2018年5月22日 (火)

2018年5月19日(日) 聖霊降臨日 礼拝説教「真理の霊による弁護」

2018519日(日) 聖霊降臨祭 礼拝 説教「真理の霊による弁護」   大柴 譲治

    使徒言行録 2: 1〜21

1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(1-4節)

    ヨハネによる福音書 15:26〜27,16:4b〜15

わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者(ルター訳聖書では「慰め主」)、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。(26節)

 

ペンテコステの出来事〜「使徒行伝は聖霊行伝」(間垣洋助)

 本日は聖霊降臨日。復活から数えてちょうど50日目に聖霊降臨(「ペンテコステ」とはギリシャ語で50の意)の出来事が起こります。使徒言行録2章にこう記されています。五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした(2:1-4)。

 私は1986年に東京三鷹の日本ルーテル神学校を卒業して牧師となりました。最近、神学校時代の事をいろいろ思い起こします。その頃には分からなかったことが少しずつ分かってきたように感じるのです。当時新約学の教授であられた間垣洋助先生が授業の中で使徒行伝について次のように語って下さいました(まだ1987年に新共同訳聖書が出る前でしたので「使徒行伝」でした)。「新約聖書の『使徒行伝』は、その前半はペトロ、後半はパウロが主人公であるように見えます。しかしその本当の主人公は、ペトロでもパウロでもなく、彼らを捉えて使徒として立て、派遣した神の聖霊なのです。だからそれは『使徒行伝』と呼ばれるよりもむしろ『聖霊行伝』と呼ばれるべきものなのです。そしてその書物は28章で終わっているように見えるかも知れない。しかしそれはそこで閉ざされて終わっているのではなく、開かれたまま終わっているのであって、29章以降は神の聖霊が後に続く私たちキリスト者を通して書き加えられてゆくのです」。間垣先生の言われた通りであると思います。神の聖霊がキリスト教の二千年の歴史を通してこの地上に注がれ、キリスト者を動かしてその働きを継承してきたのです。私たちが今日、この聖霊降臨日の礼拝を守ることもまたこの『聖霊行伝』に一ページを加えるかたちになっていると信じます。

使徒言行録の最後は次のように記されています。パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた28:30-31)。間垣先生の言われた通り、いかにも「次に続くto be continuedという開かれた終わり方です。この「続き」は、神の聖霊が二千年に渡って人々の上に注がれ、人々を捉えて「使徒(働き人/信仰者/復活の証人)」として立て、福音宣教と神の国の実現のために世界へと派遣ゆくことを通して書き加えられていったのです。マタイ福音書の最後に復活の主は次のように弟子たちに命じています(それは「大宣教命令」とも呼ばれます)。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる28:18-20)。

 通常「風」自体は私たちの目に見えません。不可視です。しかし「風」が吹くときには何かが動かされます。落ち葉が舞ったり、旗や洗濯物がはためいたり、空を雲がたゆたっていったり、遠い山々の木々が揺れ動いたり、心地よい風を肌に感じたりします。何かが動かされる時、私たちはそこに風が吹いていることを知るのです。聖霊降臨の出来事の中では「突然、激しい風が吹いてくるような大きな音が天からして、・・・炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人ひとりの上にとどまった」とあり、目に見えるかたち、耳で聞こえるかたちにおいても「聖霊」が降ったことが証言されています。他にも、例えばイエスの受洗時などに「天が裂けて、聖霊がハトのように御自分に降ってくるのを御覧になった」(マルコ1:10)とあります。しかし通常は「聖霊」自体は「見えない風」のようなものでありましょう。それが働く時にはそこでは何かが動かされてゆく。何かが動く時、そこに私たち自身の生き方が目に見える形で変えられていったり、エマオ途上の二人の旅人のように私たちの心が静かに燃えていたことが後から分かったりする。聖霊が注がれる時、私たちの中で何かが変えられてゆくのです。それは、本日の第一日課のエゼキエル書37章に預言されているように、「枯れた骨」をもよみがえらせてゆくような神のいのちの力を持った「神の息吹き」であります。創世記27節には「主なる神は土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある通りです。

 

ペンテコステの出来事〜「バベルの塔の出来事」(創世記11章)の対極にある出来事

 聖霊の注ぎを受けた人々においては何が変えられたのでしょうか。すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだしたとあります(2:2)。不思議なことにそれまで習ったことのない様々な言語で突然語り始めたというのです。何をか。イエス・キリストの出来事、神の救いの出来事を語り始めたのです。

 このペンテコステの出来事は、創世記11章に出てくるバベルの塔の出来事に対応し、その対極にある出来事と位置付けられると私は考えています。そこでは人々は「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう」と考えました。人間がその分際を超えて「神」のようになろうとしたのです。しかしその結果は、相互に言葉が混乱して通じなくなり、人間には心が通い合うコミュニケーションができなくなっていったのです。「神のようになろうとした人間」は、相互に分断され孤立化し、心のつながりを断ち切られて、バラバラになってしまったのでした。ペンテコステに起こった出来事はその逆の出来事でした。相互にコミュニケーションができなかった者たちが、聖霊降臨を通して、様々な言語にもかかわらず、イエス・キリストにおいて一つに結びつけられたのです。

 

「弁護者」=「慰め主」(ルター)

 ヨハネ福音書では、イエスがその告別説教の中で「聖霊/真理の霊」のことを「弁護者(パラクレートス)」と呼んで、神から弁護者が派遣されるであろうことを弟子たちに約束しています。その原意は「パラ(傍らに、そばに)」「クレートス(呼ばれたもの)」という意味です。そこでは私の傍ら(隣り)にあって、真実を語ることで私を支え守る存在としての聖霊が考えられています。新共同訳聖書では、そこから「弁護者」という訳語が取られたのでしょう。口語訳聖書では「助け主」と訳されていました(新改訳聖書も「助け主」)。新約聖書をドイツ語に訳したマルティン・ルターはこのそれを「慰め主」と訳しました。ルターは困難な状況の中で、どのような時にも神が私たちの霊的なニーズを満たしてくださるために、「真の慰め」のため「助け手」を派遣して下さると信じたのでした。終わりの日の出来事を預言している黙示的なマルコ13章の、キリスト教への厳しい迫害が預言されている中で語られたイエスの言葉を想起します。引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ11節)。

 遠藤周作と三浦朱門というカトリックの作家が、井上洋治神父と三人で、キリシタンたちが迫害され殉教した九州の雲仙地獄を旅した時のエピソードが伝えられています。遠藤周作が三浦朱門に、グツグツと煮立っている坊主地獄を見ながら、「自分だったら、こんなところに投げ込まれるとすれば、すぐに転んで踏み絵を踏んでしまうだろう。あんたはどうだ」と三浦朱門に問うたら、彼も「自分も全く同じだ」と答える。今度は井上洋治神父に同じことを遠藤が尋ねると、井上神父は突縁プリプリと怒り出して、「そんなことはその場になってみなければ分からん。聖霊がどう働くかだ」と答えたそうです。確かにその通りでありましょう。人間の力ではなく神の聖霊、真理の霊が「助け手/弁護者/慰め主」として働く時に、人間の思いを遙かに超えたことが起こるのです。神の聖霊が私たちに自分が生きるべき道を教えてくれる、そのような時が人生には必ずあるのです。

 

本日の洗礼・堅信式と転入式にあたって

 今日はこの後にST兄の洗礼・堅信式と、TN兄の転入式が行われます。これらの出来事は、私たちがイエス・キリストに、またこの教会に導かれたのと同様に、神の聖霊の働きです。見えない聖霊が見えるかたちで私たちの中に注がれて、今ここでこのような礼拝が行われているのです。この101年を迎えた大阪教会の今日の主日聖餐礼拝もまた、「聖霊行伝/聖霊言行録」の一ページであると申し上げることができましょう。そのような神の聖霊が私たちの上に注がれています。そのことを神に感謝し、深く味わい、この喜びを分かち合ってゆきたいと思います。

2018年5月16日 (水)

2018年5月13日 主の昇天主日聖餐礼拝 説教「祝福の光の中に」

2018513主の昇天主日聖餐礼拝 説教「祝福の光の中に」   大柴譲治

ルカによる福音書 24:44〜53

イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。(50-51節)

 

主の昇天の出来事

 本日私たちは「主の昇天主日」を覚えています。復活後40日に渡ってその姿を弟子たちに示された主イエスが、弟子たちの見ている前から天に挙げられたことを記念する日が「昇天日」、その次の主日を「主の昇天主日」として守っているのです。「昇天日」から10日が経って「聖霊降臨(ペンテコステ)の出来事」が起こります。

 私たちがこの地上の生涯を終えるときには「天に召される」と書いて「召天」と呼びますが、イエスの場合には特別に「天に昇る」と書いて「昇天」と呼んでいます(昔の教籍簿には信徒の場合にも「昇天」と書かれていましたが)。私たちが毎週『使徒信条』の中で「主は、・・三日目に死人のうちから復活し、天に上られました。そして全能の父である神の右に座し」と信仰告白する通りです。

