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2017年2月23日 (木)

2017年2月19日(日)顕現節第七主日礼拝説教「汝の敵を愛せよ」

2017219日 顕現節第七主日礼拝 説教「汝の敵を愛せよ」    大柴 譲治

マタイによる福音書 5:38-48

「しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」44-45節)

 

「敵」とは誰か

 本日もまた山上の説教の中からイエスの厳しい言葉が与えられています。先週は「怒るな」という戒めでしたが、本日は「汝の敵を愛せよ」というより厳しい戒めです。しかしここで言われている「敵」とは一体誰のことを指しているのでしょうか。それは「自分に対し悪意を持って敵対し、危害を加えようとしている人間」として理解されることが多いと思われます。「右の頬を打たれたら左の頬をも向けよ」というのはそのようにしか受け止めることができない言葉でもあります。確かにそれも大切な視点ですが、本日は少し違う視点からこのみ言葉に聴いてゆきたいのです。「汝の敵を愛せよ」と言われている「敵」を、「私たちから私たちの人間性や人間の尊厳を奪おうとする何ものか」として、すなわち「突然の病気や事故、災害、解雇など、私たちにはどうすることもできないような、私たち自身の力を超えた突然の不幸な出来事」として位置づけてみ言葉に思い巡らせてゆきたいのです。

 

「汝の敵を愛せよ」〜無条件の愛をもってガンを生きる

 ケリー・ターナーという人の『がんが自然に治る生き方』という本があります(201411月出版。プレジデント社。原著は同年4月出版)。著者は千例に渡る進行性ガンからの生還者についての症例を研究し、一年をかけて十ヶ国を訪問。百人以上にインタビューを重ねて、治療のプロセスと結果を質的な研究として博士論文にし、それが本になったものです。原題”Radical remission(劇的な寛解)の通り、この本には「劇的に寛解」した人たちに見出された共通した実践項目が9つにまとめられています。それは、①抜本的に食事を変える、②治療法は自分で決める、③直感に従う、④ハーブとサプリメントの力を借りる、⑤抑圧された感情を解き放つ、⑥より前向きに生きる、⑦周囲の人の支えを受け入れる、⑧自分の魂と深くつながる、⑨「どうしても生きたい理由」を持つ、という九つです。九つのうち二つは食事療法やサプリメントに関することですが、後の七つはすべて自分がどう生きるかという生きる姿勢に関するものです。

 それぞれ説得力に富む論旨が展開されていますが、その中にシンという名前の日本人患者が登場します(寺山心一翁 てらやま しんいちろう 氏)。バリバリのコンサルタントとして仕事に没頭する中、1984年、48歳の時に腎臓ガンと診断。手術で右腎臓を摘出、抗がん剤治療と放射線治療を受けたにもかかわらず肺と直腸への転移が見つかります。「余命13ヶ月」と家族は医師に宣告を受けました。すべての治療を止めた後、シンは「自分で自分の治療法を決めてゆく」という自分の直感に従う生き方を開始したのです。もう彼にはそれしかなかったからです。まずミネラルウォーターを飲むところから始めました。朝目が覚めたら生きていることに感謝をし、深呼吸して、日の出まで小鳥たちと一緒に歌います。そして自分の生命を脅かしているガンをも自分の子供のように愛情をもって接し、限りないやさしさをもって「愛しているよ。そこにいてくれてありがとう」と毎日声かけをしたのです。「敵を愛せよ」ですね。また10代から始めていたチェロを弾くことも再開し、身体全体に心地よい振動を与えてくれる音楽を大切にしています。

 

