2017年8月13日 (日)

2017年8月13日(日)聖霊降臨後第10主日聖餐礼拝説教「湖の上を歩く」

2017813日(日)聖霊降臨後第10主日聖餐礼拝 説教「湖の上を歩く」大柴譲治

マタイによる福音書 14:22-33

夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」(26-28節)

 

湖の上を歩くイエス

 本日の福音書の日課には湖の上を歩くイエスと弟子のペトロの姿が記されています。場所はガリラヤ湖。ガリラヤ湖では突然突風が吹くということがよく起こったようです。12弟子の中にはガリラヤ湖の漁師たちもおりましたので、幼い頃から湖の変わりやすい状況はよく知っていたに違いありません。

 イエスはパン五つと魚二匹を用いて五千人の人々を満腹させ、残ったパンくずは12の籠一杯になったほどでした(14:13-21)。その出来事の直後のことです。「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた」22節)。「強いて」とありますが、もしかしたら弟子たちの中には湖の状況を見て体験的に、既に夕方になっていたでしょうから、今この時点でガリラヤ湖に舟を出すのは危険だと感じていた者もいたのかもしれません。イエスは彼らの杞憂と不安とを知った上で、彼らを「強いて」舟で出発させたのでした。それは彼らに「信とは何か」という信仰の神髄を教えるためでもありました。

 イエス自身はどうされたかというと、「群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた」とあります(23節)。イエスにとって「祈り」は天の父なる神との豊かな交流の場でした。イエスはしばしば祈るために一人になっています。祈りを通して父の御旨を知り、力をいただき、父と子の一体性というものを確認しておられたのでありましょう。祈りこそ力の源だったのです。

 一方舟の方はどうか。「ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた」とあります(24節)。1スタディオンは185mですから、舟は既に岸から1キロほど離れていたのでしょう。予想していた通り、突風のために弟子たちの舟は漕ぎ悩んでいました。プロの漁師たちの手にも余るほどでした。時は既に夜。闇の中で木の葉のように揺れ動く舟。湖の怖さを知っていた弟子たちは、生きた心地がしなかったはずです。必死でイエスの助けを祈ったに違いありません。

 その祈りに答えるようなかたちで、イエスは湖の上を歩いて舟のところに行かれます。「夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた」(25節)。信じられないことが起こった。アメンボではないので、通常人間は水の上を歩くことはできません。しかしイエスはそれをなさったというのです。人にはできないことでも神にはできる。私たちは神にできないことはないと受け止めるしかないのでありましょう。恐らくこの「湖の上を歩く」という出来事の背後には「信とは何か」という深い意味が隠されているのです。

 弟子たちの反応はいかにも率直でした。「弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、『幽霊だ』と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた」(26節)。私たちも同じです。暗い闇の中、突風で荒れ狂う湖の上を、泳いでならまだ分かりますが、何と湖の上を歩いてイエスが舟に近づいて来られたのですから。

 イエスはすぐ彼らに話しかけられました。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(27節)。イエスのこの声にどれほど弟子たちはホッとしたことでしょう。人生山あり谷ありですが、私たちもまた要所要所でイエスの「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」という確かな声を聴く者でありたいと願うのです。

ペトロの大胆さと失態と

 私たちはペトロの申し出に驚かされます。ペトロは極めて大胆なのです。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」(29節)。イエスはそれを認めて「来なさい」と言われます。すると、「ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ」のです(30節)。そこで起こった出来事は私たちの思いを遙かに越えた出来事でした。ペトロもイエス同様に湖の上を歩くことが出来たのですから。「求めよ、さらば与えられん」です。信じれば山をも動かすことが出来るのでありましょう。信仰のまなざしの中では到底不可能なことが可能となってゆくのです。

 続いて起こったことはいかにもペトロらしいことでした。「しかし、(ペトロは)強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ」のです(31節)。ペトロは漁師です。幼い頃からガリラヤ湖のほとりで育ちました。だから泳ぐことは得意だったでしょうし、いざというときにどう対処すれば良いかはよく知っていたはずです。そんなペトロが溺れかかるという失態を見せる。恥ずかしい姿、破れた姿を見せるのです。私はこのようなペトロの人間性に強く惹かれます。このような破れた不信仰な人間を、イエスは捉えて離さないのです。「イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と言われます(31節)。そして、二人が舟に乗り込むと、「風は静まり」ます(32節)。33節には「舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ」とあります。この一連の出来事を通して弟子たちは再度、イエスこそ神の権威を持った神の子であることを再認識し、その信仰を強められてゆくのです。

 

信仰とはイエスへの信頼

 このペトロの水の上を歩くという出来事、溺れかけるという出来事が何を意味しているかが本日の主題です。この出来事は信仰というものの本質をよく私たちに伝えています。湖の上を歩くということはそもそも人間には不可能なことです。しかしペトロはイエスの言葉を信じ、イエスに向かって水の上に大胆に足を踏み出しました。イエスを信頼した実に勇気のある行為です。「ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ」のです(30節)。イエスをまっすぐ見つめてペトロは水の上に足を踏み出しました。すると水の上を歩くことが出来た。少なくとも数歩は歩けたのです。イエスに対する絶大な信頼がそれを可能としたと申せましょう。しかしペトロは、「強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ」のでした。イエスから目を離し、周囲の風が逆巻く状況に目を向け、思いを向けた瞬間に、ペトロは動転し、沈みかけ溺れかけてゆくのです。私たちもまたこのエピソードから学ぶべきことは、信仰とは「イエス・キリストへの集中」ということです。どのような状況の中にあってもただキリストのみに目を向け、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言ってくださるお方のみ言葉に信頼し、そのお方に向かって足を踏み出してゆく時、私たちの思いを越えた恵みの出来事が起こるのだと聖書は告げているのです。

 今日も私たちは聖餐式に招かれています。「これはあなたのために与えるわたしの身体。これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」。そう言って弟子たちにパンとブドウ酒を分かたれたイエス・キリスト。この食卓に今日も私たちは招かれています。私たちはこのイエスの招きの言葉の中に「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」という声を聴き取りたいのです。そこからイエスのみを見つめながら、私たちに向かって「恐れずに、来なさい」と告げてくださるイエスに信頼して、大胆に逆風の湖の上にその一歩を踏み出してゆきたいのです。お一人おひとりの上に主の豊かな祝福がありますように。アーメン。

2017年8月 9日 (水)

2017年8月6日(日)平和主日聖餐礼拝説教 「愛の自覚」

201786日  平和主日聖餐礼拝 説教 「愛の自覚」  大柴譲治

ミカ書 4:1-5 / エフェソの信徒への手紙 2:13-18 / ヨハネによる福音書 15:9-12

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。」(ヨハネ15:12

 

「過ちは繰り返しませぬから」〜歴史の記憶と想起

 8月は私たちが過去を振り返り、様々な出来事を深い悲しみと共に思い起こし、心に刻む月です。8月6日、8月9日、8月15日、先の太平洋戦争は私たちの心の中に癒えることのない傷跡を残しました。そのような出来事を想起して心に刻み続けるということの大切さを覚えます。今年は戦後72年に当たりますが、国会などで憲法第9条などについて議論が行われてゆく中、今ここで、キリストの平和について思いを馳せてゆくこと、そのために祈りと力とを合わせてゆくことはキリスト者である私たちに求められていることでもありましょう。

 それは、ヒロシマ平和公園に刻まれた「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」という碑文の言葉の通り、二度と再び戦争という「過ち」を繰り返すことのないためであります。戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。これは1946年に採択された「ユネスコ憲章前文」の言葉です。今年11月に私たちは宗教改革500年をカトリック教会と共に長崎で記念することになっていますが、過ちを再び繰り返さないためにも、「人の心の中に平和のとりでを打ち立てるべきこと」を再確認させられ、決意を新たにさせられます。

 ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は、19812 25日にヒロシマを訪れ『ヒロシマ平和アピール』を公にされました。「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。」という言葉で始まる平和アピールです。その中で教皇は繰り返し「過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです」と語られました。そうです、私たちは新しい未来を築いてゆくために歴史を思い起こし、過去の過ちを忘れぬように、自分自身の心に刻み続けるのです。「過去に目を閉ざす者は、未来に対しても目を閉ざすことになる」(リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー『荒野の40年』より)。私たちは「過ちを繰り返さない」ためにも「歴史を心に刻み続けること」、そして「それを想起し続けること」の両方が求められています。

 「想起すること」「思い起こすこと」、つまり「忘れないでいるということ」は、私たちの日常生活においても、信仰生活においてもとても大切な事柄です。記憶と想起という事柄が、私たちのアイデンティティーを保つために大きな働きをなしている。昨日の自分と今日の自分と、そして明日の自分とをつなぐものが「記憶」であるということを私たちは知っています。記憶の一貫性が失われるとき、私たちは自分のアイデンティティーを失ってしまう。その意味で、「過去」を心に刻むということが「現在」の自分を維持するためにも、自分の「未来」を形成してゆくためにも大切であるということを私たちは覚えたいと思います。

 

ロバート・カニンハム宣教師の生涯

 本日も聖餐式が行われますが、主イエス・キリストは苦しみを受ける前日、最後の晩餐において、弟子たちにパンとブドウ酒を分かち合いながら言われました。「これはあなたのために与えるわたしの身体」「これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」。そして続けて言われました。「わたしの記念のためこれを行いなさい」。「わたしの記念のため」とは「わたしを思い起こすため、わたしを想起するために聖餐式を行い続けなさい」という意味です。ここで「想起する」「記念する」という語はギリシャ語で「アナムネーシス」。 教会は二千年に渡って、この聖壇部分の中心にキリストの聖卓が置かれているように、自らの原点・アイデンティティの中心として、この「キリストの聖餐(和解)の出来事」を忘れずに想起し続けて来たのです。主はこのような私を愛し、このような私のためにあの十字架に架かってくださり、ご自身の平和・平安を私に与え、平和の器としてこの私を具体的に用いてくださるのです。