 毎年ペンテコステの前に「主の昇天主日」が巡ってくるのですが、私は必ずその時に問いかける質問があります。「天に昇られた主イエスは、天で何をしておられるのでしょうか」という問いです。昇天の出来事はルカ福音書の24章の最後の部分と、やはり医者ルカが記した使徒言行録の1章の最初の部分に記されています。

 ルカ24:50-53イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。」

 使徒1:9-11こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。』」

ルカ福音書では、イエスが手を上げて祝福の姿で弟子たちを離れて天に上げられていったとあります。天上でも主は手を上げて地上に残された私たちたちを祝福してくださっておられると信じます。使徒言行録では弟子たちは天を見上げているうちに主の姿が雲に覆われて見えなくなったとある。いずにせよ、それ以降は弟子たちも復活の主の姿を直接見ることはできなくなったのです。しかし天に上げられた主は、今でも天から手を上げてこの地上に生きる私たちを祝福して下さっていると弟子たちは感じ続けたのでした。

 

柏木哲夫先生の言葉〜「天からの力に生かされる」

 私は日曜日の朝5時からNHKEテレで放送される『こころの時代』を毎週録画して日曜日の夜あたりにチェックしています。その中に、淀川キリスト教病院の理事長で、かつてはホスピス長もなさったクリスチャン精神科医の柏木哲夫先生のものがありました。柏木先生は軽妙で洞察に富むお話しでも有名な方ですが、私はそれを観ていて深く考えさせられました。柏木先生が体調を崩して病院に入院される体験をしたことがあるそうで、その時に毎日ベッドに横になって天上ばかりを見上げているときに、ふと気づいたのだそうです。自分は今天を見上げて寝ているが、普段は気づかなかったが、こうして天を向いて寝ていると、私たちは実は天から不思議な力(祝福の力)をいただいて生かされているのではないかということに思い至ったと言うのです。私はそれを聞いてハッとしました。私自身も小学校二年生の時や高校二年生の時に入院して、各40日ほど絶対安静でベッドに寝ていた時期がありました。「健康は人を外に向かわせるが、病気は人を内へ向かわせる」という表現があります。天を見上げて寝ている時、私たちは自分自身を超えた神の前に立たされるのではないでしょうか。さらに言えば、「健康は人を外に向かわせるが、病気は人を天に向かわせる」と言えるように思うのです。

 考えてみれば、横向きに寝る人もいれば、うつ伏せに寝る人もいる事でしょうが、私たちはおそらく人生のうち三分の一ほどは寝ています。それは、三分の一、天に向かっているとも言える。それは昇天の主の祝福を天からいただいて私たちは生きているとも言えるのではないかと思います。なぜなら、主は両手を上げて、祝福の姿勢のまま天へと上ってゆかれたからです。その祝福の光の中に私たちの人生は置かれているのです。

 

祝福の光の中に〜信仰の詩人・八木重吉(1898-1927

 それにしても私たちの現実には、自分の力ではどうすることもできないような苦しみや悲しみ、不条理が満ちています。イエスではないですが、「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか!」と叫びたくなるような孤独や悲嘆も現実には起こります。どこにも天からの祝福などないではないかと思ってしまうような過酷で厳しい人間の現実がある。しかしそれにも関わらず、私たちは天を見上げるのです。私たちのためにあの十字架に架かってくださった主を見上げるのです。どのような時にも主が私たちと共にいてくださる。復活の勝利の光の中で、私たちに向かって手を広げて私たちを招き、受け止めようとしてくださるお方がいる。あの十字架は放蕩息子を抱きとめようとする愛に満ちた父なる神の姿を表しているようにも思えてきます。

 早世の信仰の詩人・八木重吉をご存知の方も少なくないことでしょう。八木重吉は1898(明治3129日、東京府南多摩郡堺村(現在の町田市)に生まれ、東京高等師範学校に進みます。在学中、受洗。卒業後、兵庫県御影師範の英語教師となる。24歳で、17歳の島田とみと結婚。この頃から、詩作に集中し、自らの信仰を確かめるのです。妻のとみ、子の桃子、陽二に囲まれて彼は詩を書き続けます。1925(大正14)年、第一詩集『秋の瞳』刊行。以降、詩誌に作品を寄せるようになるが、1926年、結核を得て病臥。病の床で第二詩集『貧しき信徒』を編むけれども、翌1927(昭和2)年1026日、刊行を見ぬままに他界。『貧しき信徒』は翌年、出版されました。最初の詩集『秋の瞳』の中には次のような言葉が最初にあります。「私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください」-八木重吉読む者の心に深く響く文章です。二つの詩をご紹介します。

 

 「かなしみ」

このかなしみを
ひとつに 
(す)ぶる 力(ちから)はないか

 

 「貫(つら)ぬく 光」
はじめに ひかりがありました
ひかりは 哀
(かな)しかつたのです

ひかりは
ありと あらゆるものを
つらぬいて ながれました
あらゆるものに 
(いき)を あたへました
にんげんのこころも
ひかりのなかに うまれました
いつまでも いつまでも
かなしかれと 
祝福(いわわ)れながら

 

これらの詩は、志半ばにして病いのために倒れなければならなかった一人の信仰者の信仰告白でもあります。人間の悲しみの現実を貫く光とはイエス・キリストのことを指しています。「光あれ、すると光があった」(創世記1:2)。この悲しみを統ぶることができるとすれば、私たちの悲しみの底に降り立ち、それを担ってくださったお方による以外にはありません。今は天におられるキリスト。このお方からの光が万物を貫いて差しています。この光の中に私たちは主と共に生きるのです。お一人おひとりの上に主の祝福をお祈りいたします。

2018年5月10日 (木)

2018年5月6日 復活節第六主日聖餐礼拝 説教「わたしを選ばれたキリスト」

201856日 復活節第六主日聖餐礼拝 説教「わたしを選ばれたキリスト」   大柴 譲治

ヨハネによる福音書 15: 9〜17

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」(16-17節)

 

イエスの告別説教の言葉から:「わたしがあなたがたを選んだ。」

 本日私たちはイエスの告別説教の一部を聴いています。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」(ヨハネ15:16-17)。

 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。というイエスの言葉を聴く時に私たちには二つの思いが同時に心の中によぎるように思います。「そのように言ってくださるとは本当に有り難い」という感謝の念と共に、「このようなわたしは、その選びには相応しくない」という思いです。可能であればそれを辞退したいというようなアンビバレント(相反する二つの思いの間を揺れ動く両面価値的)な思いです。ちょうど今週から木曜日の聖研は旧約聖書からヨナ書を学び始めますが、私たちはヨナの気持ちがある意味でよく分かるのです。ヨナは「ニネベに行って罪を悔い改めるよう民に呼ばわりなさい」という神の召しを受けますが、それに従わず船に乗って異国に逃げようとします(ヨナ書1章)。やがて海が大荒れに荒れて、それがヨナが神から逃げようとしているせいであるということが分かり、海に投げ込まれます。ヨナは大きな魚にのみ込まれ、その腹の中で三日三晩を過ごした後に陸へと吐き出され、結局ニネベに神の預言の言葉を伝えにゆくことになるのです。「ヨナ、ニネベにいらっしゃい。イヤイヤよ」というこどもの讃美歌にある通りです。

 

イニシアティブは常に神の側、キリストの側にある

聖書では「イニシアティブ(主導権/主権)」はいつも神の側、キリストの側にあります。神の側からの呼びかけからすべてが始まるのです。旧約聖書では父祖や預言者たちを選んだのは主なる神でしたし、12弟子を「わたしに従って来なさい。あなたがたを人間をとる漁師にしよう」と呼び招いたのもイエスでした。キリスト教の迫害者であったパウロをダマスコ途上で名前を呼んで「異邦人の使徒」として召し出したのもイエスご自身でした(使徒言行録9章)。常にイニシアティブは神の側にある。神がまず呼びかけ(あるいは、出来事を示して呼びかけ)、人間がそれに対して応答するのであって、逆ではありません。例えば「ヨブ」。ヨブ記を読むと、義人ヨブは祝福されていたものすべてを失っても罪を犯さなかったとあります(「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」ヨブ1:21)。その後に3章以降で、ヨブは神に向かって「なぜですか」と率直にその嘆きを投げかけてゆくのです。四人の友人が神を弁護しようとヨブに対峙しますが、ヨブも負けてはいません。最後に神がつむじ風の中からヨブに語りかけてその物語は終わるのですが、ヨブ記は読む者の心に深い余韻を残します。私の中でそのヨブの姿は、ヤボクの渡し(ペヌエル)で朝まで神と格闘したヤコブのエピソードと重なっています(創世記32章)。信仰とはある面では「神との格闘」だからです。「疑いのトマス」の場合も同様です(ヨハネ20章)。復活の主が弟子たちにご自身の姿を表されたとき、トマスはそこにいませんでした。「自分の目で見て、自分の指をイエスの手の釘跡に差し入れてみなければイエスの復活を決して信じない」とトマスは主張し続けます。パウロの場合も然りです。パウロは「肉体のとげ」「とげ」と言われているのですから、それは激痛を伴う病気であったことでしょう)で苦しんだ時に「それを取り除いてください」と主に「三度」祈ります(2コリント12章。「三度」というのは「繰り返し、徹底的に」の意)。パウロの祈りはパウロの祈ったようには聞かれませんでした。しかし別のかたちで祈りは聴かれたのです。パウロはそこで主の声を聴きます。「わが恵み、汝に足れり」という声を。その声を通してパウロは自分のその苦痛を担う力を与えられてゆくのです。人生は神との格闘でもあり、神の主権への服従でもあります。

