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2018年3月25日 (日)

2018年3月18日(日)四旬節第五主日礼拝説教「世界を動かす力は希望」

2018318日(日) 四旬節第五主日礼拝 説教「世界を動かす力は希望」  大柴 譲治

エレミヤ書 31:31〜34

「見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。」31節)

ヨハネによる福音書 12:20〜33                   

「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」24節)

 

四旬節第五主日〜「一粒の麦死なずば」

 本日は四旬節(レント)第五主日です。私たちに与えられたヨハネ福音書の日課には有名な「一粒の麦」のたとえが語られています。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ(ヨハネ12:24)。この言葉はヨハネ福音書にしか記録されていません。主イエスはご自身の十字架の死を通して、多くのいのちの実が結ぶことになることを知っていて、この言葉を語られました。神がイエス・キリストを通してもたらそうとしておられる豊かな実り、そこに私たちの揺らぐことのない希望があります。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶのです。

 私たちは死すべき定めに生きています。私たちの存在は有限です。どれほど長く生きようとも、どれほど強く不死を望もうとも、死がすべての終わり、墓が私たちの終着駅であるように見える。しかし主イエスはここで私たちに、それを超えた次元を明らかにしています。死の向こう側に約束されている「神のいのち」「多くの実を結ぶ未来」があり、そこに死を超えた次元があるということを。この希望は「この世的な希望」ではありません。神がその実現を約束しておられる「終末論的な希望」なのです。

 

「世界を動かす力は希望である」(ルター)

 昨年は「宗教改革500年」ということで、私たちは要所要所において宗教改革者マルティン・ルターのことを思い起こしました。彼には様々な印象的な言葉がありますが、次のような言葉もあります(1538年の『卓上語録』より)。「全世界に起こることは、何もかも希望の内に起こるのである。農夫は、収穫を望まないなら、一粒の種も蒔かないであろう。子どもを持とうと望まないなら、だれも結婚しないであろう。証人も労務者も収益や賃金の期待なしには働かないだろう。永遠のいのちへの希望は、われわれをますます前進させるのである」(W.シュパルン編、湯川郁子訳、『ルターの言葉―信仰と思索のために』、教文館、2014p36確かにその通りでありましょう。希望があればこそ、私たちはその希望に向かって生きることができるのです。ピョンチャンのパラリンピックがそれを観る者に大きな勇気と希望を与えたのも、私たちが生きる上で「希望」がいかに大切かを証ししています。「希望」をなくした状態を私たちは「失望」とか「絶望」と呼びますが、キルケゴールが言うように「絶望とは死に至る病い」であって、「希望」なしに私たちは生きることはできないのです。

聖書も「希望」について繰り返し語っています。しかしこの「希望」は人間的な希望ではなく、神が与えてくださる「希望」であり、それも神だけが上から与えてくださる「希望」です。人間的な希望が打ち砕かれても、なおそこに輝き続ける「希望」です。その意味でそれは「終わりの日の希望」を指し示し、「終末論的な希望」を意味しています。パウロはイエス・キリストを見上げながら次のように言っています。「それゆえ、(大柴註:神がキリストにおいて与えたもう)信仰と、希望と、愛。この三つはいつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」1コリント13:13)。また、ローマ書5章には次のようにあります(1-5節)。このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」。神の与える終末論的な希望」があればからこそ私たちは、どれほど苦難が私たちを襲おうともそれに耐え抜くことができるのです。イエス・キリストが自らのことを「一粒の麦」と語りつつ、死ねばそこには神によって多くの実が結ばれるという神による希望の言葉を語っておられる通りです。その意味では、イエス・キリストご自身が私たちの希望でもあります。キリストが私たちと共にいましたもうがゆえに、「為ん方尽くれども希望を失わず」2コリント4:8)です。どのような状況に置かれても、私たちは今ここで、イエス・キリストという神からの「新しい契約」の光によって照らされています(エレミヤ31:31)。

 

神の「希望」に生きた人〜石井和子さんのこと

「神の与える希望」ということで思い起こすいくつもの出会いがあります。今日はそのうちの一つを分かち合いたいと思います。19864月、神学校を卒業してすぐの私は按手を受けて、広島県の福山という広島県第二の都市、人口37万人の町の小さなルーテル教会の牧師となりました。当時はメンバーが30人ほどで、礼拝出席の平均が12人ほどの小さな群れでした。福山は日本鋼管の城下町とも呼ぶべき町でした。もともと福山、尾道、三原と人口10万人の町が三つ並んでいたのですが、日本鋼管が福山にきてから福山は三倍にも人口が増加したのです。

そこで私は石井和子さんという一人の車いすのご婦人と出会いました。石井さんとの初めての出会いは、1987年、米国人宣教師であったジェリー・リビングストン先生が中心となって、アメリカからお招きしたレスリー・レムキという盲目で肢体不自由、そして精神発達遅滞という三重の苦しみを持つ天才ピアニストのコンサートを急きょ福山で行うということになったために、協力を求めて社会福祉協議会を訪ねた時でした。快く協力を申し出てくださった石井さん(当時の福山車イス協会会長でした)と私は、さらに協力を求めて文字通り福山を中心とした備後地方を私の運転する軽自動車で東に西に走り回ることになりました。その時に石井さんが私が運転する軽トラックの助手席に乗りながら笑顔でおっしゃられた言葉が忘れられません。「先生、大変ですが、本当に生きてるって実感がしますね」。レスリー・レムキのコンサートを通して、またその後石井さんのお宅で家庭集会を始めたことがきっかけで、やがて福山ルーテル教会に転入されることになりました。最初の家庭集会の時に、ご主人は私の顔を見るなり「植木に水をやるから。私はキリスト教は嫌いだ」と言ってプイッと庭に出て行かれたことを思い起こします。最初はそのような出会いだったのですが、ご主人を含めて石井さんご夫妻とはとても親しい交わりをいただきました。石井和子さんはその後しばらしくして胃ガンを発病し、19907月に55歳で岡山大学病院で神さまのみもとに召されて行かれました。

石井和子さんの笑顔の背後には、苦しい人生がありました。キノホルムという整腸剤によって引き起こされた薬害スモン病によって、幸せな家庭生活を突然に奪われ、離婚を通して二人の息子からも引き離され、七転八倒する痛みの中で治療のために神戸の病院にいた時にカトリックの神父と出会って、イエス・キリストを救い主として信じ、洗礼を受けられたのでした。苦しみの中で信仰を得た石井さんは文字通り「筋金入り」のキリスト者でした。福山に住むやはり車イスのご主人と再婚されて、当時はご主人の持つ小さな印鑑業を手伝っておられました。大変な頑張り屋さんでもあり、自分に背負わされた十字架にも関わらず、否、十字架を背負えばこそでしょう、人々の背負っている苦しみや悩みを思いやることができたのです。そして困っている人の悩みを自分のことのように受け止め、一緒に担おうとされたのだと思います。石井さんには周囲にいる人の心を開く不思議な力がありました。太陽のような輝きと温かさをもっておられた。最初は「キリスト教なんか大嫌いだ」と言っておられたご主人も結局、奥様の死を通して、「教会は天国に一番近いところだから、あなたも洗礼を受けて礼拝に行ってね」という遺言の通り洗礼を受けてゆかれました。ご主人の石井弘文さんもまた病いのために数年して天の召しを受けられました。

私たちもまたルターと共に「この世を動かす力は希望である」と告白したいと思います。どのような時にも、希望の主が私たちと共にいてくださいます。お一人おひとりの上に神さまの祝福をお祈りいたします。 アーメン。

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