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2018年5月16日 (水)

2018年5月13日 主の昇天主日聖餐礼拝 説教「祝福の光の中に」

2018513主の昇天主日聖餐礼拝 説教「祝福の光の中に」   大柴譲治

ルカによる福音書 24:44〜53

イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。(50-51節)

 

主の昇天の出来事

 本日私たちは「主の昇天主日」を覚えています。復活後40日に渡ってその姿を弟子たちに示された主イエスが、弟子たちの見ている前から天に挙げられたことを記念する日が「昇天日」、その次の主日を「主の昇天主日」として守っているのです。「昇天日」から10日が経って「聖霊降臨(ペンテコステ)の出来事」が起こります。

 私たちがこの地上の生涯を終えるときには「天に召される」と書いて「召天」と呼びますが、イエスの場合には特別に「天に昇る」と書いて「昇天」と呼んでいます(昔の教籍簿には信徒の場合にも「昇天」と書かれていましたが)。私たちが毎週『使徒信条』の中で「主は、・・三日目に死人のうちから復活し、天に上られました。そして全能の父である神の右に座し」と信仰告白する通りです。

 毎年ペンテコステの前に「主の昇天主日」が巡ってくるのですが、私は必ずその時に問いかける質問があります。「天に昇られた主イエスは、天で何をしておられるのでしょうか」という問いです。昇天の出来事はルカ福音書の24章の最後の部分と、やはり医者ルカが記した使徒言行録の1章の最初の部分に記されています。

 ルカ24:50-53イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。」

 使徒1:9-11こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。』」

ルカ福音書では、イエスが手を上げて祝福の姿で弟子たちを離れて天に上げられていったとあります。天上でも主は手を上げて地上に残された私たちたちを祝福してくださっておられると信じます。使徒言行録では弟子たちは天を見上げているうちに主の姿が雲に覆われて見えなくなったとある。いずにせよ、それ以降は弟子たちも復活の主の姿を直接見ることはできなくなったのです。しかし天に上げられた主は、今でも天から手を上げてこの地上に生きる私たちを祝福して下さっていると弟子たちは感じ続けたのでした。

 

柏木哲夫先生の言葉〜「天からの力に生かされる」

 私は日曜日の朝5時からNHKEテレで放送される『こころの時代』を毎週録画して日曜日の夜あたりにチェックしています。その中に、淀川キリスト教病院の理事長で、かつてはホスピス長もなさったクリスチャン精神科医の柏木哲夫先生のものがありました。柏木先生は軽妙で洞察に富むお話しでも有名な方ですが、私はそれを観ていて深く考えさせられました。柏木先生が体調を崩して病院に入院される体験をしたことがあるそうで、その時に毎日ベッドに横になって天上ばかりを見上げているときに、ふと気づいたのだそうです。自分は今天を見上げて寝ているが、普段は気づかなかったが、こうして天を向いて寝ていると、私たちは実は天から不思議な力(祝福の力)をいただいて生かされているのではないかということに思い至ったと言うのです。私はそれを聞いてハッとしました。私自身も小学校二年生の時や高校二年生の時に入院して、各40日ほど絶対安静でベッドに寝ていた時期がありました。「健康は人を外に向かわせるが、病気は人を内へ向かわせる」という表現があります。天を見上げて寝ている時、私たちは自分自身を超えた神の前に立たされるのではないでしょうか。さらに言えば、「健康は人を外に向かわせるが、病気は人を天に向かわせる」と言えるように思うのです。

 考えてみれば、横向きに寝る人もいれば、うつ伏せに寝る人もいる事でしょうが、私たちはおそらく人生のうち三分の一ほどは寝ています。それは、三分の一、天に向かっているとも言える。それは昇天の主の祝福を天からいただいて私たちは生きているとも言えるのではないかと思います。なぜなら、主は両手を上げて、祝福の姿勢のまま天へと上ってゆかれたからです。その祝福の光の中に私たちの人生は置かれているのです。

 

祝福の光の中に〜信仰の詩人・八木重吉(1898-1927

 それにしても私たちの現実には、自分の力ではどうすることもできないような苦しみや悲しみ、不条理が満ちています。イエスではないですが、「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか!」と叫びたくなるような孤独や悲嘆も現実には起こります。どこにも天からの祝福などないではないかと思ってしまうような過酷で厳しい人間の現実がある。しかしそれにも関わらず、私たちは天を見上げるのです。私たちのためにあの十字架に架かってくださった主を見上げるのです。どのような時にも主が私たちと共にいてくださる。復活の勝利の光の中で、私たちに向かって手を広げて私たちを招き、受け止めようとしてくださるお方がいる。あの十字架は放蕩息子を抱きとめようとする愛に満ちた父なる神の姿を表しているようにも思えてきます。

 早世の信仰の詩人・八木重吉をご存知の方も少なくないことでしょう。八木重吉は1898(明治3129日、東京府南多摩郡堺村(現在の町田市)に生まれ、東京高等師範学校に進みます。在学中、受洗。卒業後、兵庫県御影師範の英語教師となる。24歳で、17歳の島田とみと結婚。この頃から、詩作に集中し、自らの信仰を確かめるのです。妻のとみ、子の桃子、陽二に囲まれて彼は詩を書き続けます。1925(大正14)年、第一詩集『秋の瞳』刊行。以降、詩誌に作品を寄せるようになるが、1926年、結核を得て病臥。病の床で第二詩集『貧しき信徒』を編むけれども、翌1927(昭和2)年1026日、刊行を見ぬままに他界。『貧しき信徒』は翌年、出版されました。最初の詩集『秋の瞳』の中には次のような言葉が最初にあります。「私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください」-八木重吉読む者の心に深く響く文章です。二つの詩をご紹介します。

 

 「かなしみ」

このかなしみを
ひとつに 
(す)ぶる 力(ちから)はないか

 

 「貫(つら)ぬく 光」
はじめに ひかりがありました
ひかりは 哀
(かな)しかつたのです

ひかりは
ありと あらゆるものを
つらぬいて ながれました
あらゆるものに 
(いき)を あたへました
にんげんのこころも
ひかりのなかに うまれました
いつまでも いつまでも
かなしかれと 
祝福(いわわ)れながら

 

これらの詩は、志半ばにして病いのために倒れなければならなかった一人の信仰者の信仰告白でもあります。人間の悲しみの現実を貫く光とはイエス・キリストのことを指しています。「光あれ、すると光があった」(創世記1:2)。この悲しみを統ぶることができるとすれば、私たちの悲しみの底に降り立ち、それを担ってくださったお方による以外にはありません。今は天におられるキリスト。このお方からの光が万物を貫いて差しています。この光の中に私たちは主と共に生きるのです。お一人おひとりの上に主の祝福をお祈りいたします。

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