

 キリストは自分を無にすること、捨てることによって、私たちにすべてを与えて下さったのです。ご自身の義を私たちの罪と、ご自身の栄光を私たちの恥と、ご自身の喜びを私たちの悲しみと、ご自身の救いを私たちの滅びと、ご自身のいのちを私たちの死と、交換して下さったのです。それをルターは「喜ばしき交換」と呼びました。私たちの誰も、その出来事の中に私たちのための「救い」が備えられているということに気づかなかったのです。

 ルカ福音書の並行箇所を読むと、そこにはイエスがモーセとエリヤと何を話していたかに言及されています。「この話をしてから八日ほどたったとき、イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた」(ルカ9:28-31)。「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期」とは「十字架の出来事」です。「最期のこと」と訳されているギリシャ語は「エクソドス」という語です。「エクソドス」と聞いてピンと来る方もおられましょう。それは「エクス・ホドス」即ち「出て行く道」(「脱出路」とか「突破口」とも訳されます)で、『出エジプト記』のことを英語では「エクソドス」と呼びます。十字架の出来事は私たちを罪と死と滅びから解放するための「新しいエクソドス(出エジプト)」だったということがルカ福音書でははっきりと告げられています。

 「最も小さな者の一人」になられた「み子なる神」

 天においては神と等しかったお方がこの地上に降り立ち、最も小さき者の一人として歩まれました。マタイ25章で主は、「あなたがたは飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」と告げられます。私たちが主ご自身のご生涯を思い起こすとき、主はしばしば飢え渇き、枕するところのない旅人であり、人々の病いを背負い、牢獄のような過酷な現実の直中で裁きを受け、裸にされて十字架に架けられたお方であることを私たちは知っています。この世に生きることの苦しみを主はトコトンなめ尽くされたのです。この地上の最底辺、どん底を歩まれました。何のために? それは私たちをそのようなどん底からすくい上げるためでした。英語で「理解する」という意味でunderstandという語を使いますが、これは「under下に」「stand立つ」ということです。最も小さき者の一人として主はすべての者の下に立つことによって人間の窮境を知り、苦しみを理解し、そこからの突破口、脱出路を十字架に開いてくださったのです。そのことを覚えつつ、主イエスを仰ぎながら共に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。

2017年2月23日 (木)

2017年2月19日(日)顕現節第七主日礼拝説教「汝の敵を愛せよ」

2017219日 顕現節第七主日礼拝 説教「汝の敵を愛せよ」    大柴 譲治

マタイによる福音書 5:38-48

「しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」44-45節)

 

「敵」とは誰か

 本日もまた山上の説教の中からイエスの厳しい言葉が与えられています。先週は「怒るな」という戒めでしたが、本日は「汝の敵を愛せよ」というより厳しい戒めです。しかしここで言われている「敵」とは一体誰のことを指しているのでしょうか。それは「自分に対し悪意を持って敵対し、危害を加えようとしている人間」として理解されることが多いと思われます。「右の頬を打たれたら左の頬をも向けよ」というのはそのようにしか受け止めることができない言葉でもあります。確かにそれも大切な視点ですが、本日は少し違う視点からこのみ言葉に聴いてゆきたいのです。「汝の敵を愛せよ」と言われている「敵」を、「私たちから私たちの人間性や人間の尊厳を奪おうとする何ものか」として、すなわち「突然の病気や事故、災害、解雇など、私たちにはどうすることもできないような、私たち自身の力を超えた突然の不幸な出来事」として位置づけてみ言葉に思い巡らせてゆきたいのです。

 