 このキリストの和解、主の平和に与った者たちが、無数に、現実の困難さの中にあっても、諦めること無く、二千年に渡ってその力を証し続けて来ました。私は特に一人の宣教師のことを想起します。20097月9日、米国オハイオ州で、西教区と関わりの深かったロバート・カニングハム宣教師が膵臓ガンのため、ご家族の見守る中、静かにこの地上での82年間のご生涯を終えて天に召されました。私はカニンハム先生の松山教会や広島教会でのお働きを思い起こします。益田教会でも働かれています。カニングハム先生は戦後すぐに駐留軍としてヒロシマに入り、そこで目にした悲惨な現実を知って、原爆を投下した米国人として深いざんげの思いをもって、帰国後に神学校に学び、宣教師となられました。18歳の頃です。そして生涯のすべてを日本のため、キリストのために捧げられたのです。カニンハム先生は、1985年、当時福山教会の牧師であった松木傑先生と共に、被爆者を米国に派遣し、全米で証言をするという旅を実施されました。2005年の暑い夏でしたが、当時私の牧していた東京の教会でもキリストの平和について説教を語ってくださいました。

 暴力と憎悪が圧倒的な力をもって支配しているように見えるこの世界の中で平和を実現するということは、簡単なことではありません。戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」。これはユネスコ憲章(1946年)の言葉です。「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です」。これは1981225日にヒロシマでなされた、やはりポーランド人の教皇、ヨハネ・パウロ2世のヒロシマ平和アピールの最初の言葉です。ヨハネ・パウロ2世は「空飛ぶ教皇」と呼ばれ、世界中に足を運んで平和のために尽力した人でもありました。また、インドのコルカタで貧しい人の中でも最も貧しい人たちのために尽くしたマザーテレサが1979年にノーベル平和賞を受賞したことはよく知られています。マザーは言いました。「愛の反対は憎しみではなく、無関心なのです」と。愛の喜びを知る人は、同時に愛の乏しいこの世の現実の哀しみを知る人でもあります。愛の乏しい現実の世界の中でキリストは愛を実現してゆこうとされました。十字架とはそのような真実の愛のシンボルです。そして今、私たちがキリスト者として立てられているということは、神の愛を実現してゆくために立てられているのです。それは私たち人間の力でできることではありません。キリストの愛の力が私たちを捉え、私たちを変え、私たちを押し出してゆくときに実現してゆくのです。しかしそれはまた、人間の力なしにできることではありません。キリストがその愛を実現するための手足として私たちを用いてくださいます。ミカ書が預言するように、この地上の人間の現実の世界の中で具体的に「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」ために私たちは用いられてゆくのです。

キリストの愛の自覚

 互いに愛し合うことの中にこそ、生きることの本当の喜びがある。愛の喜びこそが真に価値あることです。そして、聖書は私たちに真実の愛がどこにあるかということを明確に示してくれています。それは他のどこよりも明確に、あのキリストの十字架において示されているのです。神はその独り子を賜るほどにこの世を愛してくださった。それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである(ヨハネ3:16)。このキリストの十字架の愛が私たちを捉えて放さないのです。十字架を見上げる時、向こう側から私たちには "I love you." という神さまの声が聞こえてくる。そのような声を聴くことができる者は幸いであります。「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」。この神の愛の自覚こそが私たちを造り変えてゆくのです。

 今朝も私たちは聖餐式に招かれています。「これはあなたのために与えるわたしの身体。これはあなたの罪の赦しのために流すわたしの血における新しい契約」。十字架に架かられる前日に弟子たちにパンとブドウ酒を分かたれたイエス・キリスト。このお方に今日も私たちは招かれています。「わたしの愛にとどまりなさい。」「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい今もこの地上において、イエスは私たちを用いてご自身の愛の御業を実現されようとしています。そのことを覚えてご一緒に聖餐式に与ってまいりましょう。キリストこそ私たちの平和です。お一人おひとりの上に主の祝福が豊かにありますように。 アーメン。


(付記)平和を求める祈り(アッシジのフランシスコ) 

神よ、わたしをあなたの平和の道具として用いてください。

憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように

いさかいあるところに、赦しを

分裂のあるところに、一致を

迷いのあるところに、信仰を

誤りのあるところに、真理を

絶望のあるところに、希望を

悲しみあるところに、よろこびを

闇のあるところに、光をもたらすことができますように、

助け、導いてください。

神よ、わたしに

 慰められることよりも、慰めることを

 理解されることよりも、理解することを

 愛されることよりも、愛することを 望ませてください。

自分を捨てて、初めて自分を見出し

ゆるしてこそ、ゆるされ

死ぬことによってのみ、永遠の生命によみがえることを

深く悟らせてください。  アーメン。

 

2017年7月30日(日)聖霊降臨後第8主日礼拝説教「彼岸と此岸」

2017730日(日)聖霊降臨後第8主日礼拝説教「彼岸と此岸」大柴譲治

マタイによる福音書 13:31〜33,44〜52

「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」(14:44

 

天国の譬え

 本日は五つの「天の国の譬え」が告げられています。①「からし種の譬え」、②「パン種の譬え」、③「畑に隠された宝の譬え」、④「高価な真珠の譬え」、⑤「大量の魚の譬え」の五つです。先週の「毒麦の譬え」も天国の譬えの一つでしたし、13章の最初に出てくる「種を蒔く人の譬え」もやはりその一つですから、イエスが様々な場所で語られた天国についての譬えをマタイはこの13章に並べて配置したと考えられましょう。

 ちなみに「天の国」とはマタイがとりわけ好んで用いる表現で、マタイ福音書には33回も用いられていますが、他の福音書には一度も出てきません。「神の国」という語は、マタイに5回、マルコに14回、ルカ24回、ヨハネに2回出てきます。「天の国」とは「神の国」と同じ意味です。「国」と訳されている語は「バシレイア」というギリシャ語で、それは空間的な「領土」というよりもむしろ「支配」とか「統治」という「関係」を意味する語で、「天(神)の国」とは「天(神)のご支配」「天(神)の統治」という意味になります。

 「天国」と聞くとどこかでそれは私たちが将来「死後に入ってゆく国」という意味で受け止めているかもしれませんが、実はそうではありません。日本では「彼岸と此岸」という表現がありますが、「天国」とは三途の川の「向こう岸」にある「彼岸」ではない。今ここでの「神の統治」を言っているのです。その証拠にイエスの語る天国の譬えはこの地上での出来事が天上での出来事とつながっていて、それらが重なっていることが分かります。①「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる」という「からし種の譬え」も、②「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる」という「パン種の譬え」も、この地上において天国とつながって生きる時に、その人の人生は豊かな祝福と喜びに満ちた生になるということなのです。いつかどこか、遠い所においてそうなるというのではない。「今ここ」で、私たちが神のご支配の下に生きる時、私たちはそこから大きな祝福に与ることができるというのです。パウロはフィリピ3:20でそれを別な言い方で伝えています。「わたしたちの本国は天にある」(国籍は天にあり)」と。そう告げることで彼は私たちが「いつどこにおいても」、つまり「今ここで」、インマヌエルの神との揺るがぬ「我と汝」という応答関係の中に生きていると語っているのです。

 そうです。三つ目の譬え(③)にあるように「畑」「宝」は隠されています。ここで「畑」とは「この世界」「私たちの日常生活のこと」で、そこに貴い「神の宝」が隠されている。「見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う」ほどの宝です。四つ目の④「高価な真珠の譬え」も同様です。「商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う」。それらは、それまでの自分の持ち物すべてを売り払っても余りあるほど価値あるものなのです。その真珠を発見した者は、そのすばらしさのゆえにそれまでとは全く異なる新しい生き方に変えられてゆくのです。ここで私は、生活費のすべてであるレプタ銅貨二つを神殿に捧げたあの一人の貧しいやもめのことを思い起こします(マルコ12:42、ルカ21:2)。イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。『はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである』」(マルコ12:41-44)。彼女の行為は、自暴自棄の自殺的な行為ではありませんでした。むしろ逆です。畑に隠された宝を見つけた者や高価な真珠を見つけた商人同様に、喜びと感謝に満たされた行為、神の恵みに対する信仰による応答の行為であったはずだからです。江口再起先生の表現を借りれば、「神の恩寵義認」に対する「感謝の応答の行為」ということになりましょう。

 

私たちにとっての「宝」とは何か

 ある先輩牧師がこう言いました。「私たちの時間とお金は自分の心のあるところにしか向かわない」と。確かにその通りです。自分の心があるところにしか時間とお金は向かわないのです。先週の女性会である方が「いのちとは生きられる時間である」という日野原重明先生の言葉をシェアしてくださいましたが、これまた真実な言葉です。私たちが「一番大切にしているものが何か」は、私たちが一番お金と時間とエネルギーをかけているところに実は明らかです。美味しいものを食べることを大切にしていれば食費にお金がかかりますし、子供の教育を大切にしていれば教育費にお金がかかるでしょう。旅行が好きであれば旅費に、友だちと楽しむためには交際費に、趣味を大切にしていれば趣味の費用にお金がかかりますし、同時に時間とエネルギーをそこに使うことになります。大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団がこの教会で毎週練習し、毎月マンスリーコンサートを行っています。最近すばらしい讃美歌CDを出されました。彼らにとってはその活動の中に自分たちの宝を持っているのだと思います。皆さん自分の仕事をしながらの音楽活動ですので、彼らの合唱に対するその熱意と献身性には身近にいて本当に頭が下がります。中には名古屋で医師をしながらも毎週大阪まで通ってこられる方もおられるくらいです。そのように私たちの宝は一人ひとり異なりますが、それは各自にとって「生きがい」という大切な役割を果たしています。自分が時間とお金を何に使っているかを振り返ってみれば、自分の心が何に向かっているか、自分が何を宝物にしているかが分かります。私などは本が好きで書物と勉強に時間とお金とをかなり使ってきたと思います。自分では牧師として説教準備のために必要と思っていますが、もしかすると自己満足なのかも知れません。やがて神が明らかにしてくださることでしょう。