 

「わたしはあなたを母の胎内にいる時から選び、恵みによって召し出した。」

 キリスト教の迫害者であった若きファリサイ派のエリート律法学者であったパウロは、ダマスコ途上で復活のキリストと出会った後に迫害者から伝道者へと劇的な回心を遂げます。パウロは自分の人生を振り返って次のように語ります。しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたのであると(ガラテヤ1:15-16)。このような「母の胎内にある時から」という言い方、「この地上に生まれる前から、神の恵みによって選び分かたれ、祝福され、聖別され、立てられている」という言い方は、旧約聖書に何度も出て来ます。例えばイザヤ44:2にはあなたを造り、母の胎内に形づくり、あなたを助ける主は、こう言われる。恐れるな、わたしの僕ヤコブよとありますし、同44:24にもこうある。あなたの贖い主、あなたを母の胎内に形づくられた方、主はこう言われる。わたしは主、万物の造り主。自ら天を延べ、独り地を踏み広げた」。あの詩編139編の中にも次のような言葉があります。あなたは、わたしの内臓を造り、母の胎内にわたしを組み立ててくださった13節)。しかし何と言っても「母の胎内」ということで一番有名なのは、預言者エレミヤの召命の場面の言葉でしょう。「わたしはあなたを母の胎内に造る前から、あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた」(エレミヤ1:5)。パウロもこの言葉を想起して語っているのです。

これらの言葉は神の側に恵みの選びのイニシアティブがあることを私たちに繰り返し告げています。神が責任を取ってくださるのです。誰も自分で自分を選んでこの地上に生まれてきた者はいません。自分が自分であるということは考えれば実に不思議なことです。両親はもちろんのこと、時代も、場所も、状況も、私がこの私であるということの何もかもが、神の選びの中に起こったことだと聖書は語っているのです。しかもそれは「神の恵みの出来事である」と言うのです。「わたしはあなたを母の胎内に造る前から、あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた」というエレミヤ:5の言葉はなんと深い慰めに満ちた言葉なのでしょうか。私がこの私として存在していることの背後には神の恵みの選びがあるということです。すべての人、皆さんのお一人おひとりがそうなのです。パウロも迫害者だった時には見えなかった神の恵みの事実を、復活のキリストに呼びかけられることの中で悟ることができたのでした。しかもパウロはそのことを自分がキリストの召命を受けたコンテクストの中で語っています(ガラテヤ1章)。イエス・キリストと出会う時に、私たちには生まれる前から神によって恵みの中に置かれていた自分の人生の意味が分かるのです。

 

わたしがあなたがたを選んだ。」〜JELC総会議長に選ばれて思うこと

イエスは言っています。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」のだと。その「選びの目的」についてもイエスは続けて語っています。「あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」。愛の実を結ぶこと、これに尽きるというのです。互いに愛し合うこと。これをキリストと神とは私たちに求めておられます。

先週JELCの総会が東京教会で行われました。6年間の任期を全うした立山忠浩総会議長と白川道生事務局長(総会書記)がその働きを終え、新たな総会議長、副議長、事務局長が選出されました。その結果は週報に記されている通りです。私は、最初はヨナと同じように畏れ多い思いで満たされました。正直逃げ出したかったのです。しかし観念しました。大阪教会には迷惑をかけることになるかも知れませんが、お許しをいただきたいと思います。ちょうど50年前の1968年、当時大阪教会の牧師であった内海季秋先生(在任1960-1976)が総会議長に選出されるという先例もあります。副議長には天王寺教会の永吉秀人先生が、事務局長には滝田浩之先生が選出されました。大阪遷都のようなかたちになりました。今後ともお祈りとお支えをよろしくお願いします。母の胎内にいる時から私を選んでくださった主に従ってまいりたいと思います。御心が成りますように。アーメン

2018年4月26日 (木)

042218 復活節第四主日聖餐礼拝説教「何一つ欠けたところのない恵み」

042218 復活節第四主日聖餐礼拝 説教「何一つ欠けたところのない恵み」  大柴 譲治

ヨハネの手紙 一 316〜24

イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。(16節)

ヨハネによる福音書 10:11〜18

わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。(11節)

 

詩編23編「主はわたしの羊飼い」

 本日私たちはイエスのわたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てるという言葉を聴いています。本日の主題詩編には詩編23編、あの有名な「主はわが牧者、わたしには乏しいことがない」と歌う信頼の詩編が与えられています。これを愛唱聖句としておられる方も少なくないことでしょう。次週もまた、「リラ・プレカリア(祈りのたて琴)」主宰者でもある米国のキャロル・サック宣教師が同じ詩編23編からのメッセージを語って下さることになっていますので、私たちは二週間続けて詩編23編を味わうことになります。

【賛歌。ダビデの詩。】主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。 2主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い3魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。4死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。5わたしを苦しめる者を前にしても、あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ、わたしの杯を溢れさせてくださる。6命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう。(新共同訳聖書)

 

2005425日に起こった福知山線の列車脱線事故について

 今週もまた425日が巡ってまいります。これは今から13年前の2005425日に、JR福知山線の尼崎での列車脱線事故のため107名の方々の尊い命が失われ、562人もの方々が負傷するという大事故でした。私たちはその事故の悲惨さに呆然としながら、祈るような気持ちでテレビの報道をずっと見つめ続けていたように思います。特にこの列車は同志社前行きの快速列車でしたので、若い大学生が大勢事故に巻き込まれました。どうしてこのような悲劇が起こるのか、13年経った今思い起こしても私たちは胸がえぐられるような思いになります。亡くなられた方々とご遺族のために、また加害者の立場になった人々を含め、そのグリーフと喪失感、罪悪感が少しでも和らげられるように祈りたいと思います。

 

不思議な二つのドラマ

 実は私はその後、間接的にではありますが、二つの点でこの列車事故に関わることになりました。JR西日本は事故後に費用を出して二つの研究所を設置しました。一つは京都大学工学部の中に「安全工学研究所」を、もう一つは尼崎にあったカトリックの聖トマス大学(2007年までは「英知大学」)の中に「グリーフケア研究所」を設置(2010年に上智大学に合同)することになるのです。20144月より、要請されて私は東京の四谷にある上智大学のグリーフケア研究所の人材養成コースにスーパーヴァイザー(SV)の一人として関わることになりました。それはその人材養成の中で私が専門としてきた米国でのチャプレン(施設のチャペル付きの牧師)の養成訓練である「臨床牧会教育(CPE)」の方法が取り上げられていたためでもありました。2016年に大阪に転任することで四谷での働きは終わったのですが、引き続き大阪の中津にあるカトリックのサクラファミリア教会にある上智大学の大阪サテライトでの人材養成に関わるよう要請を受け、お手伝いができる範囲内でグループワークのSVとしてお手伝いをさせていただいています。このグリーフケア研究所が福知山線の列車脱線事故の後に設置されたものであることに不思議な導きを感じています。神さまはこのようなかたちで私に嘆き悲しむ人々に接する道を開かれたのだと思っています。

 もう一つの接点は、翌年の20154月に多田哲(さとし)という一人の神学生(神学校二年生)が私の牧していたむさしの教会に、教会実習のために毎日曜日に神学校から派遣されてきたことです。彼は、今年の3月に神学校を卒業し、教職按手を受けて牧師になり、東教区の日吉教会に牧師として着任しました。多田神学生は西教区の豊中教会出身の神学生でした。2005年に彼はまだ同志社大学の学生で、福知山線の列車脱線事故を起こした列車(同志社前行き)の先頭車両、それも一番前に乗っていたのです。事故の時には大きな衝撃のためしばらく気を失っていたようですが、その後しばらくして気がついて周りの人々の身体を押し分けるようにして明るい方(出口)に向かって進んだのだそうです。全身血まみれでしたが、それは自分のではなく犠牲となった他の人々のものだったそうです。その出来事はその後、何度も繰り返し事故について話さなければならなかったことを含めて、事故のサバイバーである彼にとっても大きなトラウマ(PTSD)となったということですが、彼はやがて同志社大学の哲学科を卒業後に、京都大学の大学院に進み、言語学で15-6世紀のドイツ語を専攻して博士課程を終えて、2014年春に三鷹のルーテル神学校に入学したのでした。死線を越えるような体験をする中で、彼は牧師としてのコール(召命)を受けて牧師となったのです。やがて多田神学生のお母さまも豊中教会で洗礼を受けられました。人間の力ではどうすることもできないような状況の中に置かれた時、私たちは神さまを見上げるしかないのだろうと思います。「なぜこのような苦しみがあるのか。神はどこにいて、なぜ沈黙しているのか。なぜかくも多くの人の命が失われなければならなかったのか」。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか!)」。私たちはそのような答えのない問いの前に立たされています。しかしその中で、私たちは詩編23編の言葉を聴くのです。主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがないという確かな呼び声を。この声が私たちを「緑の牧場、憩いの水際」に必ず伴ってくださいます。