「汝の敵を愛せよ」〜無条件の愛をもってガンを生きる

 ケリー・ターナーという人の『がんが自然に治る生き方』という本があります(201411月出版。プレジデント社。原著は同年4月出版)。著者は千例に渡る進行性ガンからの生還者についての症例を研究し、一年をかけて十ヶ国を訪問。百人以上にインタビューを重ねて、治療のプロセスと結果を質的な研究として博士論文にし、それが本になったものです。原題”Radical remission(劇的な寛解)の通り、この本には「劇的に寛解」した人たちに見出された共通した実践項目が9つにまとめられています。それは、①抜本的に食事を変える、②治療法は自分で決める、③直感に従う、④ハーブとサプリメントの力を借りる、⑤抑圧された感情を解き放つ、⑥より前向きに生きる、⑦周囲の人の支えを受け入れる、⑧自分の魂と深くつながる、⑨「どうしても生きたい理由」を持つ、という九つです。九つのうち二つは食事療法やサプリメントに関することですが、後の七つはすべて自分がどう生きるかという生きる姿勢に関するものです。

 それぞれ説得力に富む論旨が展開されていますが、その中にシンという名前の日本人患者が登場します(寺山心一翁 てらやま しんいちろう 氏)。バリバリのコンサルタントとして仕事に没頭する中、1984年、48歳の時に腎臓ガンと診断。手術で右腎臓を摘出、抗がん剤治療と放射線治療を受けたにもかかわらず肺と直腸への転移が見つかります。「余命13ヶ月」と家族は医師に宣告を受けました。すべての治療を止めた後、シンは「自分で自分の治療法を決めてゆく」という自分の直感に従う生き方を開始したのです。もう彼にはそれしかなかったからです。まずミネラルウォーターを飲むところから始めました。朝目が覚めたら生きていることに感謝をし、深呼吸して、日の出まで小鳥たちと一緒に歌います。そして自分の生命を脅かしているガンをも自分の子供のように愛情をもって接し、限りないやさしさをもって「愛しているよ。そこにいてくれてありがとう」と毎日声かけをしたのです。「敵を愛せよ」ですね。また10代から始めていたチェロを弾くことも再開し、身体全体に心地よい振動を与えてくれる音楽を大切にしています。

 

「日の出42分前」の鳥のさえずり

 彼はある時にいつものように日の出前に目覚めた時、小鳥たちの鳴き声に気づきます。普通の日常風景ですが好奇心を誘われたのです。どうして朝に鳥は鳴いているのか。鳥はいったい何時から鳴き始めるのか。不思議に思った彼は10分、20分と日の出より早く起きてみましたが、鳥は既に鳴き始めていました。30分前でも鳴いていた。しかし一時間前に起きてみると外は完全な静寂。結局、日の出の瞬間は毎日少しずつずれてゆくにも関わらず、鳥たちは日の出のぴったり42分前に鳴き始めていたことを彼は突き止めたのです。鳥の鳴き出す時間が分かったら日の出までは手持ちぶさたなので彼は、今度は毎日鳥と一緒に40分間息を吸ったり吐いたりしながら歌を歌い始めました。科学への造詣が深いシン(早稲田大学電気科出身)は、なぜ42分前なのかその理由を突き止めようとしました。息子に薬局で酸素ボンベを買ってきてもらって家にいた三羽のインコで実験を開始したのです。インコたちを寝かせるために夜は鳥かごにはカバーが掛かっていたのですが、深夜0時頃に鳥かごに酸素を流し入れてみました。すると数分後にインコは鳴き始めたのです。何分かして酸素が消散した頃インコは鳴き止みました。これは面白いと興奮した彼は午前二時半まで待ってもう一度鳥かごに酸素を流す。案の定インコたちは鳴き始めて数分後に鳴き止んだのです。そして日の出のきっかり42分前にインコは再び鳴き始め、日の出まで鳴き続けました。彼はそこで一つの仮説を立てました。日の出42分前に鳥が鳴き始めるのは、木々が光合成を始めててそこから放出される酸素に反応しているのではないかと。植物は夜の間は光合成ができませんが朝に太陽光を受けるとすぐに光合成を始めるのです。葉緑素があるため二酸化炭素を吸って酸素を放出します。それが日の出の42分前なのではないか。鳥が一番よく鳴くのが朝である理由は科学的にはまだ解明されていません。シンは鳥が鳴くにはたくさんの酸素が必要なので、朝、植物が光合成を開始し始めた頃に鳴くのだろうと推測しました。この小さな実験で彼は確信します。鳥が鳴き始める日が昇るまでの42分間の空気は特別に新鮮なものであり、ガンが転移した自分の右肺にとっても良いものであろう、と。そしてこのときもう一つ、彼はある大切なことに気づかされるのです。自分という存在は大きないのちの中で無条件に愛されていること、そしてガンを含めて自分の身体全体を無条件にホリスティック(全体的)に愛してゆくことが求められていることを。