 

大いなる救いの喜びの中で、「彼岸」と「此岸」とを同時に生きる

 本日与えられた福音書のみ言葉が「天の国の譬え」であったという点に再度戻りたいと思います。①「からし種」②「パン種」の譬えは、天とつながることが私たちの予想を遥に超えた巨大な喜びに膨らんでゆくことを示していました。③「畑に隠された宝」「高価な真珠」の譬えは、それが得難く何ものにも代えがたい高価な宝であるということ、それを手に入れずにはおれないほどのものであるということが示されていました。⑤「大漁の譬え」は、先週の「毒麦の譬え」同様、よい魚と悪い魚をより分ける時が来るので「最後の審判」のために備えるよう私たちに促しています。「また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」(47-50節)。私たちにはドキッとするほど鋭い言葉です。

 私たちの目の前に「喜びに満ちたいのち」「苦しみに満ちたいのち」が置かれているとすれば、もちろん私たちは前者を選びたいと思います。そのためにも、どこか遠い未来のことではなく、今ここでの、神としっかりとつながった、生き生きとした信仰の生活が求められるゆえんです。「天の国に生きる」とは「今ここ」での「神のご支配/統治の下に生きること」を意味するからです。「彼岸」(向こう側)「此岸」(こちら側)とを分けるのではなく、「今ここ」というこの「此岸」において「彼岸」(天の国)と一つに繋がった生き方をするよう求められています。彼岸と此岸とを、天上と地上とを同時に生きるのです。イエスはこの地上においても天の父に対して「アッバ(お父ちゃん)」と親しく呼びかけつつ、父の御心に徹底して服従する生き方を貫き、十字架の死に至るまで従順に歩まれました。「国籍は天にあり」です。私たちは今ここで、信仰者として、神とつながりながら、天上と地上との二重国籍を生きる。そこには、レプトン銅貨二つを惜しみなく捧げた一人の女性がその悲しみ多い人生の中で深い慰めと喜びとを深く味わうことができたのと同様、私たちの思いを遙かに超えた大きな慰めと喜びと祝福とがイエスによって約束されているのです。お一人おひとりの上に神さまの豊かな守りと導きと祝福とをお祈りいたします。 アーメン。

2017年7月29日 (土)

2017年7月23日(日)聖霊降臨後第7主日礼拝説教「毒麦はどこから?」

2017723日(日)聖霊降臨後第7主日礼拝 説教「毒麦はどこから?」   大柴 譲治

マタイによる福音書 13:24〜30,36〜43

「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、『まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい』と、刈り取る者に言いつけよう。」(30節)

 

毒麦のたとえ〜最後の審判

 本日の「毒麦のたとえ」はイエス自身が弟子たちに請われて説明していますので(37節〜43節)、分かり易い話であると思います。しかしそこには「刈り入れ時の麦と毒麦の選別」即ち「世の終わりの裁き/最後の審判」についての厳しい言葉が含まれていて、弟子たちもどのように理解すればよいか戸惑ったのでしょう。「良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。人の子(キリストご自身)は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

 このような言葉を聞くと私たちは身も心もすくんでしまうような恐ろしい気持ちになります。なぜかというと私たちの中には、「自分は毒麦なのではないか。終わりの日には泣きわめいて歯ぎしりする以外にはない救いようのない者なのではないか」という気持ちがどこか心の奥底に潜んでいるからでありましょう。この毒麦のたとえは私たち自身のアイデンティティー(自己同一性・自分が自分であることの本質)を問うたとえなのだと思います。

 

「ホモ・パティエンス(苦しむ人間)」(ヴィクトル・フランクル)

 私はティーンエイジの頃、中学、高校、大学時代ですが、自分自身の罪の問題と格闘して苦しみ続けた時期がありました。牧師の子供として生まれ、教会の中で育った私にはその苦しみを語り合う友がいませんでした。第二反抗期とも重なり、信頼すべき大人とも出会うこともなく、自分自身に対しても厳しく糾弾するような気持ちでいたのだと思います。自己の多重人格性と偽善性に苦しみ、「(自己の)存在自体が悪にしか過ぎない」とつぶやいていたように思います。生の意味がどこにも確認できずに、どうすれば自分自身を統合できるかを求めて苦しんだ時期でもありました。何と孤独で暗い青春時代だったかと思います。出口のないトンネルに入ったような気持ちでした。もちろん、青少年の時代は自分が何者であるかというアイデンティティを問う時期でもありますから、誰しもがそのような苦しい模索の時代を多かれ少なかれ体験していたのでしょう。大学に入って、様々な出会いを通してやっと自身の道を見出してゆくことができたのだと思っています。あの時期に再度戻りたいとは思いませんが、しかし、そのような苦しかった「アイデンティティの危機(クライシス)」時代があったからこそ、今の自分があるのだとも思っています。苦しむことを通してこそ見出すことができた次元があったのです。人間のことを「ホモ・サピエンス(「賢い人間」の意)」と呼びますが、それをもじってユダヤ人精神科医であったヴィクトル・フランクル(1905-1997。自らのアウシュビッツ体験を『夜と霧』で報告する)は人間を「ホモ・パティエンス(苦しむ人間)」と呼びました。歳を重ねる中で私たちの課題となってゆくことは、人生をどうまとめてゆくかということであり、「統合」ということです。

 

日野原重明先生の召天に思う

 718日(火)に聖路加国際病院理事長であり、私が関わっている上智大学グリーフケア研究所名誉所長でもあった日野原重明先生(1911-2017)が、105歳の地上でのご生涯を終えて天へと帰られました。先生の御尊父は日本基督教団の牧師でした。京都帝国大学の医学部を卒業して医師となり、1941年から聖路加で働き始められます。1970年にはよど号ハイジャック事件に遭遇して死を覚悟(58歳)。この事件が転機となります。帰国した先生は、「これからの自分の人生は与えられたものだから、人のためにこのいのちを提供しよう」と夫婦で約束するのです。「自分の寿命のことも忘れて生活するようになると、不思議に今のように長生きすることになりました」(『メメントモリ(死を想え)〜死を見つめ、今を生きる』(海竜社、2009p89)。

 日野原先生の働きは多岐に亘っています。予防医学としての人間ドックを定着させ、「成人病」を「生活習慣病」という呼び方に変えるよう国に働きかけ、生活習慣を改めることの重要性を繰り返し語ってこられました。また、自らもホスピスを造って終末期医療やホスピスケア、スピリチュアルケアの重要性を説いてきたのです。高齢者たちが生き生きと生きることができるように「百歳は次のスタートライン」などと言いながら「新老人運動」を展開してこられました。いくつになっても旺盛な好奇心に満ち、何と88歳で乗馬を始められたということも驚きでした。病院の管理者としても優れた手腕をお持ちでした。聖路加国際病院を大規模災害や事故に対処できるよう建て直し、幅広く取ったロビーや廊下では最初の応急処置や治療・手術ができるように酸素吸入器や医療機材を壁に配置してあったのです。実際に1995年の地下鉄サリン事件の際には多くの方が聖路加に運び込まれ、自ら陣頭指揮を取った病院長としての日野原先生の姿がテレビに映し出されていました。また、という書物には、日野原先生は生涯で3200もの医学論文を書いてきたとあって本当に驚かされました(80年で平均すると毎年40本!)。超人的な働きです。著作もインターネット書店のAmazonで検索すると864件がヒットしました。これまた驚くべき冊数です。私は日野原先生の姿を思う時、サムエル・ウルマンの「青春という名の詩」を思い起こします。「人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」

 それだけではありません。日野原先生のすごさは、105歳の最後まで現役の内科医として働かれたという点にもありますが、朝日新聞の夕刊に定期的に連載されていたように、聖書やキリスト教の用語を用いずに、「神を愛し、自らを愛し、隣人を愛する」ことの大切さを誰にでも分かるように語ってこられたところにあると私は思っています。たとえば、グリーフケアに関して日野原先生は「か・え・な・い・心」の大切さを語られました。「①かざらず(正直・率直に)、②えらぶらず(上から目線ではなく)、③なぐさめず(深い沈黙の中で相手の悲しみを受け止め)、④いっしょにいる」姿勢をもって向かい合う相手に寄り添ってゆく。これまた実に味わい深い教えです。長く患者に寄り添ってこられた医師出あればこそ語る事ができる長老の智恵であると思います。

 

毒麦はどこから?