 

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。」

再度、口語訳聖書から引用します。口語訳聖書で暗唱している方もおられることでしょう。

主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。

主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。

主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。

たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。

あなたがわたしと共におられるからです。

あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。

あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。

わたしの杯はあふれます。

わたしの生きているかぎりは、必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。

わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。

 私たちに対して、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いはわたしの羊であるあなたのために命を捨てる」と言ってくださるイエス・キリスト。どのような困難や悲しみの中にあっても、主の恵みは私たちに対して何一つ欠けることがないというのです。なぜか。たとえ死の陰の谷を歩む時にも、主が共に歩んでくださるからです。そして十字架に命を賭けて私たち一人ひとりをトコトン愛してくださるのです。このお方は苦しみや悲しみを共に背負ってくださるお方です。この羊飼いの、「何一つ欠けることがない恵み」「何ら乏しいことのない完全な恵み」が私たちを守り支え導いてゆきます。ご一緒に主の食卓(聖餐)に与ることを通して、今朝もそのことをご一緒に深く味わいたいと思います。羊飼いである主が皆さまと共にいて、守り導いてくださいますように。アーメン。

2018年4月15日(日)復活節第三主日聖餐礼拝説教「復活と焼き魚のリアリティ」

2018415日(日)復活節第三主日聖餐礼拝説教「復活と焼き魚のリアリティ」 大柴譲治

ルカによる福音書 24:36-48

彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。(41-43)

 

Fact(事実)」と「Truth(真実)」

 キリスト教会は二千年に渡ってイースターをキリストの復活日として祝わってきました。主の復活の光の中にすべてを見てきたとも言えましょう。四福音書の中で一番最初に書かれたマルコ福音書は当初は168節までで終わっていました。9節以降の二つの結びは後の時代の加筆であると考えられています。ですから新共同訳聖書では括弧に入っています。マルコ福音書には復活の証言はなく、それは「空の墓」の記事で終わっていました。「復活」は言葉で表現することのできない神秘であったからかもしれませんし、マルコが書かれた当時(紀元70年頃と推定されます)にはまだ復活の証人たちが生存していて、敢えてそれを言葉にする必要はなかったからなのかもしれません。実は、歴史学が証明できることは「キリストの墓が空っぽであった」ということまでです。キリストの復活は「歴史的な事実Factとしては証明できないのです。証明できるのは、イエスが葬られた墓が何者かによって暴かれてイエスのご遺体がなくなっていたという事実であり、そこまでなのです。「イエスが復活した」ということは私たち人間の理性や経験や知恵を遙かに超えた出来事であり、信仰によって捉えるべき事柄ですから、アカデミックな立場からは実証できない次元の事柄です。カトリック作家の遠藤周作は復活とは歴史的な「事実Factではないとしても「真実Truthであったと語っていました。復活のキリストと出会った十字架の前から逃げ出した弱虫の弟子たちが、復活のキリストと出会った後には全く別人のように変えられて、殉教の死をも恐れずにキリストの福音を全世界に宣べ伝える者となってゆきました。彼らの心の中に真実、キリストはよみがえられたのだと言うのです。これはなかなか説得力のある説明ではないかと思います。しかし本当にそうなのかという思いも私の中には残ります。

 

焼き魚を食べた復活の主のリアリティ

 本日の日課であるルカによる福音書24章には次のような復活の主と弟子たちのやりとりがあります(36-43節)。「こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは言われた。『なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。』こう言って、イエスは手と足をお見せになった。彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、『ここに何か食べ物があるか』と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた」36-43節)。

 空の墓の場面で終わっていたマルコ福音書とは異なり(ルカにもマタイにもヨハネにも「空の墓の出来事」は記されています)、ルカ福音書には復活のリアリティが伝わってくるような証言が記録されています。復活のキリストは「わたしの手や足をよく見、触ってみなさい」と弟子たちに勧めているばかりか、「亡霊」ではないことを証明するために焼き魚を一切れ食べておられるほどなのです。焼き魚を食べる復活の主。ルカはキリストの復活は歴史の「真実Truthであると共に「事実Factでもあったと私たちに告げているのです。

 

響き合うルカ福音書とヨハネ福音書

 このことはヨハネ福音書が伝えている「復活のリアリティ」と重なります。先週の日課はヨハネ20章の「疑いのトマスのエピソード」でした(24-29節)。それによると復活の主が最初に弟子たちに現れた時にはトマスはそこにいませんでした。他の11人が復活の主と出会ったと喜んでいる中で、トマスだけは「私はこの目で見、この指をその手の釘跡に触れるまでは、そしてこの腕をそのわき腹のやり痕に差し入れてみるまでは、決して信じない」とある意味では頑なに、実証主義的な私たち現代人にも通じるようなリアクションをして復活を一週間疑い続けるのです。そして一週間後のやはり日曜日に主は再びご自身を弟子たちに現されます。今度はトマスもそこにいました。ヨハネ20:20-26「さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。それから、トマスに言われた。『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。』トマスは答えて、『わたしの主、わたしの神よ』と言った。イエスはトマスに言われた。『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。』」

 復活の主はいつも私たちに対して向こう側から自ら近づいてくださり、ご自身を示してくださいます。こちらから人間の側から主に近づいてゆくのではありません。「戸」「鍵」がかかっていても関係ありません。目で見て手で触れることができるほどリアルな復活の主の姿がそこには証言されています。そして、疑いのトマスが信仰告白者へと劇的に変えられたように、復活のキリストのリアリティは私たちを「復活を信じることができない者、疑う者」から「復活を信じて主と告白することができる者」へと変えて下さるのです。「わが主、わが神」!

 ヨハネ福音書には、ルカ福音書にも「焼き魚」が出ていましたが、復活の主が炭火を起こして魚を燒く場面が出て来ます(21:1-14)。夜通し徹夜で漁に出たペトロたちが何も獲れなかった場面です。513節を引用します。5イエスが、『子たちよ、何か食べる物があるか』と言われると、彼らは、『ありません』と答えた。6イエスは言われた。『舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。』そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。7イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、『主だ』と言った。シモン・ペトロは『主だ』と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。8ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。9さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。10イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。11シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。12イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。13イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。

 この場面はルカよりもさらに具体的です。炭火のパチパチとはじける音と匂いと、そして焼き魚の匂いが伝わってくるような情景です。私たちの五感を刺激するかたちで「復活のキリストのリアリティ」がここを読む者の胸に迫ってくる。特に五感の中でも「嗅覚」「味覚」「触覚」という三つの感覚は、直接私たちの脳幹に刺激を与える感覚です。それに対して「視覚」「聴覚」は、遠くから危険が迫ってきても判断に時間をかけることができるような感覚で、その情報は判断するために前頭葉の方に伝えられます。しかし、嗅覚と味覚と触覚は危険が迫ったときにすぐさま反応しなければなりません。嫌な臭いがしたら顔を背けなければなりませんし、苦い物を食べたら吐き出さなければなりません。熱いものに触れたら火傷をする前に即座に手を引っ込めなければならないのです。私たちの五感を通して受け止めた情報はとても具体的なリアリティを持つものなのです。ヨハネ福音書とルカ福音書は「キリストの復活」をそのような「焼き魚のリアリティ」をもって報告しているのです。

 

サクラメント(聖礼典/洗礼と聖餐)においてご自身を示される復活の主

 私たちは復活の主のリアリティをどこで受け取ることができるのでしょうか。今日も私たちは聖餐式に与ります。洗礼も聖餐も具体的な物質を用います。洗礼は水を用いますし、聖餐はパンとブドウ酒を用います。牧師は水とパンとブドウ酒を用いますから私は冗談のように「牧師の仕事は水商売です」と言うこともあります。もちろん「水商売」と言っても意味は違いますが。水とパンとブドウ酒という物質を用いて私たちは、五感を通して復活のキリストのリアリティを分かち合うのです。復活の主ご自身からパンとブドウ酒をこの手にいただき、その匂いを嗅ぎ、歯でかみしめて舌で味わい、飲み込む。五感を通して味わうのです。このリアリティの中に今日も復活のキリストがご自身を示していて下さる。それを覚えつつご一緒に聖餐式に与ってまいりましょう。

2018年4月8日(日)聖霊降臨節第二主日説教(ブラウンシュヴァイク州福音ルーテル教会・マインス監督)

ドイツブラウンシュバイク州福音ルーテル教会 監督Dr. Christoph Meyns(通訳:秋山仁牧師)

 

日本福音ルーテル教会のための復活祭の説教

 