 不思議なことに彼は劇的に寛解し、身体の中からガンは消えてゆきます。1988年から25年以上が経ちますが彼はガンの再発もなしに元気に暮らしています。今はガンで苦しむ人々のためにチェロを弾きながら身体と心・魂といかに向き合うかを伝える活動に力を注いでいるということでした。「結局あなたのガンを消したのは何だったと思いますか」と問うケリー・ターナーに即座に彼はこう答えます。「無条件の愛です」と。

 このエピソードを読んだ時、私は深く心動かされました。悲しみや苦しみに出会う時に私たちは通常、自分自身の殼に閉じこもって自分を守ろうとします。それは当然であり自然なことです。しかしそのような中で、自分の小ささや無力さに打ち砕かれる時がある。それは絶望の時でもありましょう。しかしその時、不思議なことに、私たちの心の目が外に向かって開く瞬間がある。向こう側から呼びかけられているように感じて、自分のいのちが大きなものにつながっているということにハッと気づかされる時があるのです。鶏の声にハッと気づかされたペトロ同様、寺山さんにとってそれは日の出42分前から始まる小鳥の鳴き声でした。

 イエスは本日の日課で父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださると言われています(マタイ5:45)。神はその恵みをすべての人に等しく注いでいてくださるのです。自分の直感(直観)を信じ、自分の魂に深く裏打ちされたような生き方をする時、私たちには不思議なことが起こるのかもしれません。いや、既に起こっていることに気づくのでありましょう。一番不思議なことは「ガンの劇的な寛解」ではありません。もちろんそれも十分不思議なことですが、ガンという病を通して寺山さんの目が大きな愛に満ちた世界に向かって開かれ、そのつながりに気づき、その生き方が根源的に変えられていったことです。私たちが神の大きな無条件の愛の世界に生かされていることに気づくこと。それが最も重要です。私たちが死すべき有限な存在であること自体は変わりませんが、そこではQOLQuality of Life)が劇的にグッと高められてゆくのです。

 「汝の敵を愛せよ」とは、実はそのような私たちを非人間化しようとするあらゆる「敵」を含め、すべてを大いなる存在(神)の愛の中に見てゆく、そのような生き方が私たちに可能なのだということをイエスは宣言しておられると受け止めたいのです。私にはそう思えてなりません。「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るため」だからです(ヨハネ3:16)。

 本日も私たちは聖餐式に招かれています。この聖餐を通して、私たちがイエスに「今ここで」つながっていることをご一緒に味わいたいと思います。主は日毎に私たちに、日の出42分前のように酸素濃度の濃い新鮮な空気を送り与えてくれます。敵を愛し、私たちにすべてを与えてくださったキリストの無条件の愛が私たちに注がれているからです。そのことをかみしめながらご一緒に、新しい朝の光の中、新鮮な空気を呼吸し、讃美と感謝の歌声をあげながら、主に向かって新しい一週間を踏み出してまいりましょう。祝福をお祈りいたします。アーメン。

2017年2月16日 (木)

2017年2月12日(日)顕現節第六主日礼拝説教「怒りの処方箋」

2017212日(日)顕現節第六主日礼拝説教「怒りの処方箋」   大柴譲治

マタイによる福音書5:21-37

「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。」(21-22節)

 

「怒り」のエネルギーをどう統べるか:五つの感情

 本日は山上の説教からイエスの厳しい言葉が与えられています。前半は「怒るな」という戒めが、後半は「姦淫するな(神の定めた結婚を大切にせよ)」という戒めが与えられていますが、今回は特に前半部分に焦点を当ててみ言葉に聴いてまいります。説教題は「怒りの処方箋」。私たちが自分の中に湧き起こる怒りの感情をどのようにコントロールしてゆけばよいのかということについて学びたいと思います。