 イエスの毒麦のたとえに戻りましょう。現実の私たち人間の心の中には麦と共に毒麦も存在している。麦と毒麦がまぜこぜになっている。私たちは光と闇の両面を抱えていて、それを統合することができずに苦しみます。イエスは言います、「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」。その両方をそのままにしておくのです。その中でイエスに従うことを求めておられるのです。影の部分、毒麦のような部分を持ちながらも、それがどこから来たのか分からないでいたとしても、私たちはそれらを抱えたまま精一杯、自分に与えられたいのちを輝かしてゆくことができる。そのことを105歳まで貫かれた一人のキリスト者医師・日野原重明先生の生と死は証ししているように思います。たとえ現実には私たちの内外に数多くの毒麦があったとしても、私たちは神とつながり続けることを通して、正しい生き方を神の恩寵の中で味わい楽しみながら歩むことができるのです。

 これも日野原先生の言葉です。「臨終にあたり、『生きてきてよかった。今まで本当に感謝します。』と、家族や友人に別れの言葉を述べて亡くなった患者さんを、私は何人も看取ってきました。苦しい中でも、不安の中にあっても、『与えられたいのちに感謝する』と最後に言える人こそ、最高の死に方をされた人だと思います」(『メメントモリ』、p13)。私たちが内に弱さや罪や毒麦を抱えていたとしても、あの十字架の上に私たちを贖い、神と自己と隣人との三つの次元において私たちに和解をもたらしてくださった主イエス・キリスト。死してよみがえることを通して私たちのために永遠のいのちに至る門を開いてくださったキリスト。このお方が刈り入れの時にも責任をもって必ず私たちに関わって下さるのです。「罪人の頭のような私がもし天国に入れないとすれば、それはキリストの沽券(こけん/面目)にかかわります」(日基教団の総会議長をされた鈴木正久牧師の説教より)。

 このお方に信頼し、すべてを委ね、与えられたいのちに感謝しつつ、この新しい一週間もご一緒に踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に神さまの豊かな守りと導きと祝福とがあるようにお祈りいたします。アーメン。

2017年7月15日 (土)

2017年7月9日(日)聖霊降臨後第5主日礼拝説教「重荷を負う者を招く主」

201779日(日)聖霊降臨後第5主日礼拝説教「重荷を負う者を招く主」  大柴 譲治

マタイによる福音書 11:16〜19,25〜30  (第一日課:ゼカリヤ書9:9〜12)

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。(28-30節)

 

重荷を負う者を招く主

 本日の福音書には聖書の中でも一番よく知られているイエスのみ言葉が記されています。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。これは、私自身も毎週の礼拝の聖餐式の最初の部分で招きの言葉として語っている言葉でもありますし、大阪教会の新しい案内リーフレットでもど真ん中に書かれている言葉です。これまでどれほど多くの人々がこの招きの言葉から深い慰めを受けてきたことであろうかと思わされるのです。
 私たちはイエスの声に繰り返し耳を傾け続けることが大切なのだと思います。イエスの招きの声が聞こえてくるように耳を澄ませるのです。
「すべて重荷を負って苦労している者は、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」。このような主の招きの言葉は、味わい知れば知るほど、信じる者たちの拠って立つ足場を支え、信仰者たちに「休み」と「安らぎ」を与えてくれていることが分かります。

 

イエスの「柔和と謙遜」、そして「軛」の意味

 この部分の意味を少し解説しておきたいと思います。イエスはご自身を「柔和で謙遜な者」と呼んでおられます。これは本日の第一日課ゼカリア書9章の預言の成就にも関わる表現なのですが、イエスのエルサレム入城の場面を思い起こしていただければよいでしょう(マタイでしたら21:1-11です)。力を象徴する軍馬ではなく、柔和と謙遜さを象徴するロバの子、チイロバに乗ってイエスは神の都エルサレムに入城されました。「ホサナ(今、救ってください)」と叫んで棕櫚の葉や衣を道に敷くイスラエルの人々の熱狂的な叫びの中でただ黙って神の平和の都に入場してゆかれたのです。何がそこで起こるのかを明確に意識しながら。イエスは神が備えた救いの玉座に着き、王の冠をいただくために。その玉座とはゴルゴダの十字架でしたし、その王冠は茨の冠でした。イエスはチイロバに乗ってエルサレムに入城してゆかれるのです。高きに上ってゆくのではなく、低きに、最も低いところに降ってゆかれたのです。人々に軽蔑され、見捨てられ、苦しめられ、十字架を背負わされて、殺されてゆくために。しかしその傷によって私たちの罪は赦され、私たちには癒やしが与えられたのでした。そのことは「苦難の僕」としてイザヤ書53章に預言されていたとおりです。「わたしは柔和で謙遜な者であるから」というイエスの言葉は、私たちのために十字架に架かってくださったイエスの「柔和と謙遜」を表しています。

 「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい」とは何を意味するか。「軛」というのは、私は実際に見たことはないのですが、農作業などで二頭の牛や馬、ロバ等を並べ、その二頭の首にかけて鋤や鍬、荷物などを引くための道具です。「キリストの軛」とは、私たちが背負っている重荷をイエスが私たちの隣に並んで、肩を貸してくださり(あるいは肩代わりし)、一緒に背負ってくださるということです。ちょうど「キレネ人シモン」がイエスの十字架を肩代わりして背負ったように(マタイ27:32)、イエスは私たちの十字架を共に重たい軛として負って背負ってくださるというのです。もっともシモンの場合にはたまたまエルサレムに巡礼に来ていたのでしょう、倒れたイエスの代わりにローマの兵卒たちに無理矢理にその十字架を背負わされたのですが、イエスは自ら進んで私たちの十字架を背負ってくださいました。そのことを通してシモンはやがて初代教会のメンバーになっていったと伝えられています。マルコ15:21「アレクサンドロスとルフォスの父」とありますので、彼らは初代教会ではよく知られていたのでしょう

 そしてイエスは言われました。「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」と。「安らぎを得られる」というところには原語では「あなたがたの魂(プシュケー)において」という語が付されています。キリストの軛を負うことで私たちは魂に安らぎを得ることができるのです。「わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽い」という言葉は、キリストの軛が首にピッタリとフィットしてその重荷を軽くするような、私たち自身のために作られたようなオーダーメイドの軛であるということを意味しているように思われます。私の重荷(それは一人ひとりにとって異なる重荷でありましょうが)である「私の十字架」を負うためにイエスは私の隣に並んで立ち、その軛を背負って下さるというのです。だから私たちの重荷は軽くなり、担いやすくなるのです。「すべて重荷を負う者はわたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」という主の招きの言葉は、私たちにそのようなかたちで重荷を共に担ってくださる主イエス・キリストの姿を提示しています。「わたしがあなたと共にあって、あなたの重荷を共に担う。だから安心しなさい。わたしはあなたを決して見捨てない」。そのように言ってくださるお方がいる。私たちが人生の中でこのお方に出会う時、キレネ人シモンの生涯が、十字架を背負うキリストとの出会いによってそれ以降劇的に変えられたように、私たちの人生も変えられて行くのだと思うのです。

 

「重荷を背負う」ということ

 私は牧師として様々な場面に関わらせて頂きます。特にグリーフケア、私たちの心の深い所にある悲しみや怒り、それは魂の悲しみであり、魂の怒りと呼んでもよいかも知れませんが、それをどのようにして私たちは担ってゆくことができるのか、それらを統べてゆくことができるのかということは具体的に大きな問題であると感じます。人生をまとめてゆこうとする時に、私たちは過去を振り返って顧みようとするのです。その際にグリーフ(悲嘆)やアンガー(怒り)をどう扱うか、とても難しい領域です。しかし生育歴やこれまでの人生の歩みを感情というものに焦点を当てながら振り返ることで、その時に未解決であった想い(重荷)を認め、それを誰か(イエス)と共に担ってゆくことが大切担ってゆくのだと思います。一人では重すぎて担えないことでも軛を共に負ってくれるような誰かと一緒であれば、担うことが出来る。

 アフリカの諺に「早く行きたいのであれば、一人で歩きなさい。遠くまで行きたいのであれば、誰かと一緒に歩きなさい」という言葉があることは以前にもご紹介しました。また、ドイツには「誰かと分かち合えば、悲しみは半分、喜びは倍になる」という言い方があるそうです。私たちは独りではないのです。一人で生まれて、一人で死んでゆくように感じるかもしれません。しかし独りではない。多くの方々との出会いと絆、繫がりの中に置かれているのです。先週の水曜日にるうてるホームで大阪教会員の中山フサ姉が天に召されました。この9月に100歳をお迎えになるところでした。物静かで微笑みを浮かべられたそのお顔のまま、安らかに息を引き取られたのです。32年間もるうてるホームの入居者の一員として、シルバーコーラスやサークル活動を楽しみ、影となり日向となって、日曜日の礼拝や毎日の礼拝のご奉仕など心を込めて黙々とし続けられた方でした。620日に病院を退院された後は、「延命治療をせずに自宅で最後を迎える」というご本人の強い自覚と決意のもので「看取りのケア」が始まったのです。るうてるホームは創立52年が経ちますが、中山姉はケアハウスでの最初の「看取りのケア」のケースとなりました。るうてるホームはそのために各事業所各スタッフが力を合わせ祈りを合わせて受入体制を整えてこれに当たりました。ご高齢のためにご兄妹も既に他界されていて、ご葬儀にご遺族は一人も参列することはできませんでしたが、るうてるホームの職員や友人、大阪教会員など50人を越える参列者がありました。フサ姉のことを「わたしのお母さん」と呼んでいたケアハウスの中村部長が喪主の役割を務められました。別離の悲しみだけでなく、多くの人が祈りと力を合わせることで、本当に不思議な愛の御業が起こるということが私たちの目の前に明らかにされたのだと思います。文字通り「るうてるホーム」「ルーテルファミリー」「神の家族」としての印象深いご葬儀となりました。キリストによって私たちにこのような出会い、ご縁が与えられていることを幸いに思ったのは私一人ではなかったと思っています。英語では「理解する」という語は「下に立つunderstandと書きますが、イエスは私たちの苦しみや悲しみ、重荷を私たちより下に立つことを通して背負ってくださったのです。十字架と茨の冠はその柔和と謙遜を表しています。このお方に信頼して、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。祝福をお祈りいたします。

2017年7月 7日 (金)

2017年7月2日(日)聖霊降臨後第4主日礼拝説教「根拠のない自信〜ありのままを受容する祝福」

201772日(日)聖霊降臨後第4主日礼拝 説教「根拠のない自信〜ありのままを受容する祝福」 大柴譲治

マタイによる福音書 10:40〜42

 「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。」(40節)

 