親愛なる兄弟・姉妹の皆さん

 私は、日本で皆さんのそばで幾日かを過ごしたこと、そして、今日皆さんとともに礼拝を守れることを、喜んでいます。私にとってこれは良い機会です。それは私たちのパートナー教会としての皆さんと知り合い、そして、ともにパートナーシップが結ばれて50年たったことをお祝いできるという機会です。手厚いおもてなしに心から感謝します。

 

2~3週間前にザルツギッター市のディアコニー会館で開催された難民による個人の写真展でのことです。「これは私の祖父母の家です。」そういいながら一人の若い女性が私にダマスカスの破壊された建物の写真を見せました。彼女は目に涙を浮かべていました。一人の男性は、「三日間も私たちは水なしで過ごさねばなりませんでした。」と語り始めました。そしてサハラ砂漠の真ん中でトラックに乗った人々の写真を指差しました。ある夫婦は、彼らのいとこが地中海の上でボートの中で撮ったスナップ写真を前にして報告しました。「私たちが続けて先へ進む前に、私たちは七回も逮捕されました。」他の写真では、様々な都市を見ました。爆弾攻撃によって、もうもうとした煙が上がったところや、バルカン半島のどこかを徒歩で歩いている人々の姿を見ました。そこでははじめたくさんの悲しみを目にしました。やがて合唱団が進み出ました。様々な異なった国々から集まった男性や女性たちが一緒に黒人霊歌「自由はやって来る」を歌いました。観客は、声を合わせて歌い、一緒に手拍子をしました。突然、雰囲気が変わりました。顔が輝き、人々は笑い、悲しみが和らいで喜びに代わっていきました。その日、私は受難の金曜日から復活祭への道をまじかに体験しました。

 

私は、人間の魂に深く根差しており、いつも繰り返す憎しみや破壊、自己破壊といった突発的な衝動が何かということに直面させられました。まさしくそれはイエスの受難と死の物語が題材にしていることです。そしてまた、復活日の朝についての伝承が物語っているように、弟子たちや女性たちが復活に遭遇した時、苦難と悲しみは、最後の言葉ではないということです。

ブラウンシュヴァイクのドーム(聖堂)には、この受難から復活への道が空間を通して示されています。聖卓の前には(ブラウンシュヴァイクの基礎を築いた)ハインリッヒ公爵と彼の妃マチルダの棺があります。その棺と向かい合って正面に七つの枝を持つ燭台を見ることができます。この燭台は、天国における生命の樹のシンボルです。この燭台を通して、皆さんはまた、傍らにある復活者としてのイエス・キリストを現す十字架像に目を向けることができます。それとともに聖堂は、ある意味死を表しています。それは、ハインリッヒ公爵の挫折した人生に見て取れます。ハインリッヒ公爵は、遠大な人生の目標を持っていました。彼は、非常に野心的であり、一時期にではありましたが、全北ドイツを支配しました。その後、神聖ローマ帝国皇帝との闘争に至ると、有罪を宣告され、彼の権力を失いました。彼は、彼の舅であるイングランド王のところへの亡命を余儀なくされました。最後に彼は、挫折した男として亡くなりました。

しかしながら同時に、聖堂は、永遠の生命への希望について物語っていますし、また私たちが挫折するとき、神の愛によって私たちは支えられているということを物語っています。希望と新生の聖霊は、復活祭から導き出されています。神の愛は、死よりも強いのです。そのことを私たちは、この復活祭の週に祝うのです。

希望は助けます。困難な人生の状況の中で勇気を失わないように。また人間の判断に従っては道がないように思えたとしても、そこで道を見出すことを。希望は、同時に力を与えてくれます。外面的には展望のない状況の内にあっても、人間があきらめることなく、むしろ彼らに多くの力によって耐え抜くというその力を与えてくれます。ですから、私たちは助けるのです。ドイツの教会として、社会的な弱者や難民、病気の人々、飢えに苦しむ人々、援助を必要とする人々、障がい者、刑に服してる人々、難病の人たち、そして死にゆく人々を。私たちは、社会的な問題があきらめの根拠にはならないということを、理解します。社会的な問題は、人が克服することができるその挑戦以上に姿を現しますし、また私たちが積極的に責任を担うために、姿を現します。その際、私たちはまた逆境と反動からは落胆させられません。一つの例をあげましょう。1528年にブラウンシュヴァイクの宗教改革者ヨハネス・ブーゲンハーゲンは、すべての少年たちと少女たちを学校に行かせ、読み書きを習わせるべきだということを要望しました。しかしながら、この要求が全ドイツで実現するまでには、その後約400年かかったわけです。

私には、どのような問題に、日本における教会として皆さんが現在、取り組んおられるのかについては、わかりません。が、私たちのブラウンシュヴァイク領邦教会の領域においては目下のところ二つのテーマが存在します。一つ目は、ドイツの住民の約20%は、過去60年の間にドイツに移住したか、または両親が移住した人々です。かてて加えて、現在約1600万人の、主にシリアやアフガニスタン、アフリカの諸国からの 難民が生活しています。 私たちがどのように、かように異なった出身や文化的な特色、また宗教を持った人々と、お互いに尊重しあい、平和のうちに私たちの国でともに協調しあい生きていくことを成し遂げることができるのでしょうか。どのように私たちが、様々な不安を掻き立てたり、偏見をさらに助長したりすることを 回避できるでしょうか。たくさんの良いことがここではすでに生じています。そして更に幼稚園と学校、会社や諸団体、諸教会で起こっています。あるいは個々人の参加を通して、起こっているのです。このテーマは、まだ長く続くでしょう。

二番目のテーマは、ヴォルフェンビュッテル市のそばで、そして、ザルツギッター市のコンラートという鉱山の坑道の中にある低放射性核廃棄物の貯蔵がどうなっていくかということです。坑道には隙間があり、ごみは 堀り返されなければならないし、そして 新たに貯蔵庫を用いなければならないわけです。それは、何十年にもわたって続き、たくさんの人々に不安をあたえます。その際、また以下の問題が起こってきます。私たちはどのように未来のエネルギーを得ることを望んでいるのかということです。石炭と石油の終わりは予測可能です。しかし、それに関しては解決するには時間がありません。同時に気候変動は、私たちを新しい生活スタイルへと促しています。

教会として私たちは、まず最初に、個人のためまた家族のために存在しています。私たちは子供に洗礼を授けます。私たちは夫婦を祝福して結婚させます。故人を葬ります。私たちは、困難な人生の状況にある教会員に寄り添います。私たちは子供たちや若者たちに教えます。しかし、公開された討論に参加することもまた私たちにとっては重要なのです。もしもそれが重要な倫理上のテーマを問題として取り扱うものだとしたら、そして私たちの小さな力でともに助け合うために、正しい方向にそれらの事柄が進むためにはです。

 

皆さんと皆さんの教会に復活祭の祝福がありますように。そしてまた、皆さんの教会でいつも繰り返し福音の力を感じることができますように。喜びと希望を贈り、そして私たちに助けを必要とする人々の傍らに立つという力(モティベーション)が与えられますように。 アーメン。

 

2018年4月11日 (水)

2018年4月1日(日)復活日(イースター)礼拝説教「ガリラヤに行け」

201841日(日) 復活日(イースター)礼拝 説教「ガリラヤに行け」 大柴 譲治

マルコによる福音書 20: 1- 8

若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。7さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」(6-7)

 

「空の墓の十字架」

 イースターおめでとうございます! “Christ is risen!” “Indeed, he is risen!” これは米国でイースターに交わされる合言葉のような挨拶です。「キリストはよみがえられた!」「まことに彼はよみがえられた!」一般の人にとってはクリスマスの方がよく知られていますが、教会暦では本日のイースターが最も大いなる喜びの日です。「キリストが復活された!」この驚くべきニュースが「福音Good Newsとして告知されていきました。この地上で起こるすべての事柄はこのイースターの日に起こった出来事、キリストの復活の光の中に置かれています。1コリント15章が告げていたように、十字架の死を経て三日目にイエス・キリストは死人の中からよみがえられました。「復活(アナスタシス)」とは「再び起き上がること(再起)」であり「もう一度立ち上がること」です。コンピュータなどをリスタートすることを「再起動」と言いますが、「キリストの復活」は私たちを死の中から真の命へと再起動するため神によって与えられた出来事であると言うことができましょうか。

 本日の週報の最後の方に、ハートマークがくり抜かれた十字架のシンボルを挿入させていただきました。週報は白黒になっていますが、本来それはこのような「赤い十字架」です。赤は血潮の色、燃える生命の色であり、心臓の色、聖霊の色でもあります。解説にありますように、それは「空の墓の十字架」と呼ばれています。フィリピンで活動するカトリックの宣教会「イエスの宣教司祭会」が用いている印象的かつ「劇的な」シンボルマークです。十字架の真ん中に空いた穴は、墓が空の状態、すなわち墓に誰もいないことを意味しています。「空の墓を意味する穴こそ、愛を意味するハートマークで表現されます。十字架と復活の出来事こそ、恵みの結晶であり、愛の極地だからです。空になった心臓は、最も犠牲的なものとして感じられます(宋炳九 ソン・ビョング編、168の十字架―そのシンボルと黙想』2009、キリスト新聞社)。