 私たちは「怒り」という感情を心に秘めています。感情には様々な種類がありますが、「怒り」という感情は特にそこに大きな爆発的なエネルギーを秘めています。私が1996年の夏に米国フィラデルフィアのJeanes Hospitalという病院で三ヶ月チャプレンとして訓練を受けた際、スーパーヴァイザーのDann Ward牧師は「私たち人間の感情には五つある」と言いました。即ち「Mad(怒り)、②Sad(悲しみ)、③Glad(喜び)、④Afraid(恐れ)、そして、⑤Confused/Hurt(混乱/傷つき」の五つです。最初私は「五つ?それほど人間の感情は単純ではないのでは」と思いましたが、考えてみると日本語でも「喜怒哀楽」と言います。なるほど現実の生活の中で人と向かい合う時にこの五区分は実際的に役に立つし、現実的にも賢い捉え方と次第に思うようになりました。これを知っていると、他人のみならず、自分の気持ちが今どのような状態にあるかも把握しやすくなります。私はこれまでの経験や訓練を通し、家族や職場の人間関係でもそうですが特に教育や医療、福祉という対人援助職にある人にはこの五区分はとても役立つと考えています(漢字にすれば「怒悲喜恐惑」となりましょうか)。五番目のものは最初の四つに分類できないものをすべてそこに入れて数えているような気がしますが、恐らくそのような受け止め方でよいのだろうと思います。

 

感情の役割:感情のエコロジー論(茂木健一郎)

 茂木健一郎という脳科学者が「感情のエコロジー(生態学)」という考え方を提示しています(『「脳」整理法』)。それは簡単に言えば、「私たちが持っている感情には厳しい弱肉強食の世界の中で生存してゆくために何らかの重要な意味があったはず。無駄なものだったとしたらそれらは残らなかったであろう。生き残るために重要な役割があればこそ、それらは長い人類の進化の中で生き残ってきた」という考え方です。これは私にとっては説得力のある、目からウロコのような説明でした。例えば「恐れ」と「怒り」。「敵」と出会った場合に私たちは瞬間的に「恐れ」のために凍りつきます(フリーズします)。その時私たちは敵から逃げるべきか(逃げられるか)踏み留まって闘うべきかを瞬時に判断しているのでしょう。「恐れ」という感情は私たちに、可能な限り「敵」との遭遇を避けて生き残るよう慎重さや賢明さを与えてくれているのです。しかし一旦それと戦おうと決断した時に私たちは自分の持てる力を最大限に発揮する必要がある。そのために「怒り」を燃え上がらせる必要が出てくる。「怒り」は「火事場のバカ力」とも言われるように私たちの潜在力を顕在化し、集中させ爆発させてくれる。そのようにして私たちは敵に対して全力で立ち向かってゆくことができるのです。相撲でもボクシングでも試合前の力士やボクサーたちの姿を見ると、あれは完全に怒っている表情であり姿ですね。他方「喜び」の感情は水源や食料を見出したときの雄叫びの感情です。また「悲しみ」は私たちが大切なものを喪失した時に深く味わう感情で、家族や親族等の「親密な共同体」を形成するために役立ちます。ノーベル賞作家の大江健三郎は南米のアンデスの民が「悲しみ」を「人生の親戚」と呼んでいることを作品のタイトルにしています。それは私たちが人生では「悲哀」と親戚付き合いをしなければならないことを示すと共に、「悲哀」を通して私たちが互いに「親戚」のように結びあわされてゆくという現実をよく言い表しています。

 

怒りの処方箋:キリストと共に十字架の「赦しと和解」の道を歩む

 私はこの「感情のエコロジー」という考え方を知るまでは、頭では「感情には良し悪しはない」と思っていても、それがなかなかストンと腑に落ちていませんでした。特に新約聖書は「怒り」や「恐れ」などの「否定的な感情」に関しては否定的に書いてあるように読めるからです。本日の「怒るな」というイエスの言葉もそうですし、「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります」というパウロの言葉もそうです(ローマ12:19)。「いつも喜んでいなさい。たえず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」(1テサロニケ5:16)という言葉もよく知られています。それらは否定的な感情、特に「怒り」や「どうしても赦せない」という感情をうまくコントロールすることができないでいる私たちにはまぶしすぎるほどの言葉でもあります。