相手をあるがままに受容するということ

 向かい合う相手のありのままを受け入れるということ、受容するということは決して容易なことではないと思います。私たちは皆自分の枠組みとか物差しを持っていて、相手がその枠組みにきちんと入っているかどうか、自分の物差しで測れるかどうかというその範囲内で人を受容しようとするからです。自分の枠組みに入りきらない人、自分の物差しで測れない人はある意味で私たちの理解を超えている存在でもありますから、相手をそのままで受容するということは難しいことと思われます。どちらかというとそういう人を私たちは敬遠したり排除したりしてしまいがちです。自分の持つ考え方や感じ方の枠組みを拡張してゆくことが求められています。その際には、相手を測ることで私たちは自分自身も同時に測られているのです。

 本日の福音書の日課でイエスは言っています。「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(マタイ1040-42「受け入れる」とはギリシア語で「デコマイ」、「レシーブする、受けとめる」という意味の語ですが、換言すれば「信じる」「信頼する」ということになりましょう。その対位語は「拒絶する」「認めない」「信頼しない」ということです。人生は出会いですから、信頼できる相手と出会えるかどうかは、私たちがこの世で意味ある人生を生きてゆくためにとても重要な事柄です。イエスは自分が出会う人々を愛し、受容してゆかれました。特に貧しい者、小さい者、重荷を負って苦しむ者たちに対して常に温かく優しい眼差しを注ぎます。イエスは「飼う者のない羊のように弱り果て、打ちひしがれている群集」を見て「深く憐れまれた」お方でした(マタイ9:36)。自らのはらわたがよじれるほどに彼らの苦しみや悲しみをイエスはご自身の中心で受け止められたのです。

 

ホンモノとの出会い 〜 感動体験を求めて

 私たち自身はどうでしょうか。相手を受け入れること、信頼することにおいては、私たち自身の中の価値観や枠組み、物差しが問われることになります。美しい花があっても、それを美しいと感じる心が私たちの中になければその花の美しさに気づくことはできず、花と出会うことはできません。まず私たちが自分の中の価値観や感受性、美しいと感じる心を培ってゆく必要があるのです。古典的な書物を読書するとか、優れた絵画や音楽、映像などの芸術作品に触れるとか、大自然の美に触れるとか、世界中を旅して人々との出会いをするとか、私たちには自分自身を豊かにしてゆくホンモノとの出会い、ホンモノの感動体験がどうしても必要になります。相田みつを氏に「一生燃焼、一生感動、一生不悟という言葉がありますが、ホンモノとの出会いが私たちの魂を感動させ、私たちの美的感性を覚醒させ、私たちの思考の枠組みや世界を把握してゆく思想の物差しを拡げてゆくのです。

 私たちは子どもの頃は毎朝目が覚めるのが楽しみであったように思います。今日はどんなワクワクする体験が待っているか起きるのが楽しみでした。夏休みなどは特にそうでしたね。いつの頃からでしょうか、日々が色あせ、感動するということが少なくなってきたのは。成長するということは感動体験が乏しくなるということなのでしょうか。否、決してそうではありません。歳を取っても豊かな感性をもって輝いて生きている人々は私たちの周囲に大勢おられるからです。そのような人に共通しているものは何か。それは「根拠のない自信」であると私は思います。

 

「根拠のない自信」

 3年ほど前に放映された朝のNHKテレビ小説の『花子とアン』の中である時に「根拠のない自信」という言葉を耳にしました。それは『赤毛のアン』を訳したクリスチャンの翻訳者・村岡花子を主人公とするドラマでした。「根拠のない自信」とは、彼女の母校であった東洋英和女学院(花子の母校)で長く言い伝えられてきた表現のようです。一度私自身がそこでのクリスマス礼拝に招かれた時にも、あるお母さんから「私たちの子供は皆この学校が大好きなのです。この学校は子供たちの中にいっぱい愛を注ぐことを通して根拠のない自信を育ててくれたからです」という言葉を聞きました。そういえばルーテル神大にも東洋英和出身の学生がいて、彼女はいつも「自分には根拠のない自信があるのよ」と誇らしげに語っていたことを思い出します。東洋英和に限らず、学校や家庭というものは子供たちの中に「根拠のない自信」を育むという使命を持つものなのかもしれません。「根拠のない自信」を持つ者には「迷い」がありません。いや、たとえ「迷い」があったとしても、その「自信」のゆえに周囲を巻き込みながらも逆境を乗り越えてゆくことができるのだと思います。自分が愛されてきたことの中に育まれた「自尊感情」がその人の中にある「レジリエンス(回復力 復元力)」を支えているのです。いかにも逆境に強かった故小泉潤牧師の生き方をも思い起こします。ふだんの日常生活ではあまり見えてこないのですが、いざという時には私たちが持つ「根拠のない自信」が大きく事を左右するように思います。

 2011年の4月に、東日本大震災の直後でしたが、『こどもへのまなざし』で著名なクリスチャン児童精神科医の佐々木正美先生(川崎医大名誉教授)をむさしの教会にお招きしたことがありました。佐々木先生はその時に子供たちの内に「根拠のない自信」を育むことの大切さを語られたのです。そのために「子供たちに溢れるほどの愛情を注いで、大いに甘やかせてあげて欲しい」と言われました。人を愛するためにはまず自分が人に愛されるという体験がどうしても必要とであり、愛されることを通して子供たちの中に「根拠のない自信」が育まれてゆくのだと。そして先生は続けられました。「私たちは普通『根拠のある自信』を持っています。しかし『根拠のある自信』はその根拠が揺れ動くとガラガラと崩れてしまう。けれども『根拠のない自信』は根拠がないがゆえに決して揺れ動くことがないのです」。その実践に裏打ちされた温かい言葉は今でも私の中で一つの確かな声として響いています。(昨夜、佐々木先生は四日前の628日に81歳で天の召しを受けられたことをインターネットで通して知りました。合掌)

 「根拠のない自信」というのは逆説的な言い方ですが、そこにはやはり「根拠」があると私は思っています。そもそも「自信」とは「自分への信頼」を意味しますが、その「自信」の「根拠」は自分の「内」にはないのです。それは自分の「外」にあって、それが「外」から「私」を支えているということです。そこでの「自信」とは「自分を支えているものに対する信頼」という意味です。「根拠のない自信」とは、自らの外に自分を支える「確固とした足場・基盤」を持つということなのです。万物は揺らぐとも神からのI Love Youという言葉は永久に立つ。神の愛が私を捉え、決して離さない。自己を支える神の愛という足場を持つことができる者は幸いと言わねばなりません。

 

ありのままに相手を受容する者は天における「報い」(=大きな祝福)を得る

 イエスは言われました。「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである」。無条件にありのままの自己を神によって受容された体験を持つ者は、「根拠のない自信」をもって自分と向かい合う他者に接することができる。ありのままで他者を受容することができるのです。そのような者は天において大きな「報い」を約束されています。いや、そのような人は既にこの地上においても「報い」を受けているのだと思います。豊かに祝福されているからです。恵まれた出会い自体が神の祝福でありましょう。私たち自身もまたそのような出会いの祝福をもって互いに受容し、祝福し合うように招かれていると信じます。

 その独り子を賜るほど豊かに私たちに愛を注いで、私たちの中に「根拠のない自信」を育んでくださるお方(神)を見上げて、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に天からの豊かな守りと導きと祝福とがありますようにお祈りいたします。 アーメン。

2017年6月29日 (木)

2017年6月25日(日)聖霊降臨後第3主日礼拝説教「だから、恐れるな」

2017625日(日)聖霊降臨後第3主日礼拝説教「だから、恐れるな」 大柴 譲治

マタイによる福音書10:24〜39

「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」(28節)

 

迫害下にあった初代教会 〜 「人々を恐れてはならない」

 本日の福音書の日課にはイエスの四つの教えが並べられています。「迫害を予告する」「恐るべき者」「イエスの仲間であると言い表す」「平和でなく剣を」という四つの小見出しが着いています。イエスと出会い、イエスを主と信じ、イエスに従った初代教会の群れが厳しい迫害の中に置かれていたことを伝える箇所でもあります。初代教会の信者たちは、イエスの言葉を信じ、信仰を文字通り命がけで守り抜いていったのでした。本日はその中でも特に二番目の部分、26節から31節、「人々を恐れてはならない」に焦点を当ててみ言葉に聴いてまいりたいと思います。

 与えられたマタイ10:26-31をもう一度読んでおきましょう。ここでイエスは三度繰り返して「恐れるな」と命じています。①26節の「人々を恐れてはならない」、②28節前半の「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな」、③31節の「だから、恐れるな」の三回です。そして④28節の後半には「恐れなさい」と一度だけ命じられています。「むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」と告げられているのです。「あなたがたを迫害しようとする人間を恐れてはならない。本当に恐るべきお方はただお一人。魂も身体も地獄で滅ぼすことのおできになる方、即ち神を恐れなさい。まことの神があなたがたと共にあり、あなたがたを最後まで守り抜く」とイエスは告げておられるのです。

 この箇所を読むと私は即座にいくつかの聖句を思い起こします。たとえばヨハネ黙示録2章の、スミルナの教会に宛てた手紙の言葉を思い起こします。ヨハネ黙示録は初代教会が厳しい迫害下にある中で終りの日の預言として書かれました。そこにはこうあります。「あなたは受けようとしている苦難を決して恐れてはならない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう」(2:10)。また、マタイ5章にある山上の説教の冒頭部分にも次のようなイエスの言葉があります。「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」(マタイ5:10-12)。

 マタイが繰り返し強調した「インマヌエル(神がわれらと共におられる)」という事実は、私たちを支える根源的な事実という意味で私はそれを「原事実」と呼びたいのですが、迫害にある初代教会の信仰者たちを深く慰め、支え、希望を与えた言葉だったのでした。「福音」とは「喜びのおとずれ」であり、その基調音は「恐れやおののき」ではなく、どこまでも「喜び」だったのです。