実は、歴史学が「歴史的な事実」として証言できることは「イエスの墓は空っぽであった」ということまでです。墓が何者かによって暴かれ、イエスの遺体がなくなっていた。「キリストが復活した」ということは、人間の理性や経験を遙かに超えた出来事ですから、実証主義的な立場からは証明できません。信仰的に捉えるしかない。やがて最後までイエスの近くにいた女性たちや弟子たちを中心に「イエスがよみがえられた!」という噂が広まり始めました。最初の、“Christ is risen!” “Indeed, he is risen!”というイースターの合言葉は、そのような驚きを持って人から人へと伝えられていったのです。

最初に書かれたマルコ福音書は168節、即ち「空の墓」の描写で終わっていたと思われます。突然中断されたのでしょうか。最後の部分が失われたのでしょうか。新共同訳聖書では9節から先は鍵括弧に入っていますが、これはこの聖書が底本とした有力な写本の中にはこの部分がないものが少なくないということを意味しています。9節以降に付加されている復活のキリストの顕現の場面(二つありますが)は、マタイやルカを参照しつつ少し後の時代に加筆された部分である可能性が高いということになります。

 カトリック作家の遠藤周作は、「復活」「事実Factではなかったとしても「真実Truthと言います。「キリストの復活は、歴史的な事実として証明することはできないとしても、弟子たちの心の中にキリストが復活されたという真実であったと言うことはできるであろう。なぜなら、十字架の前から逃げ出した弱虫の弟子たちが、復活のキリストと出会った後は別人のように変えられて、殉教の死をも恐れずにキリストの福音を全世界に宣べ伝える者となっていったからである。キリストは彼らの心の中に真実、よみがえられたのだった」。

 イエス・キリストの復活の出来事。これは私たちに、死は終わりではないということ、墓は私たちの人生の終着駅ではないということを教えています。医療の分野には「末期医療」とか「終末期ケア」とか訳される「ターミナルケア」という言葉がありますが、キリスト教の立場から言えば、「ターミナルケア」をそのように「終わりを迎えるためのケア」として見てゆくのは事柄の半分しか捉えていないことになります。なぜかというと、「ターミナル」という言葉には確かに「終点」とか「終着駅」という意味がありますが、もう一つ別の意味もあるからです。バスターミナルなどのことを想起していただくとよく分かると思いますが、「ターミナル」には「分岐点」とか「乗換点」という意味もある。そこは一つの路線の終点であると共に、新しい路線の出発点でもある。つまり「死」という終わりに向かって準備をしてゆくのが「ターミナルケア」だと理解されていますが、そうではなくて本当は、死の向こう側に始まる「新しい(永遠の)命」に乗り換えてゆくための準備、それが「ターミナルケア」なのです。

 イエスはヨハネ福音書11章で、最愛の弟ラザロを亡くして悲しみに暮れるマルタに対して次のように告げています。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」25-26節)。これは人間には語り得ない言葉です。そうです。自ら死を超えられた復活の主イエス・キリストにしか語り得ない言葉であると思います。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)と言われている通り、イエスを信じる者は、イエスの復活によって示された「永遠の命」に与ることができる。これは大いなる福音です。確かに「事実」として証明することはできない事柄かもしれませんが、「真実」として二千年に渡り歴史を超えて信じられてきた事柄です。もちろんこの場合の「永遠の命」とは「永続的に続く命」という意味ではありません。「永遠なる方」である「インマヌエル(神われらと共にいます)の神」とつながった命ということです。今この瞬間、ここで神とつながった垂直に切り取られた「永遠の今」と申し上げることもできましょう。またこの「永遠の命」とは「死後の命」のことでもありません。今この世界において、死が私たちを取り囲んでいる悲しみの多いこの世界のただ中においても、信じる者には神との関係の中で揺らぐことのない「永遠の命」が与えられているのです。マルタに告げられたイエスの言葉はそのことを明らかにしています。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」。「わたしを信じる者は、死んでも生きる」というイエスの最初の言葉は、「死によっても断ち切られることのない命」について語っています。「死んだら終わり」ではなく「死んでも終わらない命」なのです。また、「生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」という二番目の言葉は、「たとえ死の陰の谷をゆく時も、主が共にいましたもうがゆえに、災いを恐れなくてよい」(詩編23)ということです。復活であり命であるキリストを信じる者は「決して死ぬことはない」のです。前に並べられた召天者たちの笑顔がそのことを私たちに証ししています。

 

「ガリラヤに行け!」

 マルコ福音書は「復活のキリスト」が弟子たちをガリラヤで待っていると記しています。空の墓で出会った白い長い衣を着た若者」(=「天使」)はこう告げています。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり(マルコ14:28)、そこでお目にかかれる』と」6-7節)。だから「ガリラヤに行きなさい」と指示するのです。「異邦人のガリラヤ」と呼ばれた「周縁の地」です(イザヤ8:23)。しかしイエスの福音宣教の第一声は、そのガリラヤで始まりました。ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた(マルコ1:14-15)。今一度、復活の主は「ガリラヤ」から弟子たちを再生されるのです。そここそが原点であり、復活の主と出会う再生の場であり、再出発の場です。三度も「イエスという男なんか知らない」と否んだペトロを筆頭として、すべて十字架の前から逃げ去ってしまった弟子たち。トボトボとガリラヤへの道を歩みながら、もうイエスに合わせる顔がないという情けない複雑な思いで重たい歩みを進めていったのではないかと想像します。しかしそのガリラヤで主は、弟子たちを再度「復活の証人」として立ち上がらせて行くのです。「復活(アナスタシス)」というギリシャ語は「再び起き上がること(再起)」です。主はガリラヤで私たちをも待っておられます。罪を裁くためではなく、罪を赦し、新しい生命を与えるために。私たちも「ガリラヤに行け!」という主の確かな声に聴き従ってまいりましょう。“Christ is risen!” “Indeed, he is risen!”

 

2018年3月25日 (日)

2018年3月25日(日)棕櫚主日礼拝説教「子ロバに乗った王」

2018325日(日) 棕櫚主日礼拝 説教「子ロバに乗った王」    大柴 譲治

フィリピの信徒への手紙 2:6-11

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。6-9節)

マルコによる福音書 11:1-11

多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。我らの父ダビデの来るべき国に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」(8-10)

 

子ロバに乗った王

 私たちは今日、子ロバに乗って「神の都」エルサレムに入城される「王」イエス・キリストの姿をみ言から聞いています。この出来事は、第一朗読にありました旧約聖書ゼカリヤ書9章の預言の成就でした。本日はなぜイエスが子ロバに乗ってエルサレムに入ってゆかれたことに焦点を当ててみ言葉に耳を傾けてまいりましょう。

 

娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろばに乗って来る、雌ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。ゼカリヤ書9:9-10

 

 力と権威の象徴である立派な「軍馬」に乗っての入城ではありません。柔和さと謙虚さの象徴であるみすぼらしい「子ロバ」に乗って王が到来するのです。群衆は、ダビデ王のように自分たちを他国の支配下から救い出してくれるであろう王を、「ホサナ」と歓呼の声をあげ、棕櫚の葉を振って迎えます。「ホサナ」とは「主よ、救い給え」という意味のヘブル語ですが、今でいえば「万歳!」という意味となりましょうか。イエスは紀元前千年に生きたダビデ王の再来と期待されています。イスラエルが何百年も、否、千年も待った「神の救い」がイエスの登場において成し遂げられるという大きな期待の中に民衆はイエスを熱狂的に迎えているのです。それに対してそこには対照的なイエスの姿があります。熱狂的な群衆と沈黙するイエスの姿は際立っています。聖書には記されていませんが、イエスは笑顔で民衆に向かって手を振りながらエルサレムに入城して行ったのではないと私は想像します。主の目はしっかりと自分がエルサレムにおいて成し遂げようとしておられること、すなわち十字架を見据えていたのでありましょう。十字架の苦難と死を見据えた王の心は「深い悲しみと恐れ」に満たされていたと思います。さらにそこには「神の御心に従う覚悟」があったことでしょう。子ロバに乗った王は「ホサナ」と叫ぶ民衆が、その舌の根も乾かないうちに「イエスを十字架に架けよ!」と叫ぶ者へと変わってゆくことを知っているのです。人々の大きな期待が失望に終わると共に、失望はあっという間に怒りと憎しみに転じてゆきます。大いなる力と権威に充ちた救世主を求めた民衆は、エルサレムで宮清め以外には何もしようとしない無力なイエスに対して、イエスに対して快く思っていなかったユダヤ教の指導者階級たちの煽動もあって、やがて怒りと憎しみをもってイエスに臨むようになってゆく。人間は自分の期待が的外れなものであったことを知るとき、すぐさま怒りがその人を捉え、人が変わったようになってゆくのです。ヤコブ書1:20「人の怒りは神の義を実現しない」と記されている通り、ネガティブな感情的が自分の中に沸々と湧き上がってくる時には私たちは注意しなければなりません。ともすれば「憤り」というものは私たちを神のような「絶対者の位置」に立たせてゆくからです。しかしそれにも関わらず、イエスは子ロバに乗ってただ黙ってエルサレムに入ってゆく。イザヤ書53章が描く「屠り場に引かれてゆく小羊」のように王は十字架の玉座に向かって黙って歩んでゆくのです。主ご自身は人々の無理解にどれほど深く孤独と悲しみとを感じておられたことでしょうか。私たちはこの受難週、主イエスの十字架への歩みへと目を向け、心を開き、耳を澄ませてまいりたいと思います。