「日の出42分前」の鳥のさえずり

 彼はある時にいつものように日の出前に目覚めた時、小鳥たちの鳴き声に気づきます。普通の日常風景ですが好奇心を誘われたのです。どうして朝に鳥は鳴いているのか。鳥はいったい何時から鳴き始めるのか。不思議に思った彼は10分、20分と日の出より早く起きてみましたが、鳥は既に鳴き始めていました。30分前でも鳴いていた。しかし一時間前に起きてみると外は完全な静寂。結局、日の出の瞬間は毎日少しずつずれてゆくにも関わらず、鳥たちは日の出のぴったり42分前に鳴き始めていたことを彼は突き止めたのです。鳥の鳴き出す時間が分かったら日の出までは手持ちぶさたなので彼は、今度は毎日鳥と一緒に40分間息を吸ったり吐いたりしながら歌を歌い始めました。科学への造詣が深いシン(早稲田大学電気科出身)は、なぜ42分前なのかその理由を突き止めようとしました。息子に薬局で酸素ボンベを買ってきてもらって家にいた三羽のインコで実験を開始したのです。インコたちを寝かせるために夜は鳥かごにはカバーが掛かっていたのですが、深夜0時頃に鳥かごに酸素を流し入れてみました。すると数分後にインコは鳴き始めたのです。何分かして酸素が消散した頃インコは鳴き止みました。これは面白いと興奮した彼は午前二時半まで待ってもう一度鳥かごに酸素を流す。案の定インコたちは鳴き始めて数分後に鳴き止んだのです。そして日の出のきっかり42分前にインコは再び鳴き始め、日の出まで鳴き続けました。彼はそこで一つの仮説を立てました。日の出42分前に鳥が鳴き始めるのは、木々が光合成を始めててそこから放出される酸素に反応しているのではないかと。植物は夜の間は光合成ができませんが朝に太陽光を受けるとすぐに光合成を始めるのです。葉緑素があるため二酸化炭素を吸って酸素を放出します。それが日の出の42分前なのではないか。鳥が一番よく鳴くのが朝である理由は科学的にはまだ解明されていません。シンは鳥が鳴くにはたくさんの酸素が必要なので、朝、植物が光合成を開始し始めた頃に鳴くのだろうと推測しました。この小さな実験で彼は確信します。鳥が鳴き始める日が昇るまでの42分間の空気は特別に新鮮なものであり、ガンが転移した自分の右肺にとっても良いものであろう、と。そしてこのときもう一つ、彼はある大切なことに気づかされるのです。自分という存在は大きないのちの中で無条件に愛されていること、そしてガンを含めて自分の身体全体を無条件にホリスティック(全体的)に愛してゆくことが求められていることを。

 不思議なことに彼は劇的に寛解し、身体の中からガンは消えてゆきます。1988年から25年以上が経ちますが彼はガンの再発もなしに元気に暮らしています。今はガンで苦しむ人々のためにチェロを弾きながら身体と心・魂といかに向き合うかを伝える活動に力を注いでいるということでした。「結局あなたのガンを消したのは何だったと思いますか」と問うケリー・ターナーに即座に彼はこう答えます。「無条件の愛です」と。

 このエピソードを読んだ時、私は深く心動かされました。悲しみや苦しみに出会う時に私たちは通常、自分自身の殼に閉じこもって自分を守ろうとします。それは当然であり自然なことです。しかしそのような中で、自分の小ささや無力さに打ち砕かれる時がある。それは絶望の時でもありましょう。しかしその時、不思議なことに、私たちの心の目が外に向かって開く瞬間がある。向こう側から呼びかけられているように感じて、自分のいのちが大きなものにつながっているということにハッと気づかされる時があるのです。鶏の声にハッと気づかされたペトロ同様、寺山さんにとってそれは日の出42分前から始まる小鳥の鳴き声でした。

 イエスは本日の日課で父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださると言われています(マタイ5:45)。神はその恵みをすべての人に等しく注いでいてくださるのです。自分の直感(直観)を信じ、自分の魂に深く裏打ちされたような生き方をする時、私たちには不思議なことが起こるのかもしれません。いや、既に起こっていることに気づくのでありましょう。一番不思議なことは「ガンの劇的な寛解」ではありません。もちろんそれも十分不思議なことですが、ガンという病を通して寺山さんの目が大きな愛に満ちた世界に向かって開かれ、そのつながりに気づき、その生き方が根源的に変えられていったことです。私たちが神の大きな無条件の愛の世界に生かされていることに気づくこと。それが最も重要です。私たちが死すべき有限な存在であること自体は変わりませんが、そこではQOLQuality of Life)が劇的にグッと高められてゆくのです。

 「汝の敵を愛せよ」とは、実はそのような私たちを非人間化しようとするあらゆる「敵」を含め、すべてを大いなる存在(神)の愛の中に見てゆく、そのような生き方が私たちに可能なのだということをイエスは宣言しておられると受け止めたいのです。私にはそう思えてなりません。「神はその独り子を賜るほどにこの世を愛された。それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るため」だからです(ヨハネ3:16)。

 本日も私たちは聖餐式に招かれています。この聖餐を通して、私たちがイエスに「今ここで」つながっていることをご一緒に味わいたいと思います。主は日毎に私たちに、日の出42分前のように酸素濃度の濃い新鮮な空気を送り与えてくれます。敵を愛し、私たちにすべてを与えてくださったキリストの無条件の愛が私たちに注がれているからです。そのことをかみしめながらご一緒に、新しい朝の光の中、新鮮な空気を呼吸し、讃美と感謝の歌声をあげながら、主に向かって新しい一週間を踏み出してまいりましょう。祝福をお祈りいたします。アーメン。

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