 

「私たちの生存を脅かす敵」としての生と死

 私たちは自分が基本的には無力であり傷つきやすい儚い存在であることを知っています。「恐れ」ということを考える場合、様々な次元で捉えることが出来るでしょうが、私たちが何を恐れて生きているかといえば、基本的には自分が傷つくこと、傷つけられることであると言うことができましょう。生存が脅かされること、命を失うことを私たちは「生物」として本能的に恐れています。病気や事故、災害などで、健康を失うことを恐れています。私たちは「生命体」としてDNAレベルにおいてサバイバル、生き残るために全力を尽くすよう定められているからでしょう。

 私たち人間が「死への恐れ」と共に「生への恐れ」「生きることに対する恐れ」をも持っていると洞察したのはフロイトでした。この世界は弱肉強食の生存競争が支配していますが、明日がどうなるか分からないようなこの世の現実の中で生き延びてゆくということは確かに考えてみれば大きな恐怖でもあります。この世界には、人間の善意という次元もありますが、同時にそれよりもはるかに力強いようなかたちで悪意に満ちた次元が存在しています。最近インターネットを通してあるリサーチを読んだのですが、このインターネットの時代に一番拡散・拡大している言葉を調べてみると、それは「喜び」ではなく「怒り」に関する言葉だということでした。「怒り」が伝染病のように世界中に拡散しているように見えるというのです。確かにそうかもしれません。私自身は、私たち人間が持っている様々な感情には、良し悪しではなく、それぞれ生存のための大切な役割(意義)があるだろうと考えていますから、「怒り」には「怒り」の存在意味があり意義がある。それは私たちが「闘うべき敵と向かい合うための感情」です。自らの力をパワーアップするための感情です。「怒り」の感情が拡散しているということは、私たちがこれまで以上に自己防衛的になっているということを意味しましょうし、私たちの生存を脅かす見えない脅威に対する「不安と恐れ」が支配的になっているということがあるのだろうと思います。フロイトが言うように、私たちは心の奥底に「死への恐れ」と共に「生への恐れ」を持って生きています。より根源的な次元で私たちは、キルケゴールが正しく洞察したように、恐れとおののきの中に置かれているのです。

 

「だから、恐れるな」〜「明日世界が滅ぶとも、わたしは今日リンゴの木を植える」(ルター)

 本日イエスは告げています。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」「身体」が殺されることではなく「魂」が殺されることを恐れなさいとイエスは言うのです。身体が殺されても、魂は殺されないという死の次元がある。私たちの身体も魂も、生も死も、すべては神の御手のうちに置かれているのです。イエスは続けます。二羽の雀が一アサリオン1/16デナリオン。現在の貨幣価値から言えば500円ほどか)で売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」(29-31節)。髪の毛の数を含めて、天の父なる神は私たちのすべてを知っておられるのです。

 私たちは各自が置かれた場で、神からのコールに応じて、神を恐れ、神に畏敬の念を持ちながら、自分を捨て、自分自身の十字架を担ってキリストに従ってゆくことが求められています。生きることはなかなかしんどいことであり、思わぬ辛いこと、悲しいことや苦しいことがたくさん起こります。愛する者が病いに倒れ、看病の甲斐もなく若くして、幼い子ともたちを残して、無念の中に命を終えて行かなければならないということもありましょう。突然の事故や災害、テロや迫害の中で愛する者の命を奪われるということもありましょう。生きることは不条理に満ちています。

 そのような過酷なこの世の現実を前にして、私にはいつも思い起こすルターの言葉があります。それは「たとえ明日世界が滅ぶとも、今日わたしはリンゴの木を植える」という言葉です。もしかしたらこれはルターが語った真実の言葉ではないのかも知れません。どんなに調べても出典が分からないのです。しかし神のみ言に徹底して信頼し続けた宗教改革者マルティン・ルターの、大変にルターらしい言葉でもあると私は思っています。神を信じる信仰を与えられるということは、苦しまなくなることではありません。悲しまなくなることでもない。苦しみや悲しみや絶望は、この世の生を生きる限り依然として私たちを襲うことでしょう。しかし、そのような苦難の中で、私たちはキリストと共に生きるのです。十字架に死んで、死してよみがえられたお方と共にその重荷を担い続けるのです。この世の生は確かに恐れとおののきに満ちています。明日どうなるか分からないし、私自身も明日までの命かも知れない。しかし、たとえ明日世界が滅ぼうとも、自分が明日までの命であるとしても、私たちは知っているのです。本当の明日というものは、本当の希望というものは、永遠なる神の中にあるということを。「明日」とは漢字で「明るい日」と書きますが、本当の明るい明日は、たとえ世界が明日滅びようとも、その向こう側におられる神の中にあるのです。だからたとえ明日世界が終わろうとも、本当の明日に向かって、今日私たちは各自に神から与えられたリンゴの木を植えるという務めに従事することができるのです。神は世界の滅びを越えて、私たちをその永遠の救いの御業のために用いてくださるのです。ですから私たちは、どのような状況の中にあってもそれを恐れることなく、神のみを見上げ、神のみを畏れて、歩むことができる。なぜなら、「インマヌエル、神がキリストにおいてわれらと共にいます」からです。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。というイエスのみ言葉は、身体と魂を含め、私たちのいのちに責任を持って下さるお方に対する信頼がすべてであり、その幸いへと私たちを招いています。ただ神のみを見上げて、ご一緒に新しい一週間を踏み出してまいりましょう。お一人おひとりの上に上よりの豊かな守りと導きと祝福とがありますようにお祈りいたします。

2017年6月18日 (日)

2017年6月18日(日)聖霊降臨後第2主日礼拝説教「断腸の思い」

2017618日(日)聖霊降臨後第2主日礼拝 説教「断腸の思い」     大柴 譲治

マタイによる福音書 9:3510:8

35 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。 36 また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた37 そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。 38 だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

 

「イエス断腸」

 本日から教会暦では「聖霊降臨後の主日」が始まりました。典礼色は神の栄光を表す「白」(昇天主日)→聖霊の炎の色である「赤」(聖霊降臨日)→「白」(三位一体主日)とこの三週間で毎週目まぐるしく変わりましたが、本日からは信仰の成長を表す「緑」。主イエスの教えに焦点を当ててみ言葉に聴いてゆく教会歴の後半が始まりました。今年はマタイ福音書を中心にみ言葉に聴いてゆく一年です。本日の福音の日課としては9章の終わりと10章の最初の部分が与えられています。そこには、イエスが町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いを癒したとあります。それは、「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている群衆」に対しての「深い憐れみの御業」であったと記されている。主は常にそのように私たちに関わって下さるのです。

 佐藤研訳の聖書(『新約聖書翻訳委員会訳』、岩波書店、1995)によると、マタイ9:35-38には「イエス断腸」という小見出しが付いていて、36節はこうなっています。「さて、彼は群衆を見て、彼らに対して腸(はらわた)がちぎれる想いに駆られた。なぜならば、彼らは牧人のない羊のように疲れ果て、打ち捨てられていたからである。」これはなかなか味わい深い訳だと思います。実は「深い憐れみ」と訳されている言葉は「スプランクニゾマイ」というギリシャ語ですが、それは「内蔵、はらわた」を意味するのです。ですから「憐れみ」よりも「はらわたがちぎれる想い」「断腸の思い」という訳の方がふさわしいと思います。岩波訳では脚注でこう説明されています。「内蔵は人間の感情の座であると見なされていたため、同語は『憐れみ、愛』などの意に転化、それが動詞化した」

 カトリックの神父で聖書学者の雨宮慧先生はこの言葉を次のように説明しています。「聖書でのはらわたは愛情やあわれみの情がうごめく臓器です。はらわたが活気づけば喜びが心に生じますが、逆に狭くなったり閉じたりすれば同情を欠き、他人に無関心になります。わたしたちのはらわたは、狭くなったり閉じたりしますが、決してそうならないはらわたがあります。それは神やイエスのはらわたです。この動詞は新約聖書ではイエスに使われる場合がほとんどです。イエス以外に『あわれに思う』人物と言えば、たとえ話に登場する三人の人物、つまり一万タラントンの借金を帳消しにした『主人』と、『善いサマリア人』と、放蕩息子の『父親』です。これらの人物はいずれも神を表しているとも言えます。この動詞の用例が神やイエスに限定されるのは、理由のないことではありません。人間は同情しても事態を変えることはできませんが、神やイエスにはそれができます。ですから『あわれに思った』イエスは病を患っている人を清め、目の見えない人をいやし、やもめの一人息子をよみがえらせ、食べ物のない群衆のためにパンと魚を振る舞います。放蕩息子を『あわれに思う』父親は、息子として彼を受け入れ、新たな命を与えます。わたしたちが神のもとに戻るとき、神のはらわたは喜びにふるえ、わたしたちを子どもとして受け入れます。」(『小石のひびき』、女子パウロ会、1999

 