 

沈黙の中で主が耳を傾けていたもの

 それにしても沈黙の中で主イエス・キリストは何を聴きとっておられたのでしょうか。本日は使徒書の日課としてフィリピ書2章のあの有名な「キリスト讃歌」が与えられています。これは先ほど「詠歌」で福音書の朗読に備えてご一緒に歌ったみ言でもあります。これは初代教会の讃美歌でした。実はパウロはその讃美歌に(8節の後半ですが)「死に至るまで」という言葉の後に、「それも十字架の死に至るまで」という自らの言葉を加えて再録しています。

 

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

 

 「キリストは、へりくだって、十字架の死に至るまで神の御心に従順であった」と告白されています。主の沈黙は、群衆が熱狂的にホサナと叫ぶ中で、ただ神の御声に向けられており、神の御言に耳を澄ませる姿として現れていたに違いありません。喧噪の中にあっても、ただ神の声に耳を傾けてゆくということ。神の御心に従順にしたってゆくために、神にのみ旨に心を集中させてゆくこと。これが主が沈黙の中で示された生き方です。それこそ私たちに求められている生き方でありましょう。これは逮捕直前、ゲッセマネの園でイエスが苦しみにもだえながら、「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい」と弟子たちに命じて、三度祈られた場面を思い起こさせます。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(マルコ14:36)。しかし弟子たちは愚かにも一時も目を覚ましていることができず三度とも眠ってしまいました。肉体は弱いのです。

 

イエスをお乗せした「チイロバ」

 イエスはまっすぐ十字架を見据えて、子ロバに乗るというへりくだった従順な姿でエルサレムに入ってゆかれます。ただ父なる神の御心に「死に至るまでの従順」を貫きつつ。苦難の中で主がこのように歩むことができたのは、父なる神との揺るがぬ一体性があればこそでした。イエスは私たちの重荷をすべて背負って十字架へと歩まれます。

 アシュラム運動を展開した榎本保郎という牧師は「チイロバ牧師」と呼ばれていましたが、『チイロバ』という本の中で、「キリストがエルサレム入城の時にお乗りになったこの子ロバ、チイロバこそ、私たち自身を表している」と受け止めました。主がお入り用なのです(マルコ11:3)。どんなに自分が貧しく愚かで力がない小さな存在であったとしても、キリストはそのような私を選び、清め、御用のために用いてくださる。このような自分にもキリストをお乗せして運ぶという大切な、栄光ある仕事が与えられているのだというのです。そのためにも私たちは、どのような時にも黙して、キリストを見上げ、キリストの声に聴いてゆかなければなりません。どこにキリストに従う道が備えられているのか。様々な声が聞こえる中でも、ただ父なる神の声に聴き従ってゆく。そのような思いをもって、この受難週の一週間を主と共に過ごしてまいりたいと思います。

2018年3月18日(日)四旬節第五主日礼拝説教「世界を動かす力は希望」

2018318日(日) 四旬節第五主日礼拝 説教「世界を動かす力は希望」  大柴 譲治

エレミヤ書 31:31〜34

「見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。」31節)

ヨハネによる福音書 12:20〜33                   

「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」24節)

 

四旬節第五主日〜「一粒の麦死なずば」

 本日は四旬節(レント)第五主日です。私たちに与えられたヨハネ福音書の日課には有名な「一粒の麦」のたとえが語られています。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ(ヨハネ12:24)。この言葉はヨハネ福音書にしか記録されていません。主イエスはご自身の十字架の死を通して、多くのいのちの実が結ぶことになることを知っていて、この言葉を語られました。神がイエス・キリストを通してもたらそうとしておられる豊かな実り、そこに私たちの揺らぐことのない希望があります。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶのです。

 私たちは死すべき定めに生きています。私たちの存在は有限です。どれほど長く生きようとも、どれほど強く不死を望もうとも、死がすべての終わり、墓が私たちの終着駅であるように見える。しかし主イエスはここで私たちに、それを超えた次元を明らかにしています。死の向こう側に約束されている「神のいのち」「多くの実を結ぶ未来」があり、そこに死を超えた次元があるということを。この希望は「この世的な希望」ではありません。神がその実現を約束しておられる「終末論的な希望」なのです。

 

「世界を動かす力は希望である」(ルター)

 昨年は「宗教改革500年」ということで、私たちは要所要所において宗教改革者マルティン・ルターのことを思い起こしました。彼には様々な印象的な言葉がありますが、次のような言葉もあります(1538年の『卓上語録』より)。「全世界に起こることは、何もかも希望の内に起こるのである。農夫は、収穫を望まないなら、一粒の種も蒔かないであろう。子どもを持とうと望まないなら、だれも結婚しないであろう。証人も労務者も収益や賃金の期待なしには働かないだろう。永遠のいのちへの希望は、われわれをますます前進させるのである」(W.シュパルン編、湯川郁子訳、『ルターの言葉―信仰と思索のために』、教文館、2014p36確かにその通りでありましょう。希望があればこそ、私たちはその希望に向かって生きることができるのです。ピョンチャンのパラリンピックがそれを観る者に大きな勇気と希望を与えたのも、私たちが生きる上で「希望」がいかに大切かを証ししています。「希望」をなくした状態を私たちは「失望」とか「絶望」と呼びますが、キルケゴールが言うように「絶望とは死に至る病い」であって、「希望」なしに私たちは生きることはできないのです。

聖書も「希望」について繰り返し語っています。しかしこの「希望」は人間的な希望ではなく、神が与えてくださる「希望」であり、それも神だけが上から与えてくださる「希望」です。人間的な希望が打ち砕かれても、なおそこに輝き続ける「希望」です。その意味でそれは「終わりの日の希望」を指し示し、「終末論的な希望」を意味しています。パウロはイエス・キリストを見上げながら次のように言っています。「それゆえ、(大柴註:神がキリストにおいて与えたもう)信仰と、希望と、愛。この三つはいつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」1コリント13:13)。また、ローマ書5章には次のようにあります(1-5節)。このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」。神の与える終末論的な希望」があればからこそ私たちは、どれほど苦難が私たちを襲おうともそれに耐え抜くことができるのです。イエス・キリストが自らのことを「一粒の麦」と語りつつ、死ねばそこには神によって多くの実が結ばれるという神による希望の言葉を語っておられる通りです。その意味では、イエス・キリストご自身が私たちの希望でもあります。キリストが私たちと共にいましたもうがゆえに、「為ん方尽くれども希望を失わず」2コリント4:8)です。どのような状況に置かれても、私たちは今ここで、イエス・キリストという神からの「新しい契約」の光によって照らされています(エレミヤ31:31)。

 

神の「希望」に生きた人〜石井和子さんのこと

「神の与える希望」ということで思い起こすいくつもの出会いがあります。今日はそのうちの一つを分かち合いたいと思います。19864月、神学校を卒業してすぐの私は按手を受けて、広島県の福山という広島県第二の都市、人口37万人の町の小さなルーテル教会の牧師となりました。当時はメンバーが30人ほどで、礼拝出席の平均が12人ほどの小さな群れでした。福山は日本鋼管の城下町とも呼ぶべき町でした。もともと福山、尾道、三原と人口10万人の町が三つ並んでいたのですが、日本鋼管が福山にきてから福山は三倍にも人口が増加したのです。

そこで私は石井和子さんという一人の車いすのご婦人と出会いました。石井さんとの初めての出会いは、1987年、米国人宣教師であったジェリー・リビングストン先生が中心となって、アメリカからお招きしたレスリー・レムキという盲目で肢体不自由、そして精神発達遅滞という三重の苦しみを持つ天才ピアニストのコンサートを急きょ福山で行うということになったために、協力を求めて社会福祉協議会を訪ねた時でした。快く協力を申し出てくださった石井さん(当時の福山車イス協会会長でした)と私は、さらに協力を求めて文字通り福山を中心とした備後地方を私の運転する軽自動車で東に西に走り回ることになりました。その時に石井さんが私が運転する軽トラックの助手席に乗りながら笑顔でおっしゃられた言葉が忘れられません。「先生、大変ですが、本当に生きてるって実感がしますね」。レスリー・レムキのコンサートを通して、またその後石井さんのお宅で家庭集会を始めたことがきっかけで、やがて福山ルーテル教会に転入されることになりました。最初の家庭集会の時に、ご主人は私の顔を見るなり「植木に水をやるから。私はキリスト教は嫌いだ」と言ってプイッと庭に出て行かれたことを思い起こします。最初はそのような出会いだったのですが、ご主人を含めて石井さんご夫妻とはとても親しい交わりをいただきました。石井和子さんはその後しばらしくして胃ガンを発病し、19907月に55歳で岡山大学病院で神さまのみもとに召されて行かれました。