 しかし前述のように「怒り」には確かに意味があり役割がある。自分が攻撃されたと感じる時の自己防衛本能は自然なことであり当然のことでもありましょう。それは私たちに与えられた大きな生存のエネルギーを秘めています。「怒り」とは自らの弱さをかばうものなのでしょう。しかし問題は、私たちが「怒り」に容易に支配されてしまうことです。それほど「怒り」は大きなエネルギーを内に秘めていて、私たちを狂わせ、自身を見失わせてしまうということがしばしば起こります。私たちには「怒り」のゆえに気づいたら相手を傷つけてしまっていたことに後からハッとすることもあるのです。本日は「怒りの処方箋」という説教題を立てましたが、実は「怒り」と同じ一線上にはそれを乗り越えてゆく処方箋はありません。人間の力には限界がある。私たちが怒りの力を統べるためにはどうしても神の力が必要なのです。主の十字架を見上げる必要がある。

 私たちのためにこの地上に来てくださった救い主、み子イエスはご自身の生と死を通して私たちに全く異なる道を示してくださいました。それはこの世を生き残るために「闘う力を求める道」ではなく、「怒りと敵対の道」でもなく、十字架の恥と死を担うことで示された「赦しと和解の道」であり、力に頼らない「愛の道」です。殺されてしまえばそこでおしまいではないかとこの世は考えますが、イエスの復活はそれを信じる者にとっては「死は終わりではなく、墓は終着駅ではない」こと、「そこから始まる生命の道があること」を告げています。それは十字架に死んでこそよみがえって生きる道、死によっても終わることのない逆説的な愛の道です。

 主は言われます。「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる(マタイ5:21-22)。「殺すな」というモーセの第五戒に対し、ここでイエスは神の権威をもった「新しいモーセ」として「怒ること」は「殺すな」という第五戒に反することと告げているのです。否、それよりもさらに罪深い、救いようもない罪です。「怒り」とは「心の中で相手を殺すこと」だからです。これは厳しい言葉で、私たちの中には「怒ることに遅い人」はいるかもしれませんが「怒ったことのない人」はいないでしょう。これを聞くと私たちは「イエスは無茶なことを言っている。『怒るな』なんて到底無理なことだ」と反発を感じるかもしれません。逆に、自分の心の中で人を赦すことができず、自らの怒りをどうすればよいのか分からずに苦しんでいる人もいるかもしれません。主の祈りの中の「我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく、われらの罪をも赦したまえ」という祈りがどうしても祈れないという方もおられました。それくらい「赦すこと」、「和解すること」は簡単ではないのです。私たちは感情的になってついつい兄弟に対して腹を立てて「ばか者」とか「愚か者」とか言ってしまうからです。「火の地獄に投げ込まれる」以外にありません。主もそのことは十分にご存知のはずです。

 私たちは実は、そう語られた主ご自身が人々の怒りや憎悪を買って十字架で殺されてゆかれたことを知っています。人々はイエスを危険な存在として恐れてイエスを抹殺しようとしたのです。「イエスを十字架に架けよ!」そのような彼らのために十字架上でイエスは祈られました。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているか分からずにいるのです」(ルカ23:34)。このイエスの執り成しの祈りは私たちの頑なな心を打ち砕き、上から熱いものを注いでくださいます。罪人の罪を赦す神の愛は怒りや憎悪の炎よりも死よりも、何よりも強い。主の十字架は私たちを終わりのない怒りの連鎖から救い出してくれる突破口です。そこにこそ真の意味で私たちが生命を得る道、自分らしく生きる道、神の前にサバイバルする喜びと祝福の道が備えられています。

2017年2月10日 (金)