「我がはらわた痛む」(エレミヤ31:20

 『神の痛みの神学』で有名な熊本のルーテル教会出身の北森嘉蔵先生は、「我がはらわた痛む」(エレミヤ31:20というところからこの「神のはらわた痛む愛」「神の痛み」と表現しました。「愛(アガペー)」という語よりこの「はらわた痛むほどの深い憐れみ」という語の方が私たちにより直接的にインパクトをもって迫ってくるように感じます。私たちは心配事があるとよく胃が痛んだりお腹の調子が悪くなったりしますが、主の深い憐れみとは「はらわたが痛むほどの深い思い」であり「断腸の思い」なのです。イエスは「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている群衆」一人ひとりのことを、その「羊飼い」のように深く心に留め、その「はらわた」をもって受け止め顧みられたということを示しています。旧約聖書では神の憐れみ深いことを「ラハミーム」という語を用いていますが、それは「ラハム」(「子宮」)というヘブライ語の複数形です。「内蔵(はらわた)」「子宮」も私たちの身体の中心に、最も奥深いところにある臓器です。人々の苦しみや悲しみをイエスはご自身の存在の中心で受け止められ、慟哭されたのです。ゲッセマネの園でのイエスの苦しみもだえるように祈る姿はその最たるものでした。その深い憐れみのゆえにイエスは群衆に近づき、そのただ中で神の国の福音を宣べ伝え、人々の病いや煩いを癒されました。神はイエスを通して、マタイ福音書が強調する言葉を使うならば「インマヌエル」、「いつどこででも、世の終わりまで、神は私たちと共におられる」という神の恵みの事実を宣言したのでした。

 イエスはそこで弟子たちに言われます。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(37b-38節)。天の父なる神がその豊かな収穫のために働き人を起こし、派遣して下さるというのです。収穫の主である天の神に祈り求めることが私たちに求められています。

 マタイ10章ではイエスが十二人の弟子を呼び寄せ、「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすため」「汚れた霊に対する権能」をお授けになったことが、12弟子の名前と共に記されています。イエスも12弟子たちも、ユダヤ教のシナゴーグと呼ばれる「会堂で神の国の福音を宣教し」、②人々がそれによって苦しめられ、非人間化されている「ありとあらゆる病気や患いをいやす」という二つの主なる働きに携わっています。弟子たちもそのイエスの働きを継承するために立てられて派遣されてゆくのです。そして私たち自身もまた主の憐れみの働き人として立てられています。それは私たちが先ほど「特別の祈り」で祈った通りです。「全能の神、あなたは権威をもってみ国の到来を告げ、教えるために、み子を遣わされました。悩む人によい知らせを、悲しむ人に慰めを、囚われている人に自由を伝えるために、み霊の力を注いで下さい」。このような祈りを通して、神の聖霊が私たちを捉えて力を注ぎ、私たちをこの世界に派遣してゆかれるのです。「イエス断腸」の働きは今もこの地上に継続されています。

 

聖路加国際病院での臨床牧会訓練(CPE)での体験

 私がまだ神学生であった頃、1985年の秋のことでした。ルーテルの神学生たちは当時、聖公会神学院や日基教団の農村伝道神学校の神学生たちと共に、東京の築地にある聖公会の聖路加国際病院で三週間の「臨床牧会訓練(Clinical Pastoral Education/CPE)」と呼ばれる集中病院実習を受けることが定められていました。この「スプランクニゾマイ」という事に関して私には忘れられない一つのエピソードがあります。当時のチャプレンであった聖公会の井原泰男司祭がある時にこう言いました。「ボクは患者さんたちの話を聞いていて、患者さんが一番言いたいところになると胃がビクビクと動くんだよね」。私はその言葉に、えっ!? はらわたで相手の気持ちを受け取る? そんなことができるの?!」と驚きました。これこそ「スプランクニゾマイ」ではないですか。私にとってこれは一つの啓示とも言うべき出来事でした。それ以降、私は深いところでそこにこだわり続けてきました。私は牧師として様々な方の苦しみや悲しみの現実に立ち会うことが少なくありませんが、主イエスがはらわたがちぎれるほどに深い痛みをもって「牧人のない羊のように疲れ果て、打ち捨てられていた群衆を深く憐れんでくださったか」ということの意味をしばしば考えさせられます。その時に私は井原先生の「胃がビクビク動く」という言葉を必ず思い起こすのです。キリストが私たちの悲しみ、痛みをご自身の存在の中心(はらわた)でもって受け止め、共に背負ってくださる! だから私たちはそのお方にすべてを委ねてゆけばよいし、それだけでよいのです。人生の苦しみや悲しみの前で私たち人間は確かに無力です。ただ弱り果て、打ちひしがれて沈黙する以外にはない。そのような厳しい現実の中に私たちは置かれている。しかしそのような私たちの現実のただ中に主は近づいてこられ、真の羊飼い(飼い主)として立ち、ご自身の深い愛と憐れみとを豊かに注いで下さいます。インマヌエルの神が私たちと共にいてくださる。この溢れるほど強い主の憐れみの力が私たちを造り変えるのです。その憐れみと愛に触れた時、私たちは心の目が開かれ、新たに変えられてゆきます。そのようなお方の深い憐れみに思いを馳せながら、ご一緒に新しい一週間を踏み出してゆきたいと思います。お一人おひとりの上に祝福が豊かにありますように。アーメン。

2017年6月17日 (土)

2017年6月11日(日)三位一体主日礼拝説教「父、子、聖霊の神」

2017611日(日)三位一体主日礼拝 説教「父、子、聖霊の神」  大柴 譲治

創世記 1:3

神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

 

マタイによる福音書 28:10〜20

18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

 

三位一体主日にあたって

 本日は教会暦では「三位一体主日」。私たちは先週「聖霊降臨日(ペンテコステ)」を守りましたが、ペンテコステの次の日曜日は毎年「三位一体主日」として守られます。その名称が示しているとおり、本日は「三位一体」というキリスト教の教理について覚える主日であり、一年に52週ある日曜日の中で唯一、キリスト教の教理について覚える日なのです。典礼色は神の栄光を顕す「白」。先週は聖霊の命を表す「赤」が用いられました。来週からの約半年間は「聖霊降臨後の主日」として、典礼色は信仰の成長を意味する「緑」が用いられてゆきます。クリスマスの四週間前のアドベント(待降節)から始まった教会暦は、その前半は「アドベント」→「クリスマス」→「顕現日」→「四旬節(レント)」→「受難週・受苦日」→「復活日(イースター)」→「主の昇天日」→「聖霊降臨日(ペンテコステ)」「キリストの生涯」について学びを深めてきましたが、本日の三位一体主日を境として今度は「キリストの教え」についてみ言葉に聴いてゆく日曜日が始まってゆくのです。キリストの教えに耳を傾けるためにも、父と子と聖霊なる三位一体の神について私たちが心に刻む主日が本日与えられています。父なる神、御子なる神、聖霊なる神がおられるけれども、神が三人おられるわけではない。神はただお一人で、その一人の神が三つのペルソナ(それは「仮面」という意味のラテン語ですが、位格・役割・姿をも意味します)を持って私たちにご自身を啓示されているのです。三つで一つ、一つで三つというのは私たち人間の理性的な理解を越えていますが、教会は私たちはこのように信じますと告白してきたのです。そして三位一体の神の聖名によって礼拝を招集し、三位一体の神の聖名において洗礼を施し、神の聖名によって主を信じる者たちを全世界に向かって派遣してきたのです。主日礼拝も「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉に始まり、「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉によって終わります。

 

復活の主の大宣教命令

 本日、三位一体主日に与えられている福音書の日課はマタイ28章の最後の部分で、復活のキリストによる「大宣教命令」と呼ばれる部分です。イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」(マタイ28:18-20

ここで復活の主は、「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」と告げておられます。マタイ福音書は、「インマヌエル(神われらと共にいます)」ということを福音書全体を通して繰り返し強調してきました。1章の終わりに天使がヨセフに夢の中で表れて次のように告げます。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」。そしてマタイはイザヤ書の預言(イザヤ7:14)を引用するのです。「このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(同22-23節)。その名はインマヌエル! 復活のキリストが弟子たちに「全世界に出て行って、父と子と聖霊のみ名によって洗礼を授けなさい」と命じた時にも、「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」と告げておられます。このインマヌエルという事実、「父と子と聖霊」という三位一体の神が世の終りまで私たちと常に共にいてくださるという神の恵みの事実は、私たちを支える根源的な事実(「原事実」)として、いついかなる時においても、またいついかなる場所においても、決して揺るぐことはないとマタイは宣言しています。私たちは「洗礼と聖餐」という「サクラメント」を通してその恵みを味わい続けることができるのです。神の恵みが私たちを捉えて離さないのだということを主は私たちが受け止め続けることができるように「サクラメント」(「聖礼典」とも「秘跡」とも呼ばれますが)を与えて下さいました。

 

「『光あれ。』こうして、光があった。」

 本日の第一日課は創世記の冒頭部分です。そこでは神が「光あれ」という第一声をもって天地創造を開始されたということが記されています。ここを読むたびに私はハッとさせられます。闇と混沌の中で神の声が最初に響き渡る。「光あれ!」「すると、光があった」「光あれ」という声、言葉によって私たちはそのイメージを心の中に点されます。何と言葉とは不思議なものでありましょう。「光」と告げられると私たちは「光」を意識し始める。バッハが作曲したカンタータの中に「目覚めよと呼ばわる者の声が聞こえ」というものがありますが、私たちがいつも目覚めるときには自らの意識がボンヤリと戻ります。それはちょうど向こう側から「目覚めよ」と呼びかけられるのと同じ状況です。意識しておりませんが、私たちは言葉を声として受け止めています。「声」は「言葉」を乗せる「器」であり「車」です。黙って一人で本を読んでいる時にも、沈思黙考している時にも、私たちの頭の中には声が響いています。「目が覚める」ということは、向こう側からの「起きよ」という声によって起こされるのと同じことなのです。バッハはそのことを正しく表現しました。「光あれ」という天からの声は私たちの眠っていた意識を呼び覚まし、光に向けて私たちを覚醒させてくれるのです。神の言、神の声にはそのような覚醒力、創造力が宿っています。その力にハッとするのです。宗教改革500年を記念するルターのバナーには「初めに言があった」というヨハネ福音書の言葉がありますが、聖書は私たちに呼びかけてくる太初の声の存在を告げています。この「声」の中に私たちを生かす希望の光がある。この光の中に私たちは創造され生かされている。神との人格的な呼応関係に生きるよう私たちが最初から造られていること、それを聖書は人間が「神のかたち」に造られていると告げているのです。