石井和子さんの笑顔の背後には、苦しい人生がありました。キノホルムという整腸剤によって引き起こされた薬害スモン病によって、幸せな家庭生活を突然に奪われ、離婚を通して二人の息子からも引き離され、七転八倒する痛みの中で治療のために神戸の病院にいた時にカトリックの神父と出会って、イエス・キリストを救い主として信じ、洗礼を受けられたのでした。苦しみの中で信仰を得た石井さんは文字通り「筋金入り」のキリスト者でした。福山に住むやはり車イスのご主人と再婚されて、当時はご主人の持つ小さな印鑑業を手伝っておられました。大変な頑張り屋さんでもあり、自分に背負わされた十字架にも関わらず、否、十字架を背負えばこそでしょう、人々の背負っている苦しみや悩みを思いやることができたのです。そして困っている人の悩みを自分のことのように受け止め、一緒に担おうとされたのだと思います。石井さんには周囲にいる人の心を開く不思議な力がありました。太陽のような輝きと温かさをもっておられた。最初は「キリスト教なんか大嫌いだ」と言っておられたご主人も結局、奥様の死を通して、「教会は天国に一番近いところだから、あなたも洗礼を受けて礼拝に行ってね」という遺言の通り洗礼を受けてゆかれました。ご主人の石井弘文さんもまた病いのために数年して天の召しを受けられました。

私たちもまたルターと共に「この世を動かす力は希望である」と告白したいと思います。どのような時にも、希望の主が私たちと共にいてくださいます。お一人おひとりの上に神さまの祝福をお祈りいたします。 アーメン。

2018年3月12日 (月)

2018年3月11日(日)四旬節第四主日礼拝説教「神のアガペーの愛」

2018311日(日) 四旬節第四主日礼拝 説教「神のアガペーの愛」   大柴 譲治

民数記 21: 4〜 9

「主はモーセに言われた。『あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。』」(8節)

ヨハネによる福音書 3:14〜21

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」

 

3.11」に当たって

 本日は四旬節(レント)の第四主日。与えられた福音書の日課には「小福音書」とも呼ばれる有名なヨハネ316が含まれています。神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。私たちはこのみ言葉を本日、二つの時代状況のコンテクスト(脈絡)から聞くことができるように思います。

 一つ目は今日が3.11だからです。今日は2011年の311日に起こった東日本大震災から数えてちょうど七年目に当たります。テレビや新聞では七年前の今日に起こったこと、そしてその後に続いて起こったことに焦点を当てて報道しています。15千人を超える方々が亡くなられ、6千人の方々が負傷され、今も25百人を超える行方不明者がおられます。そのことを思う時、私たちは胸が痛みます。愛する者を失くされた方々にとっては、あの時以来時計が止まってしまって、まだ動き始めてはいないと感じておられる方もおられましょう。あまりにも悲劇は突然でしたし、その被災地域の広さと被害の甚大さは衝撃的でした。今でもありありと私たちの眼には繰り返し放映された津波と原発事故の映像が焼き付いています。ある詩人は「日本慟哭!」と叫びました。あの直後から、三ヶ月ほど私たちは実際に喪に服するような重たい期間を過ごし、テレビやラジオも放送を自粛したことを思い起こします。あの時私たちは慟哭の中で「神はどこにいて、なぜ沈黙しておられるのか」という深い嘆きを発していたのではなかったでしょうか。七年前、311日は金曜日でした。その二日後の313日に、まだ交通網が分断される中で、そして全体像が掴めない中で、教会に集まることができた38人ほどで礼拝を守りました。胸がつぶれるような思いの中で、祈ること以外に何もできない自分たちの無力さを覚える中、ただただひたすら神に祈りました。「わが神、わが神、なにゆえにわたしをお見捨てになったのですか!」というような思いを私たちは被災地の人たちと共有したのだと思います。神はこの世の悲しみの中に降り立って下さいました。

今日私たちは、そのようなことを想起する中で本日の聖書のみ言葉を聞くのです。神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。この天から響いてくるような言葉には、人知を遙かに越えるような確かさ、明るさを感じることができます。上から私たちを照らす光が感じられる。これは「どのような時にも、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたを見捨てることはない」というインマヌエルの神からのメッセージでもあります。やがて、あの3.11の後に、日本中から黙々と大勢の若い人たちが被災地に集まってきて、無名のボランティアとして自分のできることをしてそして静かに戻ってゆくということが起こり始めました。そして世界中からも深い悲しみを共有する祈りと支援とメッセージが寄せられて、輪が拡がりました。世界ルーテル連盟(LWF)からも災害救援の専門家であるインド人のマタイさんという方が日本に派遣されました。世界から孤立しているのではない、世界とつながっているのだということを私たちはその時実感し、その温もりに慰められたのだと思います。東教区は本(全体)教会と共に協力しながらJLER「ルーテルとなりびと」の救援活動が始まりました。引退牧師の伊藤文雄先生などは、被災地の避難所に何ヶ月も泊まり込んで自ら被災者たちと共にあり続けました。専従のスタッフを派遣し、被災者の方々の日毎に変わってゆくニーズを丁寧に確認しながら、それに「となりびと」として応え、懸命に仕えてゆこうとしたその働きを私は忘れることはできません。この活動は三年間継続して一つの節目を得て終了しています。私たちには3.11のことを忘れず、覚えて祈り続けるということが求められています。

一昨年の熊本地震の際にも教会は、るうてる法人会連合や地域の人々と共に、「できたしこルーテル」の活動を一年半ほど展開したことも記憶に新しいことです。「できたしこ」とは熊本弁で、できることをできる範囲内で行いながら頑張るという意味です。自ら被災しながらも、教会や施設は、地域の人々と共に、悲しみを背負いながら実に頑張ったのだと思います。なぜなら私たちは、神がその独り子を賜るほどにこの世を愛しておられることを知っているからです。どのような時にも、神の愛がこの世に光のように注がれていることを知っている。そのキリストの救いの出来事が根底にあるからこそ、私たちはこの場所に立ち続けてゆくことができるのです。神の独り子は私たちの苦しみや悲しみのすべてを背負って、私たちをそこから贖い出すために、あの十字架へと歩まれました。今は四旬節。主イエスの十字架への歩みを覚える時です。神はその愛のゆえに、十字架に死んだイエスを復活させてゆきます。「復活(アナスタシス)」とは「再び起き上がること、再起すること」を意味します。神の愛は私たちに人生が七転び八起きであることを教えています。

 

ピョンチャン・パラリンピック2018 〜 神のアガペーの愛

 私たちは今日、3.11と共に、もう一つのコンテクスト(脈絡)の中でヨハネ3:16のみ言葉を聞いています。それは韓国のピョンチャンでのパラリンピックが昨日から開催されているというコンテクストです。オリンピックの時同様、その熱い競技の模様を映し出すテレビの場面に釘付けになっている方もおられることでしょう。様々な事情から肉体的なハンディを負いながらも、その状況に負けることなく、前を向き、上を向き、何度倒れても起き上がり、頑張っているそのひたむきな姿は私たちの心を打ちます。私たちはそこに、人間というもののすばらしさを、その真実さと可能性とを深く感じ取ることができるように思います。感動の中で「時よ、止まれ。お前はそのままで美しい」(『ファウスト』)と叫びたくなる瞬間を味わうことができる。そしてさらに深くK観てゆくならば、そのようなオリンピアン一人ひとりの背後には、それを支えてきたその家族や友人や同僚たちの愛と祈りとがあることを私たちは知っています。その愛に支えられて彼らは自分を輝かしているのです。ホンモノの愛だけが私たちのいのちを輝かすことができましょう。盲目のピアニストの辻井伸行にも、片腕(左手)のピアニストである館野にも、またスウェーデンの歌手レーナ・マリア女史にも、そして私たち自身にも、その背後にはその力を信じ、祈りと愛をもって支えてくれる家族や友人たちの輪があ神はそのような交わりを祝福して苦難の中にある人と共に歩んでくださいます。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。独り子を惜しまずに私たちに与えてくださった神のアガペーの愛は、すべての人の上に注がれています。「アガペー」という語は、神の無私の愛、無限に注がれる神の無償の愛を意味します。この神のアガペーの愛こそが、十字架の上で死んだイエスを死人の中から復活(再起)させたように、私たちをも絶望の中から再起(復活)させてゆくことができると信じます。旧約の日課・民数記21:8に出てくるモーセが旗竿の上に高くかかげた青銅の「炎のヘビ」とは、私たちのために十字架に架かられたイエス・キリストです。キリストを見上げることで、人は苦難の中で神からの再生と再起の力を与えられてゆく。本日も、この神のアガペーの愛を噛みしめながら、ご一緒に主の食卓に与ってまいりましょう。

ここにお集まりのお一人おひとりの上に、天からのいのちの祝福が豊かにありますようお祈りいたします。アーメン。

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