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2017年4月10日 (月)

2017年4月9日(日)枝の主日礼拝説教「主の弁明」

201749日(日)枝の主日礼拝説教「主の弁明」 大柴 譲治

ゼカリヤ書 9:9-10 / フィリピの信徒への手紙 2:6-11 / マタイによる福音書 21:1-11

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ書 2:6-8

 

「枝の主日」(英語ではPalm SundayPalmとは棕櫚のこと)におけるエルサレム入城

 今日は「枝の主日」。主イエスがロバの子に乗って神の都エルサレムに入城してゆくのを、人々が棕櫚の枝や葉を振って歓呼の声をあげて迎える場面が与えられています。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ』」(マタイ21:8-9)。これは本日の第一日課であるゼカリヤの預言が成就したとされている場面でもあります。ユダヤ人にとっては何百年も待ちに待った救い主である真の王が、ゼカリヤ9:9-10の預言通り、ロバの子に乗って即位のために神の都エルサレムに入ってゆかれるということで熱狂的に叫ぶ姿がとても印象に残ります。「軍馬」のような力の象徴である馬ではなく、柔和さと謙遜の象徴である「子ロバ」に乗って、「メシア(救世主)」が登場するのです。人々はこのメシアに、あのダビデのように力をもった王、イスラエルをローマ帝国の支配から解放してくれるはずのメシアとして、人々は圧倒的な統治力と権威とを期待していたのです。

 人々の歓声の中にイエスはエルサレムに入城してゆきます。ロバの子に乗って。イエスは笑顔で手を振りながら入城されたのでしょうか。いや、そうではないでしょう。私にはそのようには思えないのです。なぜならばイエスは知っていたからです。今は「ホサナ!」と大歓声を上げて熱狂的にイエスを迎えている群衆が、一週間も経たないうちに今度は「イエスを十字架に架けよ」と叫ぶようになるということを。イエスは既に三度、ご自分の受難を予告しておられました。

 マタイ福音書は既に16章の終わりで、17章の山上の変貌の出来事に先立ってこう記しています。「このときから、イエスは、ご自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。するとペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。『主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。』イエスは振り向いてペトロに言われた。『サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神の事を思わず、人間のことを思っている』」(16:21-23)。ペトロはその直前に「あなたこそ、生ける神の子です」という正しいキリスト告白をしたにもかかわらず、「サタンよ、退け!」と厳しくイエスにいさめられているのです。ペトロたち使徒たちもまた自分の求めるキリスト像を投影していただけだったということが分かります。イエスはこう続けて言われます。「それから弟子たちに言われた。『わたしについてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る』」(16:24-25)。

 イエスに対する人々の無理解は致し方ないものであったかも知れません。無力なメシア像など誰も想像だにできなかったのですから。見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない彼は蔑され人々に見捨てられ、多くの痛みを負い病を知っている彼はわたしたちにし、わたしたちは彼を蔑し無視していた彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり打たれたから、彼は苦しんでいるのだ彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ちかれたのは、わたしたちの咎のためであった彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ53:2b-5)。

 人々のイエスに対するメシアの期待が大きければ大きいほど、エルサレムで何もしようとしないイエスに対する失望は大きく、失望が怒りに変わるのに時間はそうかかりませんでした。イエスを恐れていたファリサイ派や律法学者、祭司長などのユダヤ教の指導者階級も、何とかしてイエスを失脚させて無き者にしようと考えていましたから、好機到来とばかりに、うまくその時を利用したのでありましょう。

 ルカ福音書の並行箇所では(19章)、イエスが神の都エルサレムのために涙されたと記されています。「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである』」(41-44節)。ロバの子に乗って神の都に入ってゆかれる時にも悲しい目をしておられたに違いないと私は思うのです。もしかしたらイエスは泣きながらエルサレムに入城されたのかも知れません。

 

イエスの弁明〜「聖なる神」の御名の署名

 イエスはこれからエルサレムで起こることをすべて予めご存知でした。自分が頭にかぶるのは黄金の冠ではなく茨の冠であり、自分がまとう衣は王の高価な紫布のマントではなくてローマ兵たちによって衣類をはぎ取られバカにされながら着せられた「赤い外套」であること。着座された王の即位の場所は、王のために用意された黄金の玉座ではなくて憐れな罪人のために用意されたゴルゴダの十字架という悲しみの玉座であったことを。十字架の苦しみと恥とを最後まで耐え忍び、およそ王らしいものはすべて、それどころか人間らしいものはすべて奪われるようなかたちでイエスは黙って十字架へと架けられ、殺されてゆくのです。イザヤ書53章が預言していたように、黙って屠り場に引かれてゆく小羊のように、です。

 イエスは沈黙を守ります。逮捕された時にもまったく弁明を行いませんでした。逃げることなく、ただ黙って、沈黙の中に十字架へと架かってゆかれたのです。ただ天の父の御心に従順に従っただけなのです。ゲッセマネの園での祈りのように、自分の人間的な思いではなく、父なる神の御心が成りますようにと祈り続けたのでした。沈黙の中で主は父の御心にひたすら従っていった。それはフィリピ書2:6-8に記されている通りの姿です。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」

 私はしばしばトマス・マートン(1915-1968)の言葉を想起します。彼はトラピスト会の修道士かつ作家で、日本の禅仏教学者の鈴木大拙などとも親交があったことで知られています。「私たちが自分がなんとダメな存在なのだろうかと思うその一点こそ、神がご自身の聖なる御名を署名してくださった点である。そこには私たちのために無となってくださったイエス・キリストという聖名が記されているのだから」。私たちの破れたところ、誰にも誇ることのできないところ、むしろ隠しておきたいような弱さと恥ずかしさのどまん中に神は御自身の聖なるお名前をサインしておられるのです。私は40歳の頃、米国フィラデルフィアで「恥Shameと罪Guilt」の研究をしていたのですが、この言葉に出会った時に、私は本当に救われた思いになり、涙を禁じ得ませんでした。

 イエスは弱さや肉体の棘に苦しむ私たちの祈りに応えてこう告げてくださいます。「わが恵み、汝に足れり。わが力、汝の弱きところに現わるればなり」と。だからこそ私たちはパウロと共に、また先週るうてるホームにおいて88年間のご生涯(信仰生活62年)を終えられた藤田京子姉と共に、こう告白することができるのです。「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(2コリント12:9-10)。

 ロバの子に乗ってエルサレムに入ってゆかれる私たちの救い主、王なるキリスト。神の救いの成就のために十字架へとまっすぐに歩んでゆかれます。声なき者、無力な者、悲しみ嘆く者、世から見捨てられている者、友なき者の友として、黙って十字架へと歩まれるのです。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ!」 主イエスの沈黙と群衆の讃美の歌声がクロスして響き渡ります。力と栄光を求める私たち人間に示された神の愛は、私たちの思いとは全く異なっており、その独り子を十字架の上に賜るほどの深い愛でした。そのことを覚えながら受難週を過ごしてまいりましょう。

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