 

鈴木大拙のエピソード〜「無」の向こう側から屆けられるもの

 「向こう側から呼びかけてくる声」ということで私にはいつも思い起こすエピソードがあります。それは禅仏教の大家として世界的にも知られている鈴木大拙(だいせつ)のエピソードです。私は学生時代北陸の古都・金沢で過ごしました。金沢は「旧制四校」があったところで、『善の研究』でよく知られた哲学者の西田幾多郎と禅仏教学者の鈴木大拙が同じ年(1870年)に生まれ育った土地でもあります。後に神学生の時、三鷹のルーテル神学校で仏教とキリスト教についての講演会があり、鈴木大拙先生の高弟であった加藤智見というお坊さまから伺った話です。

 鈴木大拙は毎晩寝る時には枕元に電気スタンドと神と鉛筆を用意して寝たそうです。そして寝ていても何かがパッと閃くと、ガバッと起きてスタンドを点け、紙と鉛筆を取ってそこにサラサラと書き付けたのだそうです。書き終わるとまた電気を消して床につきました。そんなことが夜の間に何度かあって、朝になると枕元には文字が書かれた紙がたまっていて、それがそのまま印刷に回されて本として出版されていったのだそうです。そのことについて大拙はこう語られたと伺いました。「私は何もしていない。ただ向こう側から届くものを自分は書き留めているにすぎない」と。一度聞いたら忘れられないような羨ましくも印象的なエピソードです。しかし考えてみれば私たちも毎朝、目醒めよと呼ばわる者の声によって起きているという意味では、同じなのかもしれません。

 「光あれ」という声を闇の中に響かせることを通して三位一体の神はその創造のみ業を始められました。私たちもまた向こう側から響いてくるお方の声に耳を澄ませてゆきたいと思います。インマヌエル、神われらと共にいます!このお方に信頼して新しい一週間をも踏み出してゆきたいと思います。お一人おひとりの上に祝福をお祈りします。

2017年6月 8日 (木)

2017年6月4日(日)聖霊降臨日礼拝説教「聖霊の息吹き」

201764日(日)聖霊降臨日礼拝 説教 「聖霊の息吹き」      大柴 譲治

使徒言行録 2: 1〜21

1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4 すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(1-4節)

 

聖霊降臨日に起きた出来事

 本日は教会暦では「聖霊降臨日(ペンテコステ)」。教会暦では「復活日(イースター)」、「降誕日(クリスマス)」に次ぐ三大祝祭日の一つです。先週私たちは「主の昇天主日」を守りました。復活後40日に渡って復活した姿を弟子たちに示されたイエスが、弟子たちの見ている前で天に上げられた昇天の出来事を覚えたのです。それ以降、直接的にはイエスの姿は弟子たちの肉眼には見えなくなりました。そしてちょうど昇天から10日経った日、復活日から数えるとちょうど50日目の日曜日のことでした。弟子たちが一つのところに集まっていると聖霊降臨の出来事が起こります。「ペンテコステ」とはギリシア語で50を意味します。復活が日曜日に起こり、聖霊降臨日も日曜日に起こったので、それまではユダヤ教の「安息日(第七の日)」である「土曜日」に集っていたキリスト者たちは、週の終わりの日ではなくて週の初めの日である「日曜日」「主日」として礼拝を守るようになって行きます。

 そこで起こったことについてルカは次のように簡潔に告げています。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:1-4)。何度聞いてもとても不思議な光景です。神の聖霊そのものは、風が私たちの眼には見えないのと同様に、眼には見えないはずであるのに、ここでは「突風のような大音響」「炎のような舌」として描かれています。耳に聞こえ、肌に感じ、目に見えるかたちで記録されている。人間が五感を通して聖霊の存在を感じ取ることが出来るように描かれているのです。そしてそこで起こったことは、「一同が聖霊に満たされて、その神からのが語らせるままに、ほかの様々な国々の言葉で話し出した」ということでした。この出来事に大きな物音に集まってきたエルサレムにいた人々は驚きに満たされ、あっけにとられます。信じられないことにガリラヤ人(その多くは漁師でした)たちが「自分たちの生まれ故郷の言語」で話していたからです。それがどのような言語であったかもリアルに記されています。「人々は驚き怪しんで言った。『話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは』。人々は皆驚き、とまどい、『いったい、これはどういうことなのか』と互いに言った」。福音書記者ルカの文筆家としての無駄のない的確な筆致はさすがです。

 彼らは何を語り出したのか。それは一つの出来事でした。14節から以降に記録されているペトロの説教に明らかです。それは、旧約聖書ヨエル書(本日の第一日課)の預言の成就であり、神がイエス・キリストの救いの出来事であり、一言で言えば「イエス・キリストの福音」です。彼らは聖霊に満たされてキリストの福音を、それを聴く人々の魂に響く言葉、こころに届く言葉で語り始めたのです。「魂に響く」「こころに届く」という点が大切です。

 

「聖霊言行録(行伝)」としての「使徒言行録(行伝)」

 私が三鷹のルーテル神学校で学んでいた時、新約学教授の間垣洋助先生が『使徒言行録』(当時は口語訳聖書でしたので『使徒行伝』と呼んでいました)について授業で語られた言葉が今でも私の心に強く刻まれています。間垣先生はこう言われました。「ルカが記した『使徒行伝』には前半はペテロ、後半はパウロの働きが書かれています。しかしその真の主人公はペテロでもパウロでもありません。神の聖霊です。聖霊が彼らを捉えて使徒とし、福音宣教者として派遣していった。だから『使徒行伝』は『聖霊行伝』と呼ぶべき書物です。そして、『使徒行伝』は28章で終わっていますが、聖書は閉じられたかたちで完結しているわけではありません。その29章以降は、皆さん一人ひとりの人生を通して神の聖霊がそこに書き加えてゆくのです」と。確かにその通りです。神の聖霊は、聖霊降臨日以降、二千年に渡って人々の中にキリストの福音を信じる心を呼び覚ましてきました。そのことはキリスト教の歴史が証ししています。二千年続いた「カトリック教会」の歴史を見ても、500年続いた「宗教改革の教会/プロテスタント教会」の歴史を見ても、また百年続いたこの「ルーテル大阪教会」の歴史を見ても、さらには私たち自身の人生の歩みを見ても、そこには確かに聖霊が生きて働いてきたと申し上げることが出来ましょう。使徒言行録の29章以降が二千年に渡って書き続けられてきたし、今も書き続けられているし、今後も「終りの日」まで書き続けられてゆくのです。

 私は以前にどこかで「会社など人間が始めることは三世代、だいたい70年ぐらいの長さで終わってゆく」と聞いたことがあります。時代が変わってゆくということもあるのでしょうが、親が始めたことが子に受け継がれ、そして孫の時代まで続いて終了してゆくというのです。なるほどと思いました。しかしそのスパンから考えるとキリスト教会がしてきたことはすごいと思います。人知や人の力を越えている。そこには愛の聖霊が働いているとしか言うことができません。宗教に限らず、芸術や思想、文化なども、それが真実なものであれば残り続けてゆくのだと思います。

 

聖霊の息吹きに満たされて

 私たちが神の聖霊に満たされる時に何が起こるか。そこには、「特別の祈り」で祈ったように、言語や文化・習慣の違いや、歴史や思想的立場の違いを超えて、キリストの福音が全世界共通語として私たちの心を愛の中に一つに結び合わせてゆくということが起こります。ペンテコステに起こったことは、創世記12章にある「バベルの塔」と真逆の、正反対の出来亊でした。バベルの塔の出来事では、それまで人間が一つの言葉で話していた時代に、天にまで届くような塔を作ろうとした人間、神のようになろうとした人間が神の怒りに触れて言葉が通じなくなり、全地に散らされていったことが記録されています。言葉が乱されたというのは、互いに心が通じ合わなくなったということでしょう。それに対してペンテコステの出来事では、多くの言葉で語られたイエス・キリストの福音が、様々な違いを超えて、人々の心を結び合わせ、通わせて、一つの群れにしていったということです。

 昨夕この教会で「第11回のペンテコステ・ヴィジル」が行われました。「ヴィジル」というのは「前夕の祈り」と訳されますが、本来は「世を徹して行う徹夜祈祷」のことを意味します。カトリック教会、聖公会、ルーテル、日本基督教団や他の教派から90名ほどの参加がありました。11年前からこの大阪で始められたエキュメニカル(超教派的)な働きです。それは、目に見えるかたちで連帯と一致を目指す共同の働きであり、聖霊の働きでもありましょう。亡くなられた小泉潤牧師がよく語っておられたように、「弟子たちが一つに集まっていたところに聖霊が降る」のです。私たちが一つところに集まること、集められることこそ大切なのです。イエスが「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20と言われたように、私たちが毎週主日礼拝に集うのも、聖研や集会に集うのも、そこに神のいのちの息吹きが注がれ、主イエスが臨在しておられることを共に知ることができるからです。

 風そのものが眼には見えないように、聖霊そのものも私たちの眼には見えません。しかし、風が吹くと何かが動かされるのと同様に、神の聖霊(==息吹き)が吹くときにはそこで何かが動かされるのです。私たちの中の何かが、社会の中の何かが、世界の中の何かが愛なる神の聖霊の息吹きによって変えられてゆく。私たちのこころとこころ、魂と魂とが結び合わされ、互いに通い合うものとされて行く。ご一緒にその風にすべてを委ね、身を任せてゆきたいと思います。お一人おひとりの上に神の聖霊による豊かな祝福をお祈りいたします。アーメン。

«2017年5月28日(日)主の昇天主日礼拝説教「天からの祝福」