2017年2月5日(日)顕現節第五主日(総会)礼拝説教「あなたがたは地の塩、世の光」

201725日(日)顕現節第五主日(総会)礼拝説教「あなたがたは地の塩、世の光」大柴譲治

マタイによる福音書 5:13~20

 

「あなたがたは地の塩、世の光」

あなたがたは地の塩、世の光である(マタイ5:13a14a。この主イエスの言葉を聞くと、正直言って私たちの心の中には複雑な思いが生じるのではないかと思います。「私が地の塩、世の光? それはない、全くない。何かの間違いではないか。イエスさまは買いかぶりも甚だしい」と。このような主の言葉を聞くと、私たちが普段は意識していないような影の部分が意識の表面に浮かび上がってくるのです。しかし主はそのような私たちの思いを十分に承知した上でこの言葉を語っているに違いありません。本日は福音書日課の前半部分(13-16節)に焦点を当て、この「あなたがたは地の塩、世の光である」という言葉についてみ言葉に聴いてまいりましょう。

 

コヘレトの智恵から学ぶ

 『聖書』は「永遠のベストセラー」です。「無人島に一冊だけ本を持ってゆくとすれば、何を持参するか」と問われれば『聖書』と答える人が一番多いのです。『聖書』はまた、旅客航空法で、陸地から720キロ以上離れて飛ぶ国際線の飛行機には必ず、不時着した際の非常用サバイバルセットにも、水や食料、救命胴衣や毛布や照明弾などと共に必ず積み込まれているよう定められています。ジャンボジェットにはそれが15セット搭載されているとのことです(賀来周一)。そのように『聖書』とは有限な存在である私たち人間を超えた何かを、「サムシンググレイトな存在(絶対者、神)」を表すシンボルなのでしょう。信仰の有無や立場の違いを問わずに、聖書には私たちが人として生きてゆくために大切なことが記されているのです。

 木曜日の夕聖研では現在、旧約聖書から「智恵文学」の一つである「コヘレトの言葉」を読んでいます。その7章にはこうあります。順境には楽しめ、逆境にはこう考えよ、人が未来について無知であるようにと神はこの両者を併せ造られた、と。この空しい人生の日々に、わたしはすべてを見極めた。善人がその善のゆえに滅びることもあり、悪人がその悪のゆえに長らえることもある。善人すぎるな、賢すぎるな、どうして滅びてよかろう。悪事をすごすな、愚かすぎるな、どうして時も来ないのに死んでよかろう。一つのことをつかむのはよいが、ほかのことからも手を放してはいけない。神を畏れ敬えばどちらをも成し遂げることができる14-18節。下線は大柴記)なかなか味わい深いユダヤ人の智恵であると思われます。「あれかこれか」ではない。「あれもこれも」なのです。状況に応じて、臨機応変に、バランス良く、きちんと、しかしフレクシブルに対処すべきことが語られています。そこにはどこか「清濁併せ呑む」ところがあって、実によい勉強になります。ともすれば「真理は一つだけしかない」と考えがちな私たちにとって、聖書に記された智恵は多面的かつ立体的で、多様で貴重な学びの宝庫です。私たち人間の現実において、大切なことはバランス感覚なのでしょう。キチンと冷静に現実を見きわめながら、バランスを崩さず、賢く、しなやかに、しぶとく生き抜いてゆくこと、これこそ神が私たちに求めておられる生き方なのだとコヘレトは告げているように思われます。

 では、そのような賢者コヘレトの立場から主イエスの語られた「あなたがたは地の塩、世の光である」という言葉を見てゆくとどのようになるでしょうか。イエスは言われます。「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである」(5:14-15)。光によって照らされると、その反対側には必ず影ができます。光と影は常に表裏一体であり、ワンセットなのです。私たちもまたキリストの光によって照らされるときに、その反対側にはくっきりと自分の影(『スターウォーズ』的に言えば「ダークサイド」でしょうか)ができていることを知るのです。

 私たちは「あなたがたは地の塩、世の光である」という主の言葉を聞くと、そのまぶしさにたじろいでしまい、どこか自分自身に対して後ろめたさを持つのも、実はそのような影の部分が私たちの中に確かにあるということを知っているからと思います。問題はこの光の部分と影の部分の関係であり、バランスです。私たちはそれらをどのようにして自分の中で両立させることができるか、どのようにすればそのバランスを取って生きることができるのでしょうか。そもそも両立などできるのか、バランスなど取れるのか。思春期や青年時代の私はそのような考えには全く思い至らず、批判的でした。あれかこれか、白か黒かを求めて自分の中にある影の部分に苦しみ続けるという苦しい時代を過ごしました。皆さんの中にも同じようなプロセスを経てきた人がおられることでしょう。私の場合には23歳で神学校に入ってからも、29歳で牧師になってからも同じでした。自分が自分であり続けようとする限り、自分の中にはいつも相反する光と影とがあって、それらをどうしても統合することができずにきたのです。白い部分もあれば黒い部分もある、白黒まだらの自分自身を受け止めることができるようになったのは40歳を超えてからだったでしょうか。人生の午後の時間に入ってからのことでした。

 パウロがローマ書7章で語っている言葉はそのままで若い頃の私自身の嘆きの言葉でもありました。わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか7:18-24)。

 24節のパウロの叫びは(下線を引いておきましたが)、「罪」や自分の中に現前と存在する「影」に苦しむすべての人間を代表する叫びでもありました。パウロ然り、アウグスチヌス然り、ルター然り、内村鑑三然り。彼らは自分自身の罪の問題と格闘し続けたのです。そして苦しみの果てに、それを突破していったのでした。私たちは知っています。パウロは24節のように嘆きつつも、その直後には讃美の言葉を語っていることを(25a)。「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。パウロはどうしようもない自分を主キリストがあの十字架と復活を通して罪と死と滅びから救い出してくださったということを知っているのです。自らの罪の現実に絶望して嘆く彼は、キリストゆえに揺るぐことのない救いの喜びの中にいます。自己だけを見るとどこにも救いは見出せないですが、神とその独り子の愛の御業を知るとき、私たちには讃美と感謝の歌声を発する者へと変えられるのです。それは礼拝においても「二つの告白confession」があって、「罪の告白」と「信仰の告白」が表裏一体であるのと同じです。「罪人にして同時に義人」。白黒まだらの自分がありのままで存在を許されている。

 

あなたがたは地の塩、世の光」:「〜になりなさい」という勧告ではなく、「あなたがたは〜である」という宣言

 「あなたがたは地の塩、世の光である」という言葉は、私たちのために十字架の上で命を捨ててくださったお方の言葉です。私たちの弱さや破れ、罪や恥、不信仰や自己中心性などを深く知りながら(イスカリオテのユダの裏切りやペトロの離反も予告したほどです)、この大地が滅びないための防腐剤としての「地の塩」として、闇の世界を照らす「世の光」として私たちを見ていてくださるキリストがおられるのです。「地の塩、世の光となりなさい」と言われるのではありません。「あなたがたは地の塩、世の光である」と言われているのです。弱さや破れ、矛盾や不信仰や自己中心性を抱えた、影を背負った私たちをそのままで、地の塩、世の光として見、用いてくださる主の姿がそこにはある。何と不思議な恵みの出来事でありましょうか。ルターはそれを「罪人にして同時に義人」と言いました。罪の告白と信仰の告白を表裏一体のものとして私たちは告白できるのです。告白して良いのです。コヘレトが賢く言っているように一つのことをつかむのはよいが、ほかのことからも手を放してはいけない。神を畏れ敬えばどちらをも成し遂げることができるのです(コヘレト7:18)。

 

 私たちは太陽のように自らが光る光源ではありません。月のように太陽の光を反射して夜空に光る星なのです。しかし闇に輝くベツレヘムの星が救い主の誕生を指し示したように、私たちもそのように生きるよう招かれているのです。主イエスは言われました。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである(マタイ5:16)。ここで言う「立派な行い」というのは、主ご自身の「私たちの弱さにおいて働く愛」という意味でありましょう。「弱い時にこそ、わたしたちは強い」のです。キリストの愛とその力とは私たちの弱さにおいて完全に現われてゆくからです。

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