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2018年12月31日 (月)

2018年12月30日(日)降誕後主日礼拝 説教「主の年2018年を振り返って」

20181230日(日)降誕後主日礼拝 説教 「主の年2018年を振り返って」     大柴 譲治

コロサイの信徒への手紙 31217

これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。(14節)

ルカによる福音書 24152

イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。(52節)

 

はじめに

 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン。

 

降誕後主日、2018年の最後の日曜日にあたって

 クリスマスおめでとうございます。本日は降誕後の主日、2018年の一番最後の日曜日となります。節目の日曜日です。一年を振り返ってみますと、皆さま方にとってこの一年はどのような一年だったでしょうか。災害が多かった一年であると感じておられる方は少なくないでしょう。一年を表す今年の字も「災」という字が選ばれるくらいです。日本が災害列島となっただけではなく、つい最近もインドネシアにおける火山の噴火による突然の津波など世界的に多くの災害が起こった一年でもありました。11月に市ヶ谷で行われたJELC常議員会の議長報告に私は次のように書かせていただきました。

 

01)西日本豪雨と台風、地震などの被害に対する支援について

 6月から10月までの日本列島は、繰り返し豪雨や地震、台風などの自然災害に襲われ大きな被害が出ました。尊い生命を失われた方々、そのご遺族、被災者の上にお慰めをお祈りいたします。また支援活動に当たっておられる方々のためにも祈ります。618日には大阪府北部地震が起こりましたし、6月末から7月上旬にかけての西日本豪雨の被災地に対しては西教区を中心として継続的な支援活動が続けられています。728日の逆走台風12号。96日に起こった北海道胆振東部地震94日に関空など関西を中心に大きな被害をもたらした台風21号。930日に各地に停電等の大きな被害をもたらした台風25号。さらには928日にインドネシア・スラウェシ島で発生した地震と津波の被害の大きさにも心を痛めています。皆さまからお寄せいただいた連帯献金は9月末の時点で700万円近くになっています。ありがとうございます。連帯献金は当初は西日本豪雨のために呼びかけましたが、今後は広く災害緊急支援のために用いてまいりたいと思います(12月末まで)。引き続きご協力をお願いします。

 

『災害ユートピア〜なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』

 レベッカ・ソルニットという米国人のノンフィクション作家の書いた『災害ユートピア〜なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(亜紀書房、2010という興味深い本があります(原題はA Paradise Built in Hell, 2009)。大災害や大事故が起こった時には、いつもそこにはユートピアが出現したというのです。私たち人間には不思議な性質が備わっています。大災害が起こったときに人は利己的になるよりも利他的になるというのです。不幸のどん底にありながら、人は困っている人に手を差し伸べる。人々は喜々として自分のやれることに精を出す。見ず知らずの人間に食事や寝場所を与える。知らぬ間に話し合いのフォーラムができるということが起こるのです。著者は具体的に様々な事例を検証しながらそのことを証明してゆくのです。古くは1906年のサンフランシスコ大地震、新しくは2001年の9.11テロの際にも、被災地において理想的な相互扶助社会が生まれていることを証明するのです。

 

地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す。大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるが、それは真実とは程遠い。二次大戦の爆撃から、洪水、竜巻、地震、大嵐にいたるまで、惨事が起きたときの世界中の人々の行動についての何十年もの綿密な社会学的調査の結果が、これを裏づけている。

 

 二日ほど前に観たNHKテレビは西日本豪雨の被災者の一人の言葉を伝えていました。「このことを通して人と人との絆がこれほど大きな力を持っているということを、改めて知ることができました」。もちろん災害そのものは歓迎すべき事柄ではありません。深い嘆きと悲しみの谷を通ってゆかなければならなくなるからです。しかしそのことを通して、今までは明らかでなかったものが明らかになってくることも事実なのです。それは人と人とのつながりの大切さであり「絆」が持つ力です。問題はむしろ、災害時にはそのようなユートピアが形成されるのに、日常生活の中ではそれが失われてしまうのかという点にありましょう。

 私自身も牧師としてグリーフケアに関わってきて思わされることは、「自助グループ」の持つ大きな力であり、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く」ことができるような共同体形成の大切さです。教会もそのような共同体の一つとして立てられています。今日の第二日課であるコロサイ書が伝えている通りです。「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです」3:12-14)。その通りであると思います。「アガペーの愛」こそが、すべてを完成させる「絆」なのです。

 

大阪教会にとっての一年

 大阪教会にとって2018年はどのような一年だったでしょうか。今年は大阪教会にとって「宣教101年」の年でしたが、211日にS.K兄(92歳)が召天された後、5人のメンバーが天に移されるという年になりました。特に8月後半以降、一ヶ月半のうちに4人もの教会員が次々と天に召されるという激動の一年でもありました。823日にR.Y姉がご自宅において80歳で亡くなり(それが私たちに伝えられたのはしばらく後でしたが)、824日には役員であったY.I兄がご自宅で心筋梗塞のため59歳の地上でのご生涯を閉じられました。続いて、94日にはA.O姉がるうてるホームにおいてやはり急性心筋梗塞のため82歳で天の召しを受け、108日にはK.W兄が73歳で天に帰られました。ご遺族の皆さまの上に天来の慰めをお祈りいたします。身近な者が共におられない初めてのクリスマスです。これまで傍にいてくれた人が不在となってしまったということで、どれほど寂しい思いを味わっておられる方が少なくないかと思います。ある方が「これまで傍にいてくれた人がいないという、『その気配がない』ということが一番寂しい」と哀しそうに言われたことが忘れられません。「気配がない」。本当にその通りであると思います。

 しかし不思議なことに悲しい離別体験の後で、それとは対極の思いを伝えてくださった方々もおられます。「今まで以上にその人が自分の傍に、一緒にいてくれる感じがします」と。『魂でもいいから、そばにいて〜3.11後の霊体験』(奥野修司、新潮社、2017という不思議な体験を綴ったドキュメンタリーもあります。それは突然目の前から去ってしまった愛する者の「気配」を、様々な不思議なかたちで感じているというレポートでした。

 

キリストの光によって照らされた一年

 本日の福音書には12歳になったイエスのエピソードが記されています。少年イエスのエピソードは唯一つしかなく、ルカが記したものだけが伝えられています。その最後にはこうあります。「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された」52節)。神と人とに愛されたイエス。それは洗礼を受けた私たち自身の姿でもあります。イエスの洗礼時に天からの声はこう告げていました。「あなたはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」(マルコ1:11)。神の祝福の光、愛の光に照らされて私たちは日々を過ごしてゆくのです。この一年もそのような一年であったと思います。そのことを感謝しつつ、お一人おひとりの上に神の祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。アーメン。

 

おわりの祝福

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